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リーナの章
⑤
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アルダート家本宅に、彼女は戻ってきた。
着慣れないドレスを着せられ、兄と共に父親の前に顔を出す。
「ようやく戻ってきたか。リーナ」
「はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……お父様」
「まったくだ。お前の捜索にかかった時間と金は無駄だった」
「……」
アルダート公爵はリーナを睨む。
その視線に、親子の絆などは一切ない。
リーナは怯えて目を逸らす。
「そんな怖い顔をしないでくださいよ、父上」
「ラルド」
「ちょうどいいタイミングじゃないですか。ほら、あのおじさんの婚約者に」
「ふっ、そうだな。悪くない。あんな男でも関わりの深い貴族だ。ここは一つ、供物を与えよう」
二人が何の話をしているのか、リーナは理解できない。
理解できなくとも、感覚でわかる。
二人が自分のことを人として、家族として扱ってくれていないことに。
彼女は思い出していく。
忘れていた幼い頃の記憶を。
虐げられ、自身の存在意義すらわからなかった頃のことを。
その時、屋敷のベルが鳴った。
「来客か? 予定はなったが」
「僕が見てきますよ」
「頼んだ。ん? 騒がしいな」
ドタバタと足音が複数聞こえる。
使用人たちが慌てていた。
「困ります! 勝手に中に入られては!」
「急いでいるんだ。通してもらうぞ」
扉が乱暴に開く。
リーナは自分の目を疑った。
そこに立っていたのは――
「アンセル先生?」
「やっぱりここだったか。探したぞ、リーナ」
「リーナ!」
「見つけたぁ~」
「みんなも……どうして?」
リーナは困惑していた。
扉の奥からぞろぞろと、アンセルとシアン、スピカにロールも一緒にいる。
手紙には家の名前も、行き先も告げていない。
なぜここへたどり着けたのか。
疑問の答えは、アンセルの口から語られる。
「この街の名前を聞いてから、お前の様子が変わった。特にこの家の名前を聞いた時も反応がおかしかったからな。アルダート公爵家……この街を納める貴族と関わりがあるんじゃないかと思ったんだが、ここがお前の実家か?」
「――! はい……そうです」
「なんだ貴様は? 誰の許可を得てここにいる」
突然の来客に苛立った当主がアンセルに苦言を呈する。
アンセルは当主と視線を合わせる。
「初めまして、アルダート公爵。俺はアンセル、彼女の師匠です」
「師匠? そうか、これまでリーナを保護していたのは貴様だな? 当主として礼を言っておこう」
「必要ありませんよ」
「そうか。ならば退室願おう。リーナはアルダート家の人間、貴様が誰かは知らないが、関わることはもうない」
「それを決めるのは俺じゃなくて、彼女ですよ」
アンセルはリーナに視線を向け、静かに微笑む。
「本当に帰るんだな? リーナ」
「――!」
「リーナの意思など関係ない。これはアルダート家の問題だ。余計な口を挟むな。あまり関わろうとすると、後悔するぞ」
リーナは父の冷たい視線を感じ取る。
このセリフはアンセルだけでなく、自分に言われていることに気付いた。
これ以上無駄な時間を取らせるな。
そう言われているのだと。
「わ、私は平気です。ここが私の……いる場所なので」
「リーナ」
「今までお世話になりました。アンセル先生、私はここで……旅の無事を祈っています」
リーナは笑う。
精一杯に、アンセルたちを遠ざけるために。
これ以上関われば、彼らに迷惑をかける。
自分のせいでアンセルたちの足を引っ張りたくはないと思ってから。
「……そうか」
「師匠!」
「せんせー?」
「戻るぞ、お前たち」
アンセルは背を向ける。
シアンが叫ぶ。
「どうして?」
「リーナは自分の意志でここに残ると言った。その意思を俺たちは尊重すべきだ」
「でも! せんせー!」
「忘れるな。これは、自分たちの人生、決めるのは彼女だ」
そう言ってアンセルは歩き出す。
その背中を、リーナは笑顔で見続けた。
せめて彼らが見えなくなるまで、笑顔を崩さないように踏ん張って。
着慣れないドレスを着せられ、兄と共に父親の前に顔を出す。
「ようやく戻ってきたか。リーナ」
「はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……お父様」
「まったくだ。お前の捜索にかかった時間と金は無駄だった」
「……」
アルダート公爵はリーナを睨む。
その視線に、親子の絆などは一切ない。
リーナは怯えて目を逸らす。
「そんな怖い顔をしないでくださいよ、父上」
「ラルド」
「ちょうどいいタイミングじゃないですか。ほら、あのおじさんの婚約者に」
「ふっ、そうだな。悪くない。あんな男でも関わりの深い貴族だ。ここは一つ、供物を与えよう」
二人が何の話をしているのか、リーナは理解できない。
理解できなくとも、感覚でわかる。
二人が自分のことを人として、家族として扱ってくれていないことに。
彼女は思い出していく。
忘れていた幼い頃の記憶を。
虐げられ、自身の存在意義すらわからなかった頃のことを。
その時、屋敷のベルが鳴った。
「来客か? 予定はなったが」
「僕が見てきますよ」
「頼んだ。ん? 騒がしいな」
ドタバタと足音が複数聞こえる。
使用人たちが慌てていた。
「困ります! 勝手に中に入られては!」
「急いでいるんだ。通してもらうぞ」
扉が乱暴に開く。
リーナは自分の目を疑った。
そこに立っていたのは――
「アンセル先生?」
「やっぱりここだったか。探したぞ、リーナ」
「リーナ!」
「見つけたぁ~」
「みんなも……どうして?」
リーナは困惑していた。
扉の奥からぞろぞろと、アンセルとシアン、スピカにロールも一緒にいる。
手紙には家の名前も、行き先も告げていない。
なぜここへたどり着けたのか。
疑問の答えは、アンセルの口から語られる。
「この街の名前を聞いてから、お前の様子が変わった。特にこの家の名前を聞いた時も反応がおかしかったからな。アルダート公爵家……この街を納める貴族と関わりがあるんじゃないかと思ったんだが、ここがお前の実家か?」
「――! はい……そうです」
「なんだ貴様は? 誰の許可を得てここにいる」
突然の来客に苛立った当主がアンセルに苦言を呈する。
アンセルは当主と視線を合わせる。
「初めまして、アルダート公爵。俺はアンセル、彼女の師匠です」
「師匠? そうか、これまでリーナを保護していたのは貴様だな? 当主として礼を言っておこう」
「必要ありませんよ」
「そうか。ならば退室願おう。リーナはアルダート家の人間、貴様が誰かは知らないが、関わることはもうない」
「それを決めるのは俺じゃなくて、彼女ですよ」
アンセルはリーナに視線を向け、静かに微笑む。
「本当に帰るんだな? リーナ」
「――!」
「リーナの意思など関係ない。これはアルダート家の問題だ。余計な口を挟むな。あまり関わろうとすると、後悔するぞ」
リーナは父の冷たい視線を感じ取る。
このセリフはアンセルだけでなく、自分に言われていることに気付いた。
これ以上無駄な時間を取らせるな。
そう言われているのだと。
「わ、私は平気です。ここが私の……いる場所なので」
「リーナ」
「今までお世話になりました。アンセル先生、私はここで……旅の無事を祈っています」
リーナは笑う。
精一杯に、アンセルたちを遠ざけるために。
これ以上関われば、彼らに迷惑をかける。
自分のせいでアンセルたちの足を引っ張りたくはないと思ってから。
「……そうか」
「師匠!」
「せんせー?」
「戻るぞ、お前たち」
アンセルは背を向ける。
シアンが叫ぶ。
「どうして?」
「リーナは自分の意志でここに残ると言った。その意思を俺たちは尊重すべきだ」
「でも! せんせー!」
「忘れるな。これは、自分たちの人生、決めるのは彼女だ」
そう言ってアンセルは歩き出す。
その背中を、リーナは笑顔で見続けた。
せめて彼らが見えなくなるまで、笑顔を崩さないように踏ん張って。
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