【完結】捨てられた私が幸せになるまで

風見ゆうみ

文字の大きさ
9 / 28

8  再会

しおりを挟む
「フォーウッド様…、どうしてここに…?」

 黒色のストレートの肩まである髪を揺らし、長身で痩せていて、狡猾そうな顔立ちのフォーウッド様に尋ねた。
 フォーウッド様から少しだけ離れた位置で立ち止まって答える。

「どうしてここにって? もちろん、君を助けに来たんだよ。レティシアに追い出されたんだろう? 行くあてもないだろうから、僕が匿ってあげるよ」
「…お言葉は有り難いのですが、もう私の役目は終わったんです。フォーウッド様とはもう関係はございません」
「関係はないって? なら、余計にいいだろう? 今までは妹の下婢だったが、今度は僕の下婢、いや、僕には婚約者がいるから、妾にしてあげるよ。なあ、レティア、腹が減ってるだろ? 毎日、温かいご飯や寝る場所を用意してあげるよ。だから、僕と一緒においで」

 元々細い目をもっと細め、ズレた眼鏡をなおしながら、フォーウッド様は、痩せたその手を私の方に差し出してきた。

「申し訳ございません。これからは自分の力で生きていくつもりですので…」
 
 この手を取ったら、どうなるかわからない。

 ゆっくりとベンチから立ち上がり、フォーウッド様と距離を取りながら話す。

「ですから、私の事は放っておいて下さい」
「どうして、そんなに僕に怯えるんだ? レティア、君は気付いていないようだけど、顔が汚れているよ。これで拭くんだ」

 そう言って、私に差し出してきたのは、失くしたと思っていた私のハンカチだった。

「こ、これ…」
「ああ。これは洗ってあるから大丈夫だ。メイドが間違って洗ってしまってさ。本当なら、レティアが使ったままのものが欲しかったのに」
「……何を言ってるんですか…」

 私の着ている服、普段着は別だけれど、レイブンに会いに行った時のドレスとハンカチは、毎回、違うものに変わっていた。
 それが当たり前だと思っていたけれど、差し出された白いハンカチは、四隅に小花柄の刺繍がしてあって気に入っていたから、また使いたいと洗濯を担当してくれていたメイドに伝えていた。

 けれど、その日から、そのメイドが部屋に来なくなった。
 だから、ハンカチの事を伝えても、わかる人がいなかったから諦めていたのに…。

「レティアの使ったものは全て、僕に渡す様に伝えていたんだ。まあ、普段着に関しては、君の着る服がなくなってしまうから諦めていたけど。ああ、もちろん、下着もいらなくなったものはもらってるよ」

 気持ち悪い…!!

 これ以上、この人の話を聞きたくなかった。

 これだけ聞いただけでも十分だった。

 レイブン、シブン様、もう一度、助けて下さい!

 赤い石を握りしめ、レイブンから教えてもらった魔法の呪文を小さく呟いた。
 それと同時に、フォーウッド様の姿が視界から消えた。

 視線を下に向けると、目の前の地面には大きな穴があいていて、フォーウッド様はそこに落ちた様だった。

 レイブンは落とし穴を掘る魔法だと言っていたけれど、落とし穴というには大きく、近くを歩いていた人達が悲鳴を上げた。

 穴に近付いて、見下ろしてみると、思ったよりも深くて、フォーウッド様が自力で上がってこれるような深さではなかった。

 私が屋敷の三階の窓から、フォーウッド様を見下ろしているくらいの深さだった。

「深さはそのままで、生き埋めにならない程度に穴を小さくして」

 赤い石に向かって呟くと、私のお願いに応える様に穴が狭くなっていく。

「うわあ! 何なんだ!? おい! 誰か助けてくれ! レティア! いるんだろう!? 助けてくれ!」

 助けるわけないでしょう!!
 
 言い返したくなったけれど、その場には、いないふりをして無言で駆け出す。
 フォーウッド様の護衛の騎士が走ってきたけれど、私の事は気にもとめずに、フォーウッド様の方へ走っていく。

 もしかしたら、赤い石が私の存在を見えなくしてくれたのかもしれない。

 レイブンとシブン様、それから、レイブンのお母様が守ってくれた気がする。

 その事に心から感謝して、とにかく、その場から少しでも離れようと、疲れ切った足を何とか動かした。

 どれくらい走ったかはわからない。
 
 走ったり、歩いたりを繰り返している内に空は明るさを消し、星が見え始めた。

 フォーウッド様がいる限り、この街には私の安らぐ場所なんてない。

 働き口さえも見つけられそうにない。
 
 フォーウッド様に、やっぱり助けを求めるべき?

 一瞬、浮かんだ馬鹿な考えをすぐに頭から追いやった。

 さすがに気持ちが悪すぎる。
 私の事を女性として見ているのではないかと思っていたけれど、あんなに歪んだ愛情を持たれているとは思わなかった。

 その時だった。

「レティア!」
 
 私の名を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、そこには、ヘーベル公爵がいた。

「こんな所にいたのか! どうして、捨てられた場所で大人しくしていないんだ!」
「何を言ってらっしゃるんですか!」

 道の両端に街灯はあるけれど、薄暗く、必死に走って路地裏に逃げ込む。

「待て、レティア! 叱らないから戻ってこい!」

 信用なんてできない!

 ヘーベル公爵から逃げる為、ひたすら暗い路地裏を走っていると、何かにぶつかった。

 月明かりに照らされて見えたのは、人相の悪い、大柄な男だった。

「ご、ごめんなさい」
「女が一人でこんな所で何してんの? 俺達に遊んでほしいって?」

 大柄な男の後ろには、他に二人仲間がいて、私を見てニヤニヤと笑みを浮かべた。

「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの」
「じゃあ、どんなつもりだったんだよ!」

 男に腕を掴まれ、近くにあった大きな樽の上に、体を押し付けられた。
 その時、ヘーベル公爵が私に追いついたのだけど、騎士が近くにいないせいか「殺しはするなよ!」とだけ叫んで、逃げていってしまった。

 本当に最悪だ。
 私自身の運命も、ヘーベル公爵も!

「よく見ると、可愛い顔してるじゃーん」

 ランタンの明かりで、私の顔を確認すると、男の一人が私の顔をつかんだ。

「いただきまーす」
「嫌っ!」

 男が舌を出して、私の鼻を舐めようとしたので、顔を背けて叫んだ時だった。
 ランタンの中の蝋燭の火が大きな炎になり、ランタンを持っていた男の身体を包んだ。

「うわあああ!」

 男は絶叫し、ランタンを放り投げた。
 
「殺されたくなかったら消えろ」
 
 その声を聞いた瞬間、安堵で涙がこぼれそうになった。
 
 けれど、すぐに思い出す。

 彼にとっても、私は必要のない人間なのだと。

 男が燃え上がった事により、私の身は自由になり、慌ててネックレスを首から外し、樽の上に置くと、私の事など気にもせずに、仲間を助けようとしている男達の後ろをすり抜けて走る。

「待ってくれ、レティ! 俺だ、レイブンだ!」

 知ってる。
 姿を見なくても声だけでわかる。
 わざと、私にわかる様に魔力を放出してくれている事も。

「おい! あんた、魔道士か!? 仲間の火を消してくれ! 死んじまうよ!」
「はあ!? わかった、消してやるからはなせ!」
 
 男達に両足をつかまれたレイブンに、私は足を止めて告げる。

「レイブン、今まで本当にごめんなさい。ネックレスはそこに置いておくから…」
「レティ! お前を迎えに来たんだ! 怒ってなんかないから、逃げないでくれ!」
「レティシア様の身代わりじゃない私に、なんの価値もないわ。さよなら、レイブン」
「痴話喧嘩は後にしてくれ! まずは仲間を助けてくれ!」
「うるさいな!」

 レイブンは叫んで、男の全身にまわりかけていた火を消した。
 それと同時に、軽く回復魔法もかけてあげた様で、男達が安堵する声が聞こえた。

「ありがとう! あんたは命の恩人だ!」
「元々の火も俺がやったんだよ!」

 レイブンが男達の相手をしている内に走り出す。

「待て、レティ!」
「レイブン! ごめんなさい!」
「謝るくらいなら逃げないでくれ! レティ! くそっ! ごめんっ!」
 
 レイブンが叫んだと同時、足元の地面が盛り上がり、私は盛大に転んだ。





しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?

恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。 しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。 追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。 フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。 ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。 記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。 一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた── ※小説家になろうにも投稿しています いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!

【完結】以上をもちまして、終了とさせていただきます

楽歩
恋愛
異世界から王宮に現れたという“女神の使徒”サラ。公爵令嬢のルシアーナの婚約者である王太子は、簡単に心奪われた。 伝承に語られる“女神の使徒”は時代ごとに現れ、国に奇跡をもたらす存在と言われている。婚約解消を告げる王、口々にルシアーナの処遇を言い合う重臣。 そんな混乱の中、ルシアーナは冷静に状況を見据えていた。 「王妃教育には、国の内部機密が含まれている。君がそれを知ったまま他家に嫁ぐことは……困難だ。女神アウレリア様を祀る神殿にて、王家の監視のもと、一生を女神に仕えて過ごすことになる」 神殿に閉じ込められて一生を過ごす? 冗談じゃないわ。 「お話はもうよろしいかしら?」 王族や重臣たち、誰もが自分の思惑通りに動くと考えている中で、ルシアーナは静かに、己の存在感を突きつける。 ※39話、約9万字で完結予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいですm(__)m

とある令嬢の優雅な別れ方 〜婚約破棄されたので、笑顔で地獄へお送りいたします〜

入多麗夜
恋愛
【完結まで執筆済!】 社交界を賑わせた婚約披露の茶会。 令嬢セリーヌ・リュミエールは、婚約者から突きつけられる。 「真実の愛を見つけたんだ」 それは、信じた誠実も、築いてきた未来も踏みにじる裏切りだった。だが、彼女は微笑んだ。 愛よりも冷たく、そして美しく。 笑顔で地獄へお送りいたします――

〈完結〉伯爵令嬢リンシアは勝手に幸せになることにした

ごろごろみかん。
恋愛
前世の記憶を取り戻した伯爵令嬢のリンシア。 自分の婚約者は、最近現れた聖女様につききっきりである。 そんなある日、彼女は見てしまう。 婚約者に詰め寄る聖女の姿を。 「いつになったら婚約破棄するの!?」 「もうすぐだよ。リンシアの有責で婚約は破棄される」 なんと、リンシアは聖女への嫌がらせ(やってない)で婚約破棄されるらしい。 それを目撃したリンシアは、決意する。 「婚約破棄される前に、こちらから破棄してしてさしあげるわ」 もう泣いていた過去の自分はいない。 前世の記憶を取り戻したリンシアは強い。吹っ切れた彼女は、魔法道具を作ったり、文官を目指したりと、勝手に幸せになることにした。 ☆ご心配なく、婚約者様。の修正版です。詳しくは近況ボードをご確認くださいm(_ _)m ☆10万文字前後完結予定です

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

処理中です...