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3 新居の確認
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二人が去って行ったあとに、謁見の間にやって来たゼント様の補佐官に、こんなことになった詳しい経緯を聞いてみた。
まずは、ケイティがゼント様に近づき、ゼント様を自分の虜にした。
魅了魔法が使われたというわけではなく、純粋にゼント様はケイティを好きになってしまったそうだ。
そんな彼にケイティは私についての嘘を吹き込み、ゼント様はケイティの言葉を信じて、私を憎むようになったというわけだ。
ゼント様は『ハニートラップにかかった人間はこのようになります』という例にあげたくなるような人だわ。
その後、私を処刑するために動き出したゼント様だったけれど、宰相たちに却下された。
お咎め無しに納得がいかなかったゼント様は、どうしても私に何らかの罰を与えたいと言い出し、最終的に決まったのが、殿下が指定した家で軟禁という処分だった。
嘘で罰を与えられるなんて最悪だわ。
学園を卒業し、お父様の仕事を手伝っていたけど、このままでは引き続き、お手伝いすることは無理そうね。
職場で言えば、閑職に追いやられたというところかしら。
会議に出席していた人たちが、ゼント様に私がケイティをいじめていた証拠はあるのかと聞くと、ケイティの証言だけで十分だと答えたそうだ。
バカに権限を持たせると碌なことがないわ。
お父様以外の他の公爵家の当主様たちが、去り際に改めてゼント様に抗議してくれると言ってくれたけど、それは丁重にお断りして、気持ちだけありがたく受け取っておくことにした。
ゼント様は無茶苦茶だ。
彼の思考パターンが読めるようになるまでは、下手に動かないほうが良い。
私のせいで、公爵家の当主に不利益を与えるわけにはいかない。
城の敷地内にあるのなら、警備面もしっかりしているでしょうし、住めば都とも言う。
やる前から文句を言うのは避けたかったし、それはケイティたちを喜ばせるような気がして嫌だった。
……というか、それしか選択肢がないのだから、覚悟を決めるしかなかったというのもある。
******
それからは慌ただしく、時間は過ぎていった。
お父様には家族への報告と、ケイティとの養子縁組の解消の処理を進めてもらう話をして、城内で別れた。
ケイティは平民になってしまうけど、彼女はそれで良いと言っていたし、周りからの反対が出ても、ゼント様が何とかするでしょう。
だから、ケイティが可哀想だなんて思わない。
お父様と別れたあと、私はゼント様の補佐官と一緒に、急遽、住むことになった家がどんなものか確かめに行った。
その家は城壁のすぐ近くにあり、ゼント様は小屋だと言っていたけれど、実際は違っていた。
平民が家族と暮らすような大きさの家で、一人で暮らすには、部屋が余ってしまうくらいだ。
どこをどう見て小屋だと思ったのかしら。
…王城に住んでいる人にすれば、この大きさの家でも小屋という感覚ってこと?
私の家もかなり大きいけど、一軒家を小屋とは言わない。
感覚の違いってとこかしら。
この家は十数年前に、王城のお抱えの医者が住んでいたそうで、彼が亡くなってからは、この家には誰も住んでいないとのことだった。
木造の2階建てで、長く人が住んでいなかったせいか、ところどころに大きな穴が開いていて、中庭の小動物が出入りしているようだ。
「……家を改築するのは良いのかしら」
「かまいません。大体、この家にソフィア様が住むことも、私を含む多くの人間は賛成していませんから」
補佐官は眉尻を下げて「殿下を止められずに申し訳ございません」と謝ってくれた。
悪いのはケイティと王太子殿下、そして、もしいたとするなら、私の処刑を望んだ人たちで、補佐官は責めるべき相手ではないと伝えると、ホッとした表情になった。
家の中に家具は残されていたものの、埃だらけだし傷んでいて使えそうにない。
お父様に頼んで、業者や公爵家の使用人たちに部屋の中を整えてもらうことにした。
……どうせ、やることがないんだから、私もお手伝いはしないといけないわね。
ゼント様は、この古い家に私を一人で住まわせ、惨めな気分を味あわせたいみたいだけれど、家を改築するなとは言われていない。
だから、原型は残しつつ、私の住みやすいようにリフォームさせてもらうわ。
空を見上げると、雲一つ無い青空が広がっている。
今日が良い天気で良かった。
雨だったら引っ越しは、晴れの日以上に大変でしょうから。
色々な人に迷惑をかけるのは申し訳ないけど、この状況を悲しんだら負けよ。
ケイティ、ゼント様、あなたたちの望むような私の姿は絶対に見せませんからね!
*****
1時間後、使用人たちが続々とやって来て、家の中を片付け始めてくれた。
侍女が着替えを持ってきてくれたので、ドレスであることに変わりはないけど、比較的動きやすい服に着替えて、私の出来る範囲で手伝っていると、ワイアットが訪ねて来た。
「ソフィー、さっきは大人しく引いてくれてありがとうございます」
「罪は認めませんって言ってしまったけれど、それは良かったかしら」
「かまいません。認めはしないでしょうけど、深く調べられて困るのは向こうのほうですから。王太子殿下もケイティを信じると言っていますが、あなたにきっぱりと否定されて、不安になってきているようですよ」
ワイアットは普段から誰にでも敬語を使う人で、彼が丁寧な話し方をしない時はキレている時しかない。
彼は私より一つ年上で長身痩躯で眉目秀麗。
親しくない人の前では、感情をあまり表に出さないせいか、ケイティが言っていたように、貴族の女性の間では氷の貴公子とも呼ばれている。
「処分に文句を言っていたら、さすがに私の命が危なかったかしら」
「あなたの処刑を賛成した人間もいますから、その人たちと一緒にうるさく言ってきたことでしょう」
「それにしても、処刑を望むだなんて、二人は私を殺したいほどに憎んでいると思っておいたほうが良いわよね」
「どうでしょうか。君の元妹や王太子殿下の考えていることはわかりません。処刑という新しい言葉を覚えて、使いたかっただけという可能性もあります」
「冗談よね?」
「冗談を言うタイプに見えますか?」
「見えないわ」
私が大きく息を吐いてから肩を落とすと、ワイアットは苦笑する。
「そのうち飽きるでしょうから、彼らのことは適当に相手をしておけば良いでしょう。でも、油断はしないでください。ここは城の敷地内ですし、賊に押し入られるという心配はありません。ですが、王太子殿下がわざわざ、この家に住むように指示したということは、何か理由があるのでしょう。警備の人間は必ず付けてください」
「わかっているわ。……そういえば、国王陛下のお体の具合はどうなの? 王太子殿下は何だか不安になるようなことを言ってらしたけれど」
「その件ですが、ここでは話しにくいです。場所を移動することは可能ですか?」
「もちろんよ」
作業を進めている使用人たちに好きな時に好きなだけ休憩してくれて良いと伝えてから、ワイアットと一緒に城へと続く小道を歩き出した。
まずは、ケイティがゼント様に近づき、ゼント様を自分の虜にした。
魅了魔法が使われたというわけではなく、純粋にゼント様はケイティを好きになってしまったそうだ。
そんな彼にケイティは私についての嘘を吹き込み、ゼント様はケイティの言葉を信じて、私を憎むようになったというわけだ。
ゼント様は『ハニートラップにかかった人間はこのようになります』という例にあげたくなるような人だわ。
その後、私を処刑するために動き出したゼント様だったけれど、宰相たちに却下された。
お咎め無しに納得がいかなかったゼント様は、どうしても私に何らかの罰を与えたいと言い出し、最終的に決まったのが、殿下が指定した家で軟禁という処分だった。
嘘で罰を与えられるなんて最悪だわ。
学園を卒業し、お父様の仕事を手伝っていたけど、このままでは引き続き、お手伝いすることは無理そうね。
職場で言えば、閑職に追いやられたというところかしら。
会議に出席していた人たちが、ゼント様に私がケイティをいじめていた証拠はあるのかと聞くと、ケイティの証言だけで十分だと答えたそうだ。
バカに権限を持たせると碌なことがないわ。
お父様以外の他の公爵家の当主様たちが、去り際に改めてゼント様に抗議してくれると言ってくれたけど、それは丁重にお断りして、気持ちだけありがたく受け取っておくことにした。
ゼント様は無茶苦茶だ。
彼の思考パターンが読めるようになるまでは、下手に動かないほうが良い。
私のせいで、公爵家の当主に不利益を与えるわけにはいかない。
城の敷地内にあるのなら、警備面もしっかりしているでしょうし、住めば都とも言う。
やる前から文句を言うのは避けたかったし、それはケイティたちを喜ばせるような気がして嫌だった。
……というか、それしか選択肢がないのだから、覚悟を決めるしかなかったというのもある。
******
それからは慌ただしく、時間は過ぎていった。
お父様には家族への報告と、ケイティとの養子縁組の解消の処理を進めてもらう話をして、城内で別れた。
ケイティは平民になってしまうけど、彼女はそれで良いと言っていたし、周りからの反対が出ても、ゼント様が何とかするでしょう。
だから、ケイティが可哀想だなんて思わない。
お父様と別れたあと、私はゼント様の補佐官と一緒に、急遽、住むことになった家がどんなものか確かめに行った。
その家は城壁のすぐ近くにあり、ゼント様は小屋だと言っていたけれど、実際は違っていた。
平民が家族と暮らすような大きさの家で、一人で暮らすには、部屋が余ってしまうくらいだ。
どこをどう見て小屋だと思ったのかしら。
…王城に住んでいる人にすれば、この大きさの家でも小屋という感覚ってこと?
私の家もかなり大きいけど、一軒家を小屋とは言わない。
感覚の違いってとこかしら。
この家は十数年前に、王城のお抱えの医者が住んでいたそうで、彼が亡くなってからは、この家には誰も住んでいないとのことだった。
木造の2階建てで、長く人が住んでいなかったせいか、ところどころに大きな穴が開いていて、中庭の小動物が出入りしているようだ。
「……家を改築するのは良いのかしら」
「かまいません。大体、この家にソフィア様が住むことも、私を含む多くの人間は賛成していませんから」
補佐官は眉尻を下げて「殿下を止められずに申し訳ございません」と謝ってくれた。
悪いのはケイティと王太子殿下、そして、もしいたとするなら、私の処刑を望んだ人たちで、補佐官は責めるべき相手ではないと伝えると、ホッとした表情になった。
家の中に家具は残されていたものの、埃だらけだし傷んでいて使えそうにない。
お父様に頼んで、業者や公爵家の使用人たちに部屋の中を整えてもらうことにした。
……どうせ、やることがないんだから、私もお手伝いはしないといけないわね。
ゼント様は、この古い家に私を一人で住まわせ、惨めな気分を味あわせたいみたいだけれど、家を改築するなとは言われていない。
だから、原型は残しつつ、私の住みやすいようにリフォームさせてもらうわ。
空を見上げると、雲一つ無い青空が広がっている。
今日が良い天気で良かった。
雨だったら引っ越しは、晴れの日以上に大変でしょうから。
色々な人に迷惑をかけるのは申し訳ないけど、この状況を悲しんだら負けよ。
ケイティ、ゼント様、あなたたちの望むような私の姿は絶対に見せませんからね!
*****
1時間後、使用人たちが続々とやって来て、家の中を片付け始めてくれた。
侍女が着替えを持ってきてくれたので、ドレスであることに変わりはないけど、比較的動きやすい服に着替えて、私の出来る範囲で手伝っていると、ワイアットが訪ねて来た。
「ソフィー、さっきは大人しく引いてくれてありがとうございます」
「罪は認めませんって言ってしまったけれど、それは良かったかしら」
「かまいません。認めはしないでしょうけど、深く調べられて困るのは向こうのほうですから。王太子殿下もケイティを信じると言っていますが、あなたにきっぱりと否定されて、不安になってきているようですよ」
ワイアットは普段から誰にでも敬語を使う人で、彼が丁寧な話し方をしない時はキレている時しかない。
彼は私より一つ年上で長身痩躯で眉目秀麗。
親しくない人の前では、感情をあまり表に出さないせいか、ケイティが言っていたように、貴族の女性の間では氷の貴公子とも呼ばれている。
「処分に文句を言っていたら、さすがに私の命が危なかったかしら」
「あなたの処刑を賛成した人間もいますから、その人たちと一緒にうるさく言ってきたことでしょう」
「それにしても、処刑を望むだなんて、二人は私を殺したいほどに憎んでいると思っておいたほうが良いわよね」
「どうでしょうか。君の元妹や王太子殿下の考えていることはわかりません。処刑という新しい言葉を覚えて、使いたかっただけという可能性もあります」
「冗談よね?」
「冗談を言うタイプに見えますか?」
「見えないわ」
私が大きく息を吐いてから肩を落とすと、ワイアットは苦笑する。
「そのうち飽きるでしょうから、彼らのことは適当に相手をしておけば良いでしょう。でも、油断はしないでください。ここは城の敷地内ですし、賊に押し入られるという心配はありません。ですが、王太子殿下がわざわざ、この家に住むように指示したということは、何か理由があるのでしょう。警備の人間は必ず付けてください」
「わかっているわ。……そういえば、国王陛下のお体の具合はどうなの? 王太子殿下は何だか不安になるようなことを言ってらしたけれど」
「その件ですが、ここでは話しにくいです。場所を移動することは可能ですか?」
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