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第二部第一章 強者が集う

夫婦らしく

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 帰宅すると、すでに夕食の準備を済ませてくれていた。
 依頼で疲れた俺たちは、すぐに夕食をとれるありがたみを感じながら、みんなでそろって食事をする。
 その後はちょっとした戦争だ。
 お風呂に入りたくないバーチェと、絶対に入れたいルリアが対決する。
 軍配はいつもルリアに上がる。
 リズとラフランも彼女の味方をするから、始めから勝負にならない。
 負けが確定しかけると必ず、バーチェは飼い猫みたいな目をして俺に懇願する。

「お願いだよアスク! 助けてくれー、なんでもするからー」
「そうか。じゃあ諦めて風呂に入ってくれ」
「裏切り者! お前だけはオレの味方だと思ってたのにぃー!!」

 男の俺に助けを求められたところで、風呂場まで一緒にいけるわけもない。
 俺はルリアに軽く目配せして、いつも悪いなと伝える。
 彼女はそんな俺に微笑み返してくれる。
 きっと苦にも感じていない。
 
「バーチェのことはルリアに任せれば安心だな」

 俺は食器の片付けでも手伝おう。
 と、思ったらすでに終わっていて、特にすることもなくなってしまった。
 お風呂は女性陣が使っていて、しばらく使えない。
 やることがない俺は一人で屋敷の庭に出る。
 今夜は特に月が綺麗だ。
 雲一つなく、周りに明かりは少ないから星々も余計に輝いて見える。

「ふぅ……刺激か」

 確かに足りないかもしれない。
 平和な日常、何気ない幸せはしっかり感じているし、彼女たちと一緒にいる生活にも満足はしている。
 けれど日常だけでは、人は完全に満たされないようだ。
 本来は非日常の枠に入る魔物との戦闘も、俺にとっては生活するための資金集め。
 手ごわい相手なんて滅多に現れない。
 改めて、この間に戦った悪魔はマシだったのだと思い知らされる。
 そうは言っても、戦いに刺激を求め始めるとキリがない。
 一緒に暮らす彼女たちにも被害が及ぶなら、それは望まない未来だ。
 帰り道の会話を思い出す。
 きっと今の俺に足りないのは、日常の中にある小さな刺激だ。

「思いつかない……」

 俺は唐突な睡魔に襲われて、そのまま中庭の芝生に寝転がる。
 ちょっとした休憩のつもりが、いつの間にか意識が沈んでいた。

「――スク、アスク」
「ん? ……ルリアか」

 彼女の声かけて眠りから目覚める。
 ルリアは芝生に寝転がっている俺の顔を覗き込んでいた。

「こんな場所で寝ていたら風邪をひくわよ」
「あー悪い。風呂は?」
「全員入ったわ。あとはあなただけよ」
「そうか。じゃあ入ってくる」

 よっこいしょとゆっくり起き上がり、パンパンと身体についた草や土を払い落す。
 軽く背伸びをしてから歩き出す俺の腕をルリアが掴む。

「ルリア?」
「何か悩んでるの?」
「――わかるのか?」
「あなたって意外と顔とか態度に出やすいのよ。依頼から戻って来たあたりからいつもより元気がなかったわ」

 少し驚く。
 正確に俺が悩みだしたタイミングまで当てられていた。
 俺はそこまで表情に出やすいのだろうか。
 それとも彼女が俺のことをよく見てくれている証拠なのか。

「悩みってほどじゃないんだけど……夫婦って、これでいいのかなって」
「……? どういう意味?」
「いや、俺たち夫婦になったのに、夫婦らしいことって何もしてない気がするんだよ。まぁ俺は夫婦らしいことって何かわかってないんだけどさ」
「……夫婦らしいこと、したいの?」

 ルリアが不思議そうに、けれど少し照れているような顔で尋ねてきた。
 俺は少しだけ考える時間をおいて、正直に答える。

「わからない。俺は夫婦をよく知らないから、それらしいが思い浮かばない。だから興味はある……ってところかな」
「そう……じゃあ、今日から一緒の部屋で寝ましょう」
「――一緒に? いいのか?」
「悪いことないわ。だって私たち……夫婦なんだし」

 そう言いながらそっぽを向く。
 恥ずかしかったのだろう。
 横顔から覗く頬は赤らんでいる。
 まさか彼女のほうから提案してくれるなんて思わなかった。
 だから嬉しかった。

「ほら、先にお風呂に入ってくれば?」
「そうだな。部屋で待っていてくれ」
「ええ、待っているわ」

 時間は過ぎ、風呂も上がって。
 俺はいつものように自室のベッドで横になる。
 だけど違う。
 今夜から隣には、ルリアがいる。
 静かな夜だ。

「緊張してるのか?」
「……そんなことないわ。あなたこそでしょ?」
「俺は緊張してるよ。女の子と同じベッドで寝るなんて初めてだからな」
「……そういう素直に答えちゃうところはずるいわね」
 
 彼女は隣で、小さくため息をこぼすように呼吸を整える。
 天井を見上げていた彼女は、ごそごそと身体の向きを変えて、俺のほうへ向く。
 俺もそれに気づいて、同じように彼女のほうへ身体を向けた。
 目と目が合う。
 顔と顔は近くて、呼吸の音も聞こえてくる。
 ドキドキと胸が鼓動をうつ音すらも、互いに交換し合っているかもしれない。

「夫婦ってすごいな。これを毎日続けてるんだろ」
「そうね。今はドキドキして身が持たなそう。けどそのうち慣れるわ」
「慣れるのか……それは少し寂しいな」
「寂しい?」
「ああ。君の顔を見てるとドキドキする。この気持ちにも慣れるのは……勿体ない気がする」

 と、話し切ったところで羞恥がこみ上げてくる。
 我ながら恥ずかしいセリフを口にしたものだ。
 今は顔を隠したくてもできない。
 ルリアはクスリと微笑む。

「アスクもそう思ってくれているのね。意識してもらえていないのかと思ったわ」
「なんでだよ」
「だって、結婚してもいつも通りだったから」
「……不安、だったか?」

 布団の中で、ルリアの手が俺の手に触れる。
 そのまま絡めるように握る。

「少し」
「そうか」

 俺の態度が彼女を不安にさせてしまっていた。
 申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 それをどうにかして払拭したいとも思う。
 だから俺は顔を近づけた。
 俺が彼女をどう見ているのかを、行動で示すように。
 唇を重ねる。

「君のおかげで、結婚するってどういうことかわかるようになってきた」
「本当?」
「ああ、だから、これからもいろいろ教えてくれ。君がしたいことを、俺もしてみたい」
「……うん」

 日常の中の刺激なんて、探せばいくらでもあるのかもしれない。
 気づかなかっただけで。
 遠慮しがちな俺たちは、こうして少しずつ歩み寄る。
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