わたしの婚約者の好きな人

風見ゆうみ

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 お義兄様、ではなく、キトロフ伯爵から連絡があり、お姉様は、ショー様の婚約者になるだけでなく、ビトイの家で住み込み働く事になったと教えてくれた。

 お姉様は内容も確認せずに、離婚届だけではなく、ノーマン家での雇用契約書とショー様の婚約者になるという誓約書にサインしたのだそう。

 ノーマン家はビトイの事もあったので、ドボン侯爵やキトロフ伯爵からの依頼を承諾するしかなく、ノーマン伯爵夫人の侍女としてお姉様を雇う事にした。
 
(お姉様が誰かの為に動くなんて、あまり考えられないけれど、外面の良い人だから、ノーマン家では幸せに暮らすかもしれないわね…。そして、お姉様がショー様の婚約者になったという事は、わたしとショー様の関係も切れたという事)

 お姉様とショー様がの事については、一段落つき、ホッとしていたけれど、問題は片付いていなかった。
 なぜなら、お姉様が自分の婚約者になる事を、ショー様が嫌がったから。
 今回の件の事もあり、ショー様の機嫌はすこぶる悪かった。 

「では、また明日」
「ちょっと待って、アザレア」
 
 放課後、挨拶をして帰ろうとすると、話がしたいと言われた。
 トーリ様だけではなく、家族やクボン侯爵にまで、ショー様と2人きりにはなるなと言われているので、まだ、人がいる内に話を済ませてしまおうと思った。

「何でしょうか?」
「別の場所に移動しよう。ゆっくり話がしたい。人に聞かれたくないんだ」
「申し訳ございませんが、それは出来かねます」
「それってどういう事? 婚約者の言う事を聞きたくないって事? それとも君の中では、僕はもう元婚約者ってとこかな?」

 ショー様の口調が荒くなっていく。
 危険を感じて後退ると、ショー様が笑顔で間を詰めてくる。

「どうして逃げるの? 最近のアザレアはおかしいよね? あんなに僕の事を好きだと言ってたのに、婚約が解消されそうになってるのに何も言わない。もしかして、トーリと何かあった?」
「どうしてそんな事を思うんです? トーリ様はわたしの事を嫌っているんですよ?」
「本当にそうなのかな? なあ、トーリ」
 
 ショー様がわたしの背後を見て問いかけた。
 振り返ると、トーリ様が自分の席に座ったまま、こちらを見ているのがわかった。

 教室には、いつの間にか、わたし達3人しかいなくなっていた。

「…何が言いたい?」

 トーリ様が立ち上がり、こちらに近寄ってきながら続ける。

「俺だって、一応、彼女の婚約者ではある。知らんふりは出来ないだろう」
「嘘つけ。気になるから、こうやって最後まで残っていたんだろ!?」
「お前が残ってるから残っていただけだ。案の定、彼女に何かしようとしていただろ?」
「そうだな。今からこうしようと思ってた」

 そう言って、ショー様は拳を作り、わたしに向かって腕を振り上げた。
 わたしを見つめるショー様の目がとても怖くて、思わず目をつぶった。

「……ほらな」

 殴られると思ったけれど衝撃はなく、そのかわりショー様の声が聞こえてきた。

「なんで止めたんだ? アザレアに興味があるから止めたんだろう?」
「ふざけるな。殴られそうになっている相手が誰であろうと、止めれるものなら止める。それが普通の人間の行動なんだよ!」

 ゆっくりと目を開けると、トーリ様がわたしとショー様の間に入り、ショー様の腕をつかんで止めてくれていた。

「何だよ。今更そんな事を言ったって、過去は何も変わりはしないぞ! トーリ、お前は今まで、何人の女を守ってこれなかったんだ」
「そんな事はわかってる」

 トーリ様がショー様の胸ぐらをつかんで続ける。

「だから、今、せめて彼女だけでも守ろうとした。それの何がおかしい」
「婚約者だから? お前が好きなのはマーニャ嬢だったんじゃないのか?」
「お前こそ、マーニャ嬢に熱を上げてたんじゃないのか? 手紙のやり取りの回数は俺とは比べものにもならなかっただろ?」
「うるさい!」

 ショー様は自分の胸ぐらをつかんでいるトーリ様の手を払おうとしたけれど、トーリ様の力の方が強く引きはがす事が出来なかった。

「アザレア嬢」

 トーリ様はショー様を力でおさえつけながら、わたしの方に背を向けたまま続ける。

「早く帰れ。ショーはこんな奴なんだ。もういいかげん目が覚めただろ?」
「……はい」

 トーリ様はわたしがショー様を諦めるきっかけを、この機会を利用して上手く作ってくださった。

(トーリ様にしてみれば、当たり前の行為なんでしょうけど…)

 トーリ様がわたしを守ってくれた事で、まるでわたしがお話のヒロインみたいで、こんな時なのに胸が高鳴ってしまった。

(吊り橋効果というやつかしら? それとも、殴られそうになったからドキドキしているの?)

 胸をおさえながら歩き出そうとして振り返ると、ショー様が、今まで見た事のない恐ろしい表情で、トーリ様を睨んでいるのが見えた。
 

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