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第一部

31.友達になろう

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 最大出力の赤雷。
 その威力は、ドラゴンブレスと張り合えるほど。
 生身の人間に使って直撃すれば、死は確実と言えるだろう。
 グレンは紫雷の影響で魔力の流れが乱され、炎の衣の維持が困難になっている。
 だからこそ、赤雷でも貫通できると踏んだ。
 そして同時、彼ならば紫雷を受けた状態でも、赤雷に耐えると考えた。

「はぁ……くっ……」

 爆発の煙が晴れ、グレンが片膝をついている。
 額からは血を流し、息も絶え絶え。
 炎の衣は完全に消失しており、剣も床に転がっている。

「さすがだな。予想通り、赤雷にも耐えたか」
「ははっ……いや、ギリギリだったよ。お陰で魔力はもう空さ。しかし思った以上に強いんだな君は」
「そっちこそだ」

 正直、学生のレベルで俺と張り合える奴がいるなんて思わなかった。
 最高の師匠に鍛え上げられた俺が、生ぬるい環境で育った奴らに劣るはずがないと。
 シトネのことと言い、考えを改めたほうが良さそうだ。
 誰だろうと、どんな環境だろうと、努力した奴はちゃんと強い。
 当たり前のことだけど、忘れてしまっていたことを思い出した。

 俺は小さくため息をもらし、グレンに手を差し伸べる。

「立てるか?」
「ああ、何とかね」

 グレンは俺の手をとり、ぐっと引き上げる。

「なぁ、何でこんなことしたんだ?」
「何でとは?」
「この模擬戦はお前の作戦だろ? それも初対面の俺のためにさ」
「いいや、僕は君のことを知っていた。同じ名門だから、小さい頃はよく比較されたんだよ」
「そうだったのか?」
「ああ」

 エメロード家とボルフステン家は、古くから関りのある家柄と聞く。
 初代の当主が友人同士で、共に競い合い高め合ったとか。
 そこから長い年月と共に交流はなくなっていったが、同じ土俵にたつ家柄として、互いを意識せずにはいられなかった。

「君に負けるな、劣るな。そう散々言われて、毎日を魔術の修行に費やしたよ。でも、君に悲劇が起こってからは、そう言われなくなった。お前は凄いとか、手のひらを反すように褒められるようになったよ」

 グレンはちっとも嬉しそうに語らない。
 褒められる理由が、彼にとっては嬉しいことではなかったのだろう。
 むしろ、腹立たしかったかもしれない。
 自分の努力を認められたのではなく、相手が勝手に失速して、ようやく追い抜けただけ。
 もしも俺が彼の立場なら、素直に喜べないと思う。

「正直悔しかったし、可哀想だと思った。見てもいない相手なのに、僕は勝手に哀れんだんだ。でも、入学試験で見た君は、僕の想像をはるかに超えていた。迫りくる受験者たちをもろともせず、雷のように煌めき貫く。その姿を見て、自分の愚かさを痛感したよ」

 彼は愚かさと言った。
 他人を哀れんだ自分を愚かだと。
 そう言える彼はきっと、心の強い人だと思う。

「それと同じくらい、こうも思ったよ。君と戦ってみたい。戦って、今の僕とどちらが上なのか確かめたい。だからこの戦いは、僕自身のためでもあったんだ。完敗だったけどね」
「完敗? 本気も出してないくせによく言う」
「本気だったよ?」
「炎魔術しか使ってないじゃないか。俺じゃないんだから、他の魔術だって使えるだろ? それを使わなくて何が全力だ」

 俺が呆れたようにそう言うと、グレンは小さく笑い首を横に振る。

「確かに使えるよ。ただ、君も知っている通り僕の家は炎魔術を極めた一族だ。他の魔術は使えても、炎魔術には及ばない。仮に掛け合わせたとして、多少の変化が出る程度さ。大して状況は変わらない。あれが僕にとって一番強い戦い方だったんだよ」
「誇りってやつか?」
「う~ん、どちらかというと意地かな?」
「意地か」

 それは何となく、俺と似ている気がして、少し嬉しくなった。
 グレンは俺を下から上に見回して、呆れたように言う。

「それに君のほうこそ全力ではなかっただろう?」
「どうしてそう思う?」
「だって、あれだけの戦闘の後だっていうのに、君は汗一つかいていないじゃないか」
「え、ああ……」

 本当だ。
 言われて気付いたが、俺は一滴も汗をかいていない。

「君には余裕があった。僕と違ってね」
「……まぁ、毎日死ぬギリギリまで追い込まれてるからな」
「ふっ、僕も相当追い込んでいるつもりだったが、まだまだ努力不足だったということか」

 グレンはそう言って納得したように頷き、改めて俺を見つめる。

「これで目標が出来たよ。僕は必ず君を超える。聖域者になるのば僕だ」

 そう宣言し、右手を前に出し握手を求めている。

 俺を超える……か。
 そんな風に言われるなんて、修行してた頃はこれっぽっちも思わなかったな。

 感慨深いものを感じつつ、俺は彼の手を握る。

「だったら俺は、誰も届かないくらい前に進むさ。聖域者になるのは俺だ」

 俺とグレンは、握る手に力を込める。
 すると――

 パチパチパチ。
 
 拍手が沸き起こった。
 振り向いた先にいるクラスメイトたちからだ。
 戦う前に感じていた侮蔑の視線は一つもない。
 聞こえてくるのは称賛の声と、温かい拍手だけだった。
 どうやら今の戦いを見て、彼らの考えも変わってくれたようだ。
 グレンの思惑通りに。

「あーそうだ。一つ忘れていた」
「ん?」
「もしよければ、僕の友人になってくれないかい?」
「はっ、今さらだろ」
「はっはっはっ、確かにそうだね」

 互いの力を確かめ合い、認め合った。
 戦いを終えて握手を交わした時点で、言葉など必要ない。
 同じ頂を目指すライバルであり、これから共に戦う仲間でもあり。
 俺とグレンは、こうして友達になった。
 
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