無償の愛を捧げる人と運命の人は、必ずしも同じではないのです

風見ゆうみ

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3  辺境伯令嬢の『無償の愛』が失われる日 ②

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 二十年前までサウザン王国の一部はセブレブ王国の支配下にあった。十年前にその土地はサウザン王国に返還され、現在はお父様の領地になっている。
 返還すべきか、もしくはセブレブ王国の支配を続けるかジャッジするためにアーサーと彼の友人の公爵令息が私の家に滞在していた。
 子供の頃の私は王太子や公爵令息の偉さがわからず、彼らに敬語や敬称を使わなかった。いつしかそれが普通になり、私が自覚した頃には、逆に殿下と呼ぶことや敬語を使うことを拒否された。

 サウザン王国はセブレブ王国に敗れた歴史があるため、両国の力関係は、圧倒的にセブレブ王国のほうが上だ。突然、アーサーが割って入っても、フォークス様は文句を言うことはできない。

 アーサーは艶のある黒髪に銀色の瞳を持つ、長身痩躯の美男子だ。フォークス様は爽やか系だが、アーサーはクール系といった感じか。

「アーサー殿下、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」

 フォークス様が謝ると、アーサーは私を立ち上がらせてから、彼に尋ねる。

「自分で誕生日パーティーをぶち壊すとはな。こんなことになるという予想もできていなかったのか?」
「……お恥ずかしながら、その通りでございます」

 フォークス様は唇を噛んで悔しそうにしながら頭を下げた。

「ララ、婚約破棄の書類にはなんて書いてある?」

 アーサーに促され、床に落ちていた紙を拾い、婚約破棄の条件に目を通す。
 
 婚約の破棄に対しての慰謝料は支払われないこと。
 婚約関係ではなくなっても、私はフォークス様を愛し続け、一生独身でいること。
 私はウェンディ様への嫌がらせに対する罰を受けること。例として、百叩きや3日間食事抜きなどだ。

 何度読み返しても、こちらにとってデメリットしかない条件だった。

 そのことを伝えると、アーサーはその紙を私から奪い取ると、フォークス様の前で破り捨てた。

「明日、こちら側から婚約破棄についての協議書を渡す。その紙にサインしろ」
「私とララティアの問題にあなたが関わってくるのは越権行為です!」
「ララは俺の友人だ。友人が足蹴にされたんだぞ。怒らないほうがおかしいだろ」
「アーサー殿下! あなたは騙されているのです! 私もそうでした。ララティアは嫉妬に狂い、ライバルである令嬢に嫌がらせをしていたんです! 今回だってあなたを騙しているんですよ」

 騙されているのはフォークス様だ。私は心を落ち着かせてから口を開く。

「私がウェンディ様に嫌がらせをしたということですが、それはいつの話なのですか?」
「1年前からだ! 彼女から相談を受けて調査もした!」
「その調査は本当に信頼できる人に任せたのですか?」
「お前にどうこう言われる筋合いはない」

 フォークス様は吐き捨てるように答えた。

 お金を積めば、嘘の報告をする人間だっている。きっと調査を依頼した人は、ウェンディ様の息がかかった人だったのでしょう。

「どうして私に確認してくださらなかったのですか」
「本当のことを言うとは思えなかった」
「なぜ婚約者を信じられなかったんだ?」

 今度はアーサーが尋ねると、フォークス様はウェンディ様を見つめながら話す。

「一目見た時に感じたんです。彼女は私の運命の人なのだと。その人の言葉を疑うなんて私にはできません」
「じゃあ聞くが、運命の人ってのは無償の愛を捧げてくれる人間とは別なのか?」

 アーサーの言葉に反応したのは、ウェンディ様だった。

「アーサー殿下! 私はすでにフォークス殿下に無償の愛を捧げております。ですから、フォークス殿下は二十歳になった今も人間のままでいられるのです」
「そうか!」

 話を聞いたアーサーは、にやりと笑った。私は悲しみと怒り、悔しさを押し殺して、フォークス様とウェンディ様に尋ねる。

「では、私の無償の愛は必要ありませんよね?」

 二人は顔を見合わせたあと、ギャラリーを見回した。
 ここで、私の無償の愛が必要だと言うと、ウェンディ様が無償の愛ではないと言っているようなものだ。

 フォークス様はため息を吐く。

「わかった。ララティア、君は自由だ。だが、後悔するぞ。君は長い間、私を愛し続けてきた。今更、他の男を愛せるはずがない」
 
 言い切ったフォークス様に、明日に婚約破棄の協議書を提出することと、今から家族と共にパーティーを辞去する意を告げた。


 
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