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憤怒 / シアンの章

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 翌日。
 俺たちはシアンの案内で、近隣にある巨大な森に訪れていた。
 普通の森とは明らかに違う。
 街の人たちからは迷いの森と呼ばれ、一度踏み入ると二度と出られない場所として恐れられていた。
 その影響もあり、この森には人の痕跡が少ない。

「この先に、私の村があったの」

 先頭を歩くシアンが教えてくれた。
 あった、という言い方は、つまり過去の話だということ。
 彼女が初めて道場に訪れた日を思い出す。
 仲間を蘇らせてほしいと、彼女は俺に懇願した。
 結局その願いを叶えることはできなかったけど、彼女は今も前向きに生きている。
 しかし忘れたわけじゃないはずだ。
 この地に、彼女のルーツがある。

 俺たちはたどり着いた。

「ここは……」
「燃えた後……だね」
「……」
「そうよ。私の村は、焼かれてもうないわ」

 森の中の一角が、黒く焼け焦げて変色していた。
 おそらく集落があったであろう跡だけが残されている。
 当然なあがら、そこにエルフの姿はない。

 はずだった。

 最初に気付いたのは、嗅覚が優れているスピカだ。
 と同時に、俺が魔力を感じ取る。

「ねぇ、誰かいるよ?」
「え?」

 木々の影からこちらを見ている。
 一つや二つじゃない。
 のそのそと、姿を見せる。

「エルフ?」
「……どう、して?」

 シアンは困惑していた。
 否、怯えていた。
 理解できないという表情だった。

「シアン?」
「……お父さん……お母さん」
「――! あれが……」

 シアンの両親?
 確か話を聞く限り、彼女の両親は亡くなられてるはずだ。
 実は生きていた。
 なんてことはないだろう。
 俺はすでに気づいている。
 目の前に現れた彼らが、死体であるということに。

「お父さん! お母さん!」

 シアンが走り出す。
 両親の元へ。
 瞳を潤ませながら、両親も両腕を広げて迎え入れる。
 感動の再会、とはならない。
 両親は怪物のように口を開き、シアンを食べようとする。

「迂闊だよ、シアン」
「先生? え?」

 咄嗟に俺が庇い、彼女を抱き寄せて皆の元へと戻る。
 混乱している彼女に、俺は事実を伝える。

「ネクロマンス……死霊使いよって蘇っただけだ。あれはもう死体。お前の両親の抜け殻だ」
「そんな……でも!」
「お前ならわかるはずだ。俺の下で修業したお前なら、あの人たちが死体人形であることを」
「――! そんなの……認めない!」

 シアンは俺の腕を振り払う。
 なんだ?
 彼女の魔力が乱れている。
 混乱による乱れではない。
 まるでお湯が沸騰するように、あらぶり始めている。

「私はずっとお父さんとお母さんに会いたかったのよ! 邪魔しないで!」
「シアン!」
「どうしちゃったの?」
「落ち着くんだ。冷静に考えろ。君の両親は――」
「うるさい! 私は家族を取り戻すの! 人間の言葉なんて信じられない!」

 おかしい。
 焦点が合っていない。
 怒りで我を忘れている?
 まさかもう!

「攻撃を受けているのか」

 呪具使いが近くにいる。
 彼女の両親やエルフたちをネクロマンスで使役しているのも、呪具の使い手かもしれない。
 これが呪具の影響だとするなら――
 俺は怒り混乱するシアンに急接近し、その額に触れる。

「【十纏ジッテン】――けん!」 
「――!」

 俺の術式が何かを無効化した。
 どうやら予測は正しかったらしい。
 彼女はすでに、敵の術中にはまっていたようだ。

「落ち着いたか? シアン」
「師匠……私、師匠に酷いこと……でも、お父さんとお母さんがいて」
「わかってる。でも、お前は知っているはずだ。命は一つ、決して取り戻せない」

 死んだ人は、二度と戻ららない。
 それがこの世界のルール。
 どれだけ優れた魔術師でも、大賢者であっても、このルールには逆らえない。

「う……うぅ……」
「大丈夫! 私たちがいるよ? シアン」
「ずっと一緒だよ。ほら、ここにいるからら」
「リーナ……スピカ……」

 正気に戻ったシアンに、すぐさま二人が駆け寄る。
 二人はシアンに抱き着き、安心させるように囁いた。
 こんな時、彼女たちもいてくれてよかったと心から思う。

「ありがとう……みんな……」
「なんだよ、もう仲間割れは終わりか? もっと醜く争えよ」
「――!」

 彼女の両親の背後から、一人の男が現れる。
 彼もエルフだった。
 しかし死体ではなく、生きている。
 その耳には禍々しい魔力を宿す耳飾りが装着されていた。

「あれが【憤怒】の耳飾りか」
「……ディーバさん?」
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