【完結】捨てられた私が幸せになるまで

風見ゆうみ

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9  レティではなくレティア

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 派手に転んだせいで、手と膝をすりむいてしまった。
 何とか立ち上がって痛む足を引きずりながらも、無駄な抵抗かもしれないけれど、近くにあった樽の後ろに隠れた。

「レティ。悪かった。お前が、あんな事を言って逃げようとするから動揺して、つい。本当にごめん!」

 いつもなら、化粧をして綺麗な姿でレイブンの前に出るのに、今日はすっぴんだし、服も走り回った際に、どこかで引っ掛けたのか、スカートの裾が、何箇所も破れていた。
 こんな姿を見られたくない!
 
 黙って、膝を抱えて樽の後ろに隠れていると、男達の手から逃れたのか、レイブンの声と共に足音が、どんどん近付いてくる。

「……レティ。それで隠れてるつもりか? まあ、もっと上手に隠れても、俺がお前の魔力を感じられないわけないから、このくらいの距離なら、すぐに見つけられるけどさ」

 頭上から声が聞こえて、ゆっくり顔をあげると、しゃがみ込んで隠れていた私を、逆光で見えにくいけれど、レイブンが悲しそうな顔をして私を見下ろしていた。

 魔法を使っているのか、私達の周りだけ、まるで昼間の様に明るい。

「レイブン…」
「ひどい顔だな。ったく。婚約破棄して良かった」
「婚約破棄…?」

 どういう事?
 私のせいで、婚約破棄してしまったの?
 
「婚約破棄したなら、どうしてかまうの! それに、南と北の和平はどうなるの!」
「違う。ごめん。言葉が足りなかった。お前をこんな目に合わせる様な奴と婚約破棄して良かったって意味だ。俺は今、お前との婚約を向こうに求めてる」
「言っている意味がわからない…」

 膝と膝の間に顔を埋めて言うと、レイブンは私の腰を持っで立たせたかと思うと、肩に担ぎ上げた。

「ぎゃあ!」
「なんて声を上げてんだ」
「だ、だって…!」
「レイブン様、私が代わりに…」

 ランタンを持ち、黒のローブをまとった若い男性が手を差し出してきたけれど、レイブンは断る。

「別にいい。そんなに重くないから」
「やめとけやめとけ、レイブンはレティを他の男に触らせたくないんだ」

 いつの間に近くに来たのか、ノースの笑う声が聞こえた。
 不安定な態勢ながらも、顔を向けると、ノースが苦笑する。

「レティが無事で良かった。だけど、レイブン、ちゃんと抱きかかえてやれよ」
「横抱きするにはスカートが短すぎる」
「おー、そっか。今でもきわどい…」

 ノースが後ろに回って、そう言った瞬間、レイブンが小さな声で呪文を呟いた。
 すると、焦げ臭い臭いと共に、ノースが叫ぶ。

「ぎゃー! 俺の髪が焦げてる!」
「うるさい! 近所迷惑だ。静かにしろ!」

 レイブンはフンと鼻を鳴らすと、大通りに向かって、大股で歩き出す。

「ねぇ、レイブン、自分で歩けるわ」
「……大丈夫か?」
「市井に放り出されたといっても一日もたっていないわ。走り回ってクタクタなのは確かだし、さっきので手と膝を擦りむいたけれど、歩けない事はないから」
「さっきのは本当にごめん。ただ、服がボロボロだけど、それもさっきのでか?」
「それは…」

 男達に襲われそうになったとは言い出しにくくて、言葉を濁すと、レイブンが火を消し止めて、ホッと胸をなでおろしている彼の名を呼ぶ。

「ノース」
「はいはい、了解。調べろって事ね。もし、乱暴してたら焼いていいか?」
「殺さない程度にな」
「えー、殺してもいいじゃん」
「駄目よ! というか、誰を焼くつもりなの!?」

 不安定な状態で叫ぶと、レイブンは私を地面におろしてくれてから、膝と手に回復魔法をかけてくれた。

「他に怪我は?」
「大丈夫」
「…ごめんな」
「何度も謝らなくていいわよ。私が逃げたからやったんでしょう?」
「そうだけど、怪我をさせるつもりはなかった」
「わざとじゃない事くらいわかるわ。治してくれてありがとう」
「でも、怪我させるのは良くないだろ」

 レイブンが沈んだ顔をしているから、背伸びをして彼の頭を撫でる。

「気にしてないわ。それよりも、今、どうなってるのか教えてくれない?」
「事情を説明するのはかまわないが、その前に、レティも俺に言う事があるんじゃないか?」
「……いっぱいありすぎてわからないわ。とにかく、ごめんなさい」
「違う。謝ってほしいんじゃない。どうして、俺を信じてくれなかったのか教えてほしいんだよ…」

 レイブンは私の手を取り、ネックレスを握らせる。

「これはお前のものだ。だから、返さなくていい。それに、俺の事が信じられなかったって言うなら、信じてもらえる様に、もっと努力するから。だから、もう逃げないでくれ」
「レイブン…」

 責められると思っていたのに、そんな事はなくて、じわりと涙が浮かんできた。
 
「信じられてなくてごめんなさい。それから、大事なものを置いていこうとしてごめんなさい」
「謝らなくてもいいって言ってんのに」
「しょうがないでしょ。謝らないといけない事だもの」
「そう思うならやらなきゃいいだろ」
「だから、ごめんなさいってば!」
「レティ様!」

 その時、悲痛な声が聞こえて、声がした方向に振り返ると、アメリアが茶色のポニーテールにした髪を揺らしながら駆け寄ってきて、私に飛び付いてきた。

「ご無事で良かったです!」
「アメリア! 心配かけてごめんね。それから、今まで騙していてごめんね」
「騙されたなんて思っていません。もし、騙されていたのだとしても、私は気になりません」
「ありがとう、アメリア」

 抱きしめ返すと、アメリアは抱きしめる腕を強めてきた。

「アメリア、感動の再会のところ悪いが、ヘーベル公爵家の追手はどうなった?」
「騎士なら片付けておきました。もちろん、殺してはいません。ただ、何ヶ月かは剣は持てないでしょう」
「ありがとう。とにかく、レティ、いや、レティアを連れて先に帰ってもいいか?」
「もちろんです。レティア様は疲れているはずです。早く休ませてあげて下さい」

 アメリアは、私から身体を離すと、笑顔で言う。

「レティア様、また、明日に会いましょう。私はノースを拾ってから帰りますので」
「ノースにもまた、直接謝るつもりだけれど、ごめんなさいって伝えておいてくれる?」
「伝えておきますが、気にしていないと思いますよ?」
「アメリア、ノースが相手を拷問している様なら止めてくれ。レティアが気にするから」
「承知しました」

 アメリアはレイブンに一礼すると、私にもう一度笑顔を向けてから背を向けて走り去っていった。

「一応、聞いておくけど、呼び方はレティアでいいよな? 今までは、レティシアと呼ばれたくなかったから、レティって呼んでほしかったんだろ?」
「そうだけど。よくわかったわね」
「それくらいはわかる。まあ、アメリアにヒントをもらったというのもあるけど」
「なんてヒントをもらったの?」
「レティシアと呼んでほしくないけど、レティアとも呼んでもらえないからレティなんですかね、って」
「それって、答えを教えてもらってるじゃない」

 笑うと、レイブンは私の手を握ってから言う。

「こんな時に言うと怒られそうだけど」
「何?」
「キスしていいか?」
「駄目に決まってるでしょう!」

 加護のキスは必要ないと伝えるために、慌てて、ネックレスを首にかけると、レイブンは笑ってから、私の頬にキスをした。

「駄目って言ったのに!」
「ごめんごめん。レティア、疲れてるだろ? 俺の家に行こう」
「私が行っても本当にいいの?」
「当たり前だろ。父さんも待ってる」

 レイブンがそう言った時だった。
 突然、目の前にシブン様が現れた。

「ひいっ!」

 驚いて、思わずレイブンの腕にしがみつくと、シブン様が苦笑する。

「驚かせてすまない。急ぎで連れ帰りたかったからな」
「こちらこそ、申し訳ございませんでした」

 レイブンから離れて、シブン様に頭を下げる。

「レティが謝らなくてもいい」
「父さん、レティアだよ」
「ああ、悪いな。レティアが謝る必要はない。それに、ちょっと問題が起きた」
「……問題?」

 レイブンが眉を寄せて聞き返す。

「後でゆっくり話す。とにかく帰るぞ。今はレティアを休ませてやろう。レイブンはレティアを連れて、すぐに家に帰れ。レティアを迎える用意はしてある」
「わかった」

 こうして私は、レイブン達に保護され、最初の危機を乗り越える事が出来たのだった。

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