その場しのぎの謝罪なんていりません!

風見ゆうみ

文字の大きさ
29 / 31

28  裏切りあう二人

しおりを挟む
「そ、それは……、その、そうよ! だって、毒殺をしようとしていた人間がいたんでしょう? それを聞いていたからそう思ったの。実際はどうだか知らないわ! そうだったんじゃないの? 毒殺をしようとしたのは捕まった人なんだから、私が頼んだ人間とは無関係なんでしょう!?」
「頼んだって……、ケイティ、あなた、やっぱり誰かに陛下の暗殺を頼んでいたの?」
「ち、違うわ! そういう意味じゃない!」

 ケイティは本当に賢くない。
 一つの嘘をついた時に、新たに矛盾が出来ることを考えていない。
 そんな相手だからこそ、やりやすいというのは確かなのよね。

「私は頼んでなんかいないわ! エルードが一人で勝手に考えたのよ!」
「いいけれど、そんなことをしてエルードさんに何の得があるの?」
「……え?」
「こんな言い方をするのもなんだけれど、陛下を毒殺しても、彼には何のメリットもないじゃない」
「そ、そんなのわからないわ!」
「あのね、ケイティ。貴族であろうとも国王陛下は雲の上の人に近い存在なのよ。よっぽどの理由がないと、そんなことをしようだなんて思えないはずよ」
「ソフィア、それはあなたの思い込みよ! 人が何を考えるかなんて、本人以外はわからない。その時はそうしたかっただけかもしれないじゃない!」

 私が思っていたよりもケイティはしぶとかった。
 こんな性格だから、今までやってこれたのかもしれないわね。
 では、違うところから攻めてみましょう。

「あなたは一切、関係していないと言うのね?」
「知り合いだったことは確かかもしれないけど、陛下を毒殺してほしいなんて頼んでないわ!」
「では、ケイティ。あなたと彼に身体の関係があったことは認めるの?」
「そ、それは……」

 ケイティが焦った顔でゼント様を見つめると、ゼント様はケイティには目を向けずに口を開く。

「だから、初めてではなかったのか?」
「あ、いえ、それはその……」
「俺には、ソフィアがお前を他の男に襲わせたと言っていたが、実際は違ったんだな!?」
「いいえ! 本当にソフィアに!」
「ゼント様、ケイティと身体の関係を持ったという人間は、先程のエルードという名の男性以外にも複数人います。信じられないようでしたら、彼らを呼び寄せることも可能です」
「嘘を言わないで!」

 ケイティが憎悪に満ちた目を私に向けて叫んだ時、ゼント様がケイティの肩を掴んだ。

「ケイティ! どうして俺を騙したんだ」
「ゼ、ゼント様?」
「俺はお前と話をして、やっと俺のことを認めてくれる女性に出会えたと思ったんだぞ! それなのに、嘘をついていたって言うのか!」
「わたしは嘘なんてついていませんし、ゼント様を理解していますよ!」
「なら、どうして嘘をついたんだ!? 俺は人に嘘をつかれるのは嫌いなんだよ!」
「自分は平気で嘘をついてるのに、人に嘘をつかれたら許せないなんておかしいじゃないですか!」
「何だと!?」

 二人は他の人間がこの場にいることを忘れてしまったのか、お互いのほうに顔を向けて喧嘩を続ける。

「国王陛下の死を願っていたのはゼント様じゃないですか! だけど、自分ではどうにも出来ないからって、わたしに頼んできたんですよ! それなのに、あなたのせいでわたしが疑われているじゃないですか!」
「ケイティ、馬鹿なことを言うな!」

 ゼント様がケイティの口を押さえたけれど、意味はない。
 ケイティの言葉は、はっきりと私たちの耳に届いていた。

「あ……、あの、これは、その……」

 ケイティも自分の失言に気がついたらしく、遠目からでも身体が震えていることがわかった。

 そんな彼女に笑顔で話しかける。

「証言してくれてありがとう。ケイティのおかげで、ゼント様が、そんな恐ろしいことを考えていたということがわかったわ」
「違う! 俺はそんなことは言っていない! 全部、彼女の妄想だ!」
「そ、そうよ、現実の話じゃないわ! さっき言った話は夢で見たお話なのよ! 現実と一緒にしてしまったみたい! こんなによく似た状況が起きるなんて予知夢だったのかしら!?」

 ケイティは焦った顔で苦しい言い訳をした。

「ケイティ、もうこれ以上嘘をつくな!」

 すると、私が何か言う前に、殿下が彼女の言葉を遮った。

「お前が全部仕組んだんだろう?」
「……な、なんですって? 何を言ってるんですか!?」
「俺は何も知らんからな! 俺はお前に騙されたんだ!」

 あらあら。
 勝手に仲間割れを始めてくれたみたい。
 
 ゼント様のケイティへの愛は本当の愛じゃなかったってことかしら。

 ケイティはゼント様が自分を助けてくれないと感じ取ったのか、保身にまわる。

「騙されただなんてひどいです! わたしはゼント様が寂しそうにしているから、お声を掛けたんですよ!? それを機に、私に色々と話しかけてきて、ソフィアと婚約破棄したいと言い出したのはあなたじゃないですか!」
「俺はそんなことは言ってない! ソフィアに男として見られていないから、どうしたら良いかとお前に相談しただけだ!」
「どっちにしても、ソフィアを捨てて私を選んだのはゼント様です! それに、ソフィアと婚約破棄をする前に、私と体の繋がりを持ったじゃないですか!」
「あれはお前が誘ってきたから」
「違います! あれはゼント様に襲われたんです! 皆さん、聞いて下さい! 王太子殿下という偉い人なのに、公爵令嬢であるわたしを手籠めにしようとしたんですよ!」

 呆れた顔で二人を見ていた、私や他の貴族たち向かって、ケイティは訴える。

「今も言いましたけど、わたしはゼント様に襲われたんです! 辱められたことを公にされたくなければ、ゼント様に従うようにと命令されたんです! でも、もう、そんなことに怯える日々はお終いです。だって、こうやって皆さんに知られてしまったんですから! 悪いのはゼント様です! わたしのしたことは全て彼に脅されてやったことです!」
「だから嘘をつくなと言っているだろう!!」

 二人の会話の内容が酷すぎて、なんと答えたら良いのか、どんな言葉を口にしたら良いのかわからず、すぐには言葉が見つからなかった。
 まさか、ここまで酷い泥仕合になるとは思ってもいなかったわ。

 それは他の人たちも同じみたいで、お父様は机に片肘をついて難しい顔をしているし、他の貴族も頭を抱えたり、両手で顔を覆っていた。

 まさか、王太子殿下がこんな人間だったなんて、と思う人がいてもおかしくないわ。
 ケイティの言葉を鵜呑みにするわけにはいかないし、ちゃんと調べないといけないけど、嘘と本当が入り混じっているってところかしら。

「嘘なんてついていません! ゼント様こそ、嘘をつかないで下さい!」
「あれだけ可愛がってやったのに!」
「わたしはそんなことは望んでいません!」

 二人の喧嘩が終わりそうにないため、私が割って入ることにする。

「ゼント様、確認いたしますが、ケイティが言っていることは本当のことなのですか?」
「そんなことがあるはずがないだろう!」
「では、ケイティが嘘をついているのですね?」
「そうだ! 彼女は俺に罪を着せようとしているんだ!」
「それは間違いありませんか?」
「そうだと言っているだろう!」
「ゼント様、真剣に考えてからお答え下さい。ケイティが嘘をついているとなると、不敬罪なります。それが認められた場合、ケイティがどうなるかはおわかりになりますよね?」
「……っ! それは、わかっている」

 さすがに心苦しくなったのか、ゼント様は私から視線をそらして答えた。

「何、何なの、不敬罪って? どういうこと? わたしはどうなるの!?」

 ケイティは自分の旗色が悪くなったことを感じ取り、助けを求めてキョロキョロと周りの貴族たちを見ながら尋ねた。
 でも、誰も答えようとはしなかった。

「ねえ、教えてよ!? どうなるの!?」
「ケイティ、あなたの罪が確定すれば、あなたが私に望んでいたことが行われることになるわ」
「……わたしが、あなたに望んでいたことって……、そんな! そんなの絶対に嫌よ! どうしてわたしがそんな目に遭わないといけないのよ!?」
「あなたにもわかるように簡単な言葉で説明するわね。ゼント様はあなたが嘘をついていると言っているの。ということは、ゼント様のことをたくさん悪く言ったあなたは、不敬罪に値するの」
「そ、それくらいはわかるわよ。でも、わたしは嘘をついてなんかいない」
「でも、ゼント様はあなたが嘘をついていると仰っているから、私たちは立場上、あなたの言葉よりもゼント様の言葉を信じるしかないの」
「そ、そんな馬鹿なことってないわ!」

 ちゃんと調べはするけれど、ケイティが国王陛下の暗殺に関わったことは確かだから、軽い罪で終わるはずがない。
 そのことを説明しようとすると、ゼント様が口を開く。

「もういい! 早くこの女を連れて行け!」

 どうやら、ゼント様は本当にケイティを切り捨てるつもりね。
 あんなに彼女のことを可愛がっていたのに……。

「ゼント様! 酷い! どうしてわたしを裏切るんですか!?」
「裏切ってなどいない! 騙されていたとわかったから、お前とは手を切るんだ!」
「あなたの為に、わたしだって努力したのに! こんな簡単に切り捨てるなんて酷いわ! あなたのやっていたこと、全部話しますから!」
「好きなようにしろ。どうせ誰も信じないし、俺を侮辱したとしてお前の罪が重くなるだけだ」
「そんなっ! 絶対に認めないわ!」

 二人が言い合っている内に、私は扉に近付き、外で待たせていた兵士たちに声を掛ける。

「ケイティを連れて行ってちょうだい。行き先は御者に伝えてあるわ」
「ちょっと待って、ソフィア!」

 話が聞こえたのか、ケイティは私の所まで走ってきて叫ぶ。

「お願いよ、ソフィア、助けて! 一時は姉妹だった仲じゃないの!」
「あなた、私に言ったことを忘れたの? 私のことが嫌いだったんでしょう? 私はあんなことを言われて許せるような出来た人間ではないの。何より、あなたの指示で人が死んでいるのよ。ケイティ、あなたのやったことが自分に返るだけよ。諦めなさい」

 強く言い放つと、それを合図にしたかのように兵士たちが中に入ってきて、ケイティの両腕を掴んだ。

「わたしは何も悪くない! 自分の好きなように生きただけなのに、どうして責められるの! ゼント様、助けてください! 助けてくださるなら、ゼント様のしたことは何も言いませんから!」
「俺は何も知らん!」

 泣きながら助けを求めて手をを伸ばしたケイティに、ゼント様は冷たく言い放った。

「死にたくない! どうして私が死ななければいけないの!? ソフィア、助けてよ! こんな時くらい役に立ってよ!」

 ケイティの泣き叫ぶ声は、彼女が部屋から出ていって、しばらく経っても、私の耳に響いていた。
 
 これで良かったのよね?

「おい、ソフィア、今日の話は終わったな? 俺はこれで帰らせてもらう。全てはケイティの責任だ。俺は何も知らない」
「……今日のところは終わりにしましょう。ですが、本当の終わりではないことをお忘れなきようにお願いいたします」

 罪人はケイティだけじゃない。
 あなたもですからね。
しおりを挟む
感想 34

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...