その場しのぎの謝罪なんていりません!

風見ゆうみ

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14  衝撃的な事件 ②

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 ケイティの侍女が亡くなったと伝えに来てくれたのは、ワイアットだった。

「その場にいませんでしたので、僕も人伝ひとづてに聞いた話になりますが、侍女がケイティに何か助言したところ、態度が気に食わないと怒り出し、王太子殿下に彼女を殺してくれと叫んだそうです」
「それでゼント様が侍女を殺したっていうの?」
「いえ、その場では王太子殿下は何もしていません」

 意味深な言い方に、私は黙ってワイアットの話の続きを待つ。

「数時間後に勤務を終えた侍女が、ケイティの部屋から宿舎に戻る途中に何者かに火をつけられたようです。まずは悲鳴を上げないように、喉を焼いたのでしょう。城内には誰かしらいますから、悲鳴が聞こえていれば誰かが駆けつけるはずです」
「ということは、目撃者はいないのね?」
「はい。侍女が火をつけられたところを見ている者は誰もいません。見ていたとしても、自分が殺される可能性がありますから名乗り出ることはできないでしょうね」
「ワイアットは犯人が誰だか予想はできる?」
「……予想ですか」

 ワイアットはそこまで言って口を閉ざした。

 口に出すべきか迷っているみたい。
 私だって聞かなくても、犯人が誰だかなんてわかっている。
 でも、違う人だという可能性もあるので聞いてみたのだ。

 長い、沈黙が続いたので、気分を変えるために立ち上がる。

 まだ使用人が来ていない時間帯なので、自分でミルクとチョコレートを温めて、ホットチョコレートを作ってみた。
 コップに入れて、ワイアットの前に置いた。

 温かい飲み物を飲めば、少しは気持ちが落ち着くかと思った。

「ありがとうございます」

 ワイアットが柔らかな笑みを浮かべたので、私の頬がじんわり熱くなる。

 人が亡くなったっていうのに、こんな気持ちになるなんて不謹慎だわ。

 反省して気持ちを切り替えていると、ワイアットが尋ねてくる。

「王太子殿下は気に入らないと思ったら、その人を殺すという噂が流れ始めたら、どうすると思いますか?」
「わからないけれど、彼のことだから不敬罪だと言って、言い出した人を見つけようとして、人を殺していくかもしれないわね」
「ですよね」

 ワイアットはホットチョコレートを一口飲んでから、大きく息を吐いた。

「陛下がこのことを知れば、精神的苦痛で病状が悪化するかもしれないと医者は言うんです。そのせいで同僚たちも頭を抱えています。侍女が一人亡くなっただけと考えるか、犯人が彼かもしれないということを重きにおくか迷っているんです」
「状況にもよるけれど、お伝えしたほうが良いんじゃないかしら。人殺しだなんて、なかったことにしていいことじゃないもの。これを機に国王陛下が王位継承権をゼント様から剥奪してくれれば一番早いのよ」
「そんなことをすれば、国王陛下の命が危険にさらされます」
「そんな状況で陛下に何かあれば、自分が犯人だと言っているようなものじゃない。さすがにそこまで馬鹿ではないんじゃ……って、馬鹿ね」

 答えると、ワイアットは顔を両手で覆って言う。

「わかっています。みんな、わかっているんです。ですが、元気な人でも、自分の息子が人を殺したと聞いたら精神的なダメージが大きいはずです。それで、陛下の寿命が縮まってしまうかもしれません。王位継承権の剥奪の手続きを終える前に亡くなってしまう可能性もあります」
「……ワイアット、本当に彼の仕業かどうかはわからないわ。それを確認してから考えましょう。あなただけが悩む問題じゃない。多くの人間で判断しなくちゃいけないことだわ」
「……そうですね」

 ワイアットが頷いた時、扉がノックされる音が聞こえた。
 時計を確認してみると、使用人たちが来るにはまだ早い時間だ。
 ワイアットにはその場で待っていてもらい、出入口の扉越しに声をかける。

「誰でしょうか」
「ソフィア? 私よ」

 返ってきたのはケイティの声だった。
 彼女の声がワイアットにも聞こえたらしく、私の隣にやって来ると無言で首を横に振った。

 私とワイアットの婚約は今のところは保留になっているし、二人きりになっていることをケイティに知られたくない。
 彼女のことだから、自分のことは棚に上げるでしょうし、何を言い出すかわからないもの。

「とにかく相手をしてくるわ」

 止めてくるワイアットに手を合わせて謝ってから、扉の鍵を開けて家の外に出た。

「……あら、中に入れてくれないの?」
「長話するつもりはお互いにないでしょう? というか、あなたを家に入れたくないわ」
「本当に失礼な女ね。あなたに知らせたいことがあって来ただけよ。すぐに帰るわ」
「……知らせたいこと?」

 聞かなくても知っている。

 でも、知らないふりをして聞き返すと、ケイティは笑った。

「昨日ね、私の侍女が死んだの!」
「笑って言うことじゃないでしょう。どうして亡くなったのかわからないけれど、お悔やみ申し上げるわ」
「……あなたのせいよ!」
「何の話?」
「あの侍女はわたしのテーブルマナーがおかしいと注意してきたの! 私のためだとか何だとか言っていたけど、貴族のマナーなんて、わたしはどうでもいいのよ!」

 ケイティの叫びを聞いた私は、無言で彼女を睨みつける。

 まさか、本当に注意されただけで腹を立てて、侍女を殺させたの?

「黙り込んでどうしたの? ふふっ、ソフィア、私のことが怖くなった?」
「そんな訳ないでしょう。それよりもあなた、侍女を殺したと自白でもしているの?」
「そ、そんなわけないでしょう! 私は殺してなんていないわ。殺してほしいと言いはしたかもしれないけれど。言っただけで何もしていないわ」
「じゃあ、何を言いに来たの? 侍女があなたを注意したから私のせいで殺されるだなんておかしいじゃないの。大体、殺してほしいだなんて、そんな言葉を口にすることだって良くないのよ」
「だって、ソフィア、自分のせいで人が死んだと聞いたら悲しいでしょう?」
「意味がわからないわ」
「あの侍女は陰で私より、ソフィアのほうが王妃にふさわしいと言っていたらしいわ! だから、死んで当然なのよ!」
「ふざけたことを言わないで!」

 ケイティがここまで人の命を軽んじているとは思わなかった。

 私に睨みつけられたケイティは少したじろいだあと、そんな弱気な気持ちを振り払うかのように大きな声で話し始める。

「まあ、いいわ。動揺してるあなたの顔が見れたし十分よ。それに私の悪口を言う女が、この世から一人消えたし、気分がいいわ!」

 人が一人死んでいるのに、気分がいいだなんておかしい。

「最低ね。あなた、本当に王妃になる気はあるの?」
「当たり前でしょう」
「なら、どうして、もっと自分以外の人間を思いやれないのよ!? 死んでしまった彼女も国民の一人なのよ!? しかも自分が気に入らないというだけの理由で死んでもいいと思うだなんておかしいわ!」
「ソフィアのそういう綺麗事をいうところが嫌いなの。どうして私が国民のことを考えないといけないの? 思いやらない王妃じゃ国民が可哀想? そんなの私の知ったことじゃないわ。王様に愛されたから王妃なの。私の考えている王妃像ってものはそんなものなの。勝手にあなたのイメージを私に押し付けないでちょうだい!」
「清廉潔白になれとは言わないけど、せめて人の死を喜ぶような王妃になろうとするのはやめなさいよ」
「ソフィア。それはあなたの価値観であって、私の価値観とは違うの」

 国民の上に立つのだから、国民を大事にする国王や王妃でいてほしいと思うのは、私の勝手な願いだと、ケイティは言いたいみたいだ。

「自分の幸せを優先することが間違っているとは言わないわ。だけど、わざと人を傷付けるようなことは、人としてやってはいけない行為なのよ!」
「はあ? 別に他人がどうなろうが、私の知ったことではないわ。私の国に住んでいる以上、文句は言わせないわよ。嫌なら他国に引っ越せばいいじゃない」
「そんなことが簡単にできるわけないでしょう!」

 その日一日を暮らすだけでも精一杯の人もいるし、慣れ親しんできた環境は簡単に捨てられない。
 
 どうして、そんなこともわからないの!?

「安心してよ、ソフィア。大人しくしている人間を傷つけたりしないわ。わたしのことを悪く言ったり、不快な思いをさせるような人間がいらないというだけ! ゼント様は王太子なのに、国王陛下のせいでできることが少ないの。だけど、国王になったら違うわ! わたしは王妃になるけど、王妃教育もマナーも何も関係ない! 文句を言う人間は殺せばいいだけだもの。文字が書けないなら書けるように勉強しろ? 王妃としての教育を受けろ? 上から目線で、そんなことを言う人間は殺してやるわ!」
「ケイティ、文字の読み書きはできるようになれと、ゼント様から言われていたでしょう」
「読んだり書けなくてもゼント様なら許してくれるわ」

 少し前のケイティは少女らしい可愛さが見えていたのに、今は違う。
 口調も見た目も、ただの傲慢で冷酷な人間だった。

 これが彼女の本性なんだわ。
 きっと、私たちは本能的にそれを感じ取っていたから、相容れない感情や考え方を持つ彼女を避けてしまっていたのかもしれない。

「ソフィアに何を言われても傷付いたりなんかしない。いつか、王妃になったらあなたを処刑してやる。監察役なんて職業は無くしてやるわ。その時には命乞いしてよね? 命乞いしてくれたら、助けてあげるかもしれないわよ」
「ケイティ、それはこっちのセリフよ。王太子の恋人だからって、何をやっても、何を言っても許されるとは思わないで。ゼント様が平民になる可能性だってあるんだからね」
「ゼント様が平民になる可能性がある? 何を言っているのかわからないわ。そんなことがあるわけないじゃない。うだうだ言わずに大人しく、ゼント様が国王になるのを待ちなさいよ」
「大人しくなんてしないわ」
「ソフィア。わたし、あなたのこと昔から大嫌いだった。家族から無条件に愛されて、何の努力もせずに魔法も使えて、ジュート様とも仲が良くて、婚約者は王太子、いずれ、王妃になろうとしていたんだから! これ以上、あなたを幸せになんてしてやるもんですか! わたしより幸せそうに見える人間は全て敵よ! この世界で一番幸せになるのはわたしなの! 今はあなたを処刑できないけど、できない間は私が幸せになっていくのを羨ましく思って見ていればいいわ」

 ケイティは言いたいことを言い終えると、背を向けて、城へと続く道を歩いていく。

 ケイティの性格を読み誤っていたせいで、侍女を犠牲にしてしまった。
 もう、二度と犠牲者は出させないわ。

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