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リーナの章
④
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リーナは一人で買い出しに向かう。
宿を見つけるために歩いた道のりの途中に、食材を売っているお店があった。
彼女は道のりを覚えている。
迷わず真っすぐ向かい、食材を買って宿への帰路につく。
「久しぶりに台所で料理ができるし、今日は頑張っちゃおうかな」
彼女は料理が好きだった。
作ることがというより、自分が作った料理を食べてもらうことが。
初めは不器用で苦手だった彼女は、毎日練習を重ねて料理が得意になった。
一番最初に作った料理。
焦げて見た目も酷かったけれど、アンセルは気にせず食べて、美味しいと言った。
それがアンセルの優しさだということに、リーナは気づいている。
その日から彼女にとって料理は、アンセルに美味しいと言って貰えることが何よりの喜びであり、やる気に繋がっていた。
この日も変わらない。
ただ、通り過ぎる人の服装や、身に着けている剣の紋章が気になる。
「……」
この街は公爵家の領地であり、多くの貴族が別荘などを所有している。
王都から遠く離れているが、滞在している貴族の数は多かった。
通り過ぎる人の中には、明らかに身分の高い人の姿もある。
彼女は逃げるように足を速める。
出会いたくない人たちがいる。
顔を合わせればきっと、これまで通りではいられない。
だから彼女は逃げるように、速足で宿へ戻ろうとした。
しかし、運命というのは残酷である。
「――そこのお前、止まれ」
「――!」
運命に導かれたのか。
それとも、ただの不運なのか。
彼女は見つかってしまった。
その声に聞き覚えを感じ、思わず固まり、振り返る。
「やっぱりお前か、リーナ。久しぶりじゃないか」
「……お兄様」
アンセルの弟子、リーナ。
その本名は、リーナ・アルダート。
ダートの街を納める領主、アルダート家の公女である。
◇◇◇
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。少し時間がかかったね」
「はい。ちょっと迷ってしまって」
「へぇ~。リーナが迷うなんて珍しいぃ~。それよりお腹空いたよぉ」
「わかってる。すぐに作るから待っていてね」
しばらくして、リーナが宿に戻ってきた。
予想よりも遅かったから心配して、こちらから迎えに行こうと考えいた時だった。
特に何事もなく戻り、彼女は料理を始める。
その後ろ姿が少しだけ、寂しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。
「お待たせしました」
「わぁーい!」
「今日も美味しそうね」
「こらスピカ! フライングしない!」
「いつもありがとう。リーナ」
旅の中でも彼女には助けられている。
野宿しながらまともな食事がとれるのも、彼女がいてくれるからだ。
他の二人もそれぞれ役に立ってくれているけど、食事という面では彼女が一番の功労者だ。
何より、彼女の料理は美味しい。
「お味はいかかですか? 先生」
「うん、とても美味しいよ。リーナの料理は安心するね」
「……ありがとうございます」
彼女は嬉しそうに笑う。
ほんの少しだけ、寂しさを含んだ笑顔に、俺は僅かな違和感を覚えた。
けれど違和感は料理のおいしさに薄れて消える。
そのまま俺たちは宿で一泊した。
異変に気付いたのは翌日の早朝だ。
いつものように俺が一番最初に目覚める。
正体がバレないように、隣で寝ているロール姫を起こして着替えさせた。
「もう少し優しく起こしてくれないかな? たとえばそう、キスとかして」
「寝言は寝て言ってくれ」
「じゃあおやすみ」
「寝るな! リーナがもうすぐ来る」
俺の次に早起きなのはリーナだ。
彼女は俺とほとんど変わらない時間に目覚め、他の三人と一緒に朝食の準備をしてくれる。
大体この時間に俺の元へ来るのだが……。
「来ないね。もしかして寝坊かな?」
「珍しいな。彼女が寝坊したことなんて一度も……」
胸騒ぎがした。
というより、この時点で俺は気づいていた。
一つ、魔力が足りないことに。
ドタバタと遅ぎ足で俺の部屋を開ける。
「師匠!」
「たいへんだよー!」
「シアン、スピカ?」
慌てて姿を見せのは二人だけだった。
案の定、彼女の姿はない。
それもそのはずだ。
すでに彼女はこの宿にいない。
「リーナは?」
「朝起きたらいなくて! 手紙が置いてあって!」
「落ち着くんだシアン。ゆっくり話してくれ」
「は、はい! 師匠、これを」
深呼吸をして落ち着いたシアンから、折りたたまれた紙を手渡される。
中を開くとリーナの文字で短く文章が書かれていた。
アンセル先生へ。
これまでお世話になりました。
突然ですが、家族の元へ帰ることになりました。
私は平気なので気にせず旅を続けてください。
朝食は用意してあります。
ロール姫も俺の隣で手紙を覗き込み、呟く。
「孤児だと聞いていたけど、家族が見つかったのかな?」
「……」
それならいい。
けど、ここ数日の彼女の様子を思い返す。
家族が見つかって嬉しそうにしていた?
そんな様子は一切なかった。
むしろ……。
「確かめに行こうか」
「どこへ?」
「もちろん、俺の弟子の元へ」
彼女はまだ俺の弟子だ。
こんな手紙一つで、関わりを絶てると思わないでほしい。
俺は、俺たちはそこまで、お前のことを軽く見てはいないんだよ。
宿を見つけるために歩いた道のりの途中に、食材を売っているお店があった。
彼女は道のりを覚えている。
迷わず真っすぐ向かい、食材を買って宿への帰路につく。
「久しぶりに台所で料理ができるし、今日は頑張っちゃおうかな」
彼女は料理が好きだった。
作ることがというより、自分が作った料理を食べてもらうことが。
初めは不器用で苦手だった彼女は、毎日練習を重ねて料理が得意になった。
一番最初に作った料理。
焦げて見た目も酷かったけれど、アンセルは気にせず食べて、美味しいと言った。
それがアンセルの優しさだということに、リーナは気づいている。
その日から彼女にとって料理は、アンセルに美味しいと言って貰えることが何よりの喜びであり、やる気に繋がっていた。
この日も変わらない。
ただ、通り過ぎる人の服装や、身に着けている剣の紋章が気になる。
「……」
この街は公爵家の領地であり、多くの貴族が別荘などを所有している。
王都から遠く離れているが、滞在している貴族の数は多かった。
通り過ぎる人の中には、明らかに身分の高い人の姿もある。
彼女は逃げるように足を速める。
出会いたくない人たちがいる。
顔を合わせればきっと、これまで通りではいられない。
だから彼女は逃げるように、速足で宿へ戻ろうとした。
しかし、運命というのは残酷である。
「――そこのお前、止まれ」
「――!」
運命に導かれたのか。
それとも、ただの不運なのか。
彼女は見つかってしまった。
その声に聞き覚えを感じ、思わず固まり、振り返る。
「やっぱりお前か、リーナ。久しぶりじゃないか」
「……お兄様」
アンセルの弟子、リーナ。
その本名は、リーナ・アルダート。
ダートの街を納める領主、アルダート家の公女である。
◇◇◇
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい。少し時間がかかったね」
「はい。ちょっと迷ってしまって」
「へぇ~。リーナが迷うなんて珍しいぃ~。それよりお腹空いたよぉ」
「わかってる。すぐに作るから待っていてね」
しばらくして、リーナが宿に戻ってきた。
予想よりも遅かったから心配して、こちらから迎えに行こうと考えいた時だった。
特に何事もなく戻り、彼女は料理を始める。
その後ろ姿が少しだけ、寂しそうに見えたのは気のせいだったのだろうか。
「お待たせしました」
「わぁーい!」
「今日も美味しそうね」
「こらスピカ! フライングしない!」
「いつもありがとう。リーナ」
旅の中でも彼女には助けられている。
野宿しながらまともな食事がとれるのも、彼女がいてくれるからだ。
他の二人もそれぞれ役に立ってくれているけど、食事という面では彼女が一番の功労者だ。
何より、彼女の料理は美味しい。
「お味はいかかですか? 先生」
「うん、とても美味しいよ。リーナの料理は安心するね」
「……ありがとうございます」
彼女は嬉しそうに笑う。
ほんの少しだけ、寂しさを含んだ笑顔に、俺は僅かな違和感を覚えた。
けれど違和感は料理のおいしさに薄れて消える。
そのまま俺たちは宿で一泊した。
異変に気付いたのは翌日の早朝だ。
いつものように俺が一番最初に目覚める。
正体がバレないように、隣で寝ているロール姫を起こして着替えさせた。
「もう少し優しく起こしてくれないかな? たとえばそう、キスとかして」
「寝言は寝て言ってくれ」
「じゃあおやすみ」
「寝るな! リーナがもうすぐ来る」
俺の次に早起きなのはリーナだ。
彼女は俺とほとんど変わらない時間に目覚め、他の三人と一緒に朝食の準備をしてくれる。
大体この時間に俺の元へ来るのだが……。
「来ないね。もしかして寝坊かな?」
「珍しいな。彼女が寝坊したことなんて一度も……」
胸騒ぎがした。
というより、この時点で俺は気づいていた。
一つ、魔力が足りないことに。
ドタバタと遅ぎ足で俺の部屋を開ける。
「師匠!」
「たいへんだよー!」
「シアン、スピカ?」
慌てて姿を見せのは二人だけだった。
案の定、彼女の姿はない。
それもそのはずだ。
すでに彼女はこの宿にいない。
「リーナは?」
「朝起きたらいなくて! 手紙が置いてあって!」
「落ち着くんだシアン。ゆっくり話してくれ」
「は、はい! 師匠、これを」
深呼吸をして落ち着いたシアンから、折りたたまれた紙を手渡される。
中を開くとリーナの文字で短く文章が書かれていた。
アンセル先生へ。
これまでお世話になりました。
突然ですが、家族の元へ帰ることになりました。
私は平気なので気にせず旅を続けてください。
朝食は用意してあります。
ロール姫も俺の隣で手紙を覗き込み、呟く。
「孤児だと聞いていたけど、家族が見つかったのかな?」
「……」
それならいい。
けど、ここ数日の彼女の様子を思い返す。
家族が見つかって嬉しそうにしていた?
そんな様子は一切なかった。
むしろ……。
「確かめに行こうか」
「どこへ?」
「もちろん、俺の弟子の元へ」
彼女はまだ俺の弟子だ。
こんな手紙一つで、関わりを絶てると思わないでほしい。
俺は、俺たちはそこまで、お前のことを軽く見てはいないんだよ。
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