その場しのぎの謝罪なんていりません!

風見ゆうみ

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2   婚約破棄と養子縁組の解消

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 ワイアットの作り笑顔には気づくはずもなく、ゼント様は満足そうな表情で頷く。

 「ワイアット、たまには、お前も良いことを言うんだな。父上と一緒になって、ソフィアの処刑を反対しなければ、お前を俺の側近にしてやったのに」
「ありがたいお言葉ではありますが、お断りいたします。私の主人は《《現》国王陛下だけです」
「ふん。父上の命がもう長くないことくらいわかっているだろう。近い内に国王陛下の座は俺のものになるんだ。俺が現国王と呼ばれるようになるのも、そう遠い未来ではないぞ」
「どうなるかは、まだわかりません」

 ワイアットは目にかかりそうな紺色の前髪を揺らし、ゼント殿下に冷ややかな声でそう答えると、会話は終わりだと言わんばかりに静かに目を閉じた。
 
 そんなにも、国王陛下の体調は良くないのかしら。
 ずっと寝たきりだという話は聞いているけれど、死期が近いだなんて話は聞いたことがなかった。

 そんな私たちの動揺など気にもせずに、ケイティはワイアットに話しかける。

「ワイアット様は相変わらず素敵ですわね。氷の貴公子と評されるだけありますわ」
「おい、ケイティ、止めろ。お前が他の男を褒めると、そいつを殺したくなってしまう。そうなったら、ワイアットまで殺さなければいけなくなるじゃないか。そんなことになれば、多くの公爵家を敵に回さないといけなくなるから面倒なことになる」

 慌てた様子でゼント様はそう言うと、ケイティを離さないと言わんばかりに抱きしめた。

「ふふ。ゼント様ったらぁ!」

 ケイティは甘ったるい声を出して、彼の胸に頰を寄せる。

 公爵家を敵にまわしたくないと考えられる頭があるのなら、なぜ、私を処刑しようだなんて馬鹿なことを言い出したのかしら。
 私を処刑したら、五大公爵家を敵に回すことと一緒なのに。
 
「でも、納得いかないです。この世は虐げられる人間に冷たい世なのですね。悪いことをした人間は罰すべきだと思うんですけど」
「悪いことをした人間を罰するべきという意見には賛成するわ」

 私を処刑できないことを思い出し、不満そうにするケイティに、私が言葉を返すと、ムッとした顔で言い返してくる。

「お姉さまには話しかけていません。処刑されないからって大きな顔をしないで下さい。私だって公爵家の一員で偉いんですからね!」
「その話だが」

 ゼント様から発言の許可をもらった、お父様が立ち上がり、ケイティを見つめて話し始める。

「ケイティ、君とミーデンバーグ家の養子縁組を解消しようと思う」
「は、はあ!?」
 
 ケイティはゼント様にしがみついた状態で、お父様に聞き返す。

「ど、どうしてですか? ケイティ……、いえ、わたしがいるから五大公爵家と呼ばれているんですよ? それなのに良いんですか!?」
「ケイティ、君が生まれる前から、うちは五大公爵家だよ」

 お父様は大きなため息を吐いてから続ける。

「君が何を言っているのか理解できないが、君は王太子殿下と婚約するようだし、もう私が世話をしてやる必要もないだろう」
「そ、そんな、困ります! だって、婚約するだけで、まだ結婚するわけではないんですよ!?」
「五大公爵家の当主の前で話をされたんだ。撤回することはないだろう」
「え、そんな、ゼント様、本当ですか? 絶対に撤回しませんか!?」

 ケイティが尋ねると、ゼント様は彼女を自分の太ももから下ろして立ち上がった。

「ミーデンバーグ、お前は自分が何を言っているのかわかっていないのか!? ケイティとの関係を切るということは、俺との繋がりも切るということになるぞ!」

 ゼント様は、自分とケイティが結婚することでミーデンバーグ家が他家よりも強い立場になることを強調したいらしい。
 
「娘の処刑を望むような殿下とは、近からず遠からずの関係を希望いたします」

 美形のお父様が凄むと、恐ろしく見えるのは、今まで苦難を乗り越えてきた経験からなのだろうか。
 ゼント様は何か言いたげにしてはいたけれど、お父様に気圧されてか、それ以上、何も言葉を発することができなかった。

 ケイティは頬を膨らませたあと、甲高い声で叫ぶ。

「養子縁組の解消ですか! 別にそれくらいかまいませんよ。わたしは未来の王妃になる
人間なんですけどね! そんなわたしと縁を切ろうとするだなんて信じられません! 本当にバカだわ!」
「かまわないと言ってもらえて助かったよ。ワガママを許していた覚えはないが、君がこんな性格になったのは私の責任でもある。だが、ミーデンバーグ公爵家に害なすものは容赦なく排除させてもらう」

 お父様に睨まれたケイティは、一瞬、怯みはしたものの言い返す。

「わたしは何もしていないわ!」
「ソフィアを処刑したいがために嘘をついただろう」
「……嘘なんてついていません」

 ケイティはふんと鼻を鳴らして、お父様から顔を背けると、甘ったるい声でゼント様に訴える。

「ゼント様、また、ソフィアお姉様のせいで悲しい思いをすることになりました! もう嫌です!」 
「可哀想なケイティ。……ソフィア、この冷酷な女め! 未来の王妃をいじめた貴様には、城内にある小屋に住むことを命ずる! 家があるだけマシだと思うがいい!」
「……は?」

 ゼント様が何を言っているのか、全く意味がわからず、間抜けな声を上げてしまった。

「何か文句でもあるのか」
「……どうして、私が小屋に住まなければならないのですか」
「俺たちの愛をいつでも見れるようにしてやるためだ。処刑されるのが嫌ならそこに住め。俺だって譲歩してやったんだ。嫌だと言うのならば、何が何でもお前を処刑してやる」

 言っていることが無茶苦茶よ。

 こんな男や従姉妹のせいで処刑になんてなりたくないわ。

「殿下」
「大丈夫ですわ、お父様」

 お父様が何か言おうと口を開いたけど、慌てて止めた。

 今のゼント様ならわけのわからない理由で、お父様を罰しようとするかもしれないからだ。

 まったく、変な男が王太子になったものね。

 こうなるまで放置したのはどこの誰なのよ。

 ……国王陛下だった。

「ソフィー」

 ワイアットが私を愛称で呼んだので、見上げると、無言で小さく首を縦に振った。

 今はゼント様の言う通りにしろということらしい。

 ワイアットとは長い付き合いだ。

 ゼント様と婚約した時に気持ちは封印したけど、実はワイアットは私の初恋の人だったりする。
 
 彼がゼント様を嫌っていることは知っている。
 だから、これ以上、悪いことにはならないだろうとワイアットを信じることにした。

 お父様のほうを振り返ると、お父様も渋々といった表情で頷いた。

 意を決して、ゼント様に話しかける。

「承知いたしました。ですが、ケイティのことについては、そんな事実は一切ありませんから認める気はございません」

 強い口調で言うと、ゼント様とケイティは不満げに私を睨みつけてきた。

 睨み返すと、ゼント様は私から視線を外し、ケイティに話しかける。

「小屋に住むようになれば認めたくなるだろう」
「そうですわね。お姉さまには質素な暮らしなんてできないでしょうから」

 二人は笑いながら、壇上から姿を消した。

「あの方が未来の国王だと思うと、排除したほうが良いのかもしれない」

 お父様が隣にいる私にだけ聞こえるくらいの、小さな声で呟いた。

 
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