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第3話  国王の本心

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 一心不乱に仕事をしていると、シーンウッドや他の文官の人達がやって来て、私の顔色が悪いので今日の仕事はここまでにしてくださいとお願いされてしまい、夜中になっていましたが家まで帰る事にしました。

 この国は治安が良く、夜中であっても女性が1人で歩ける程ですので、馬車で帰る分には特に問題もありませんし、何より国王の婚約者という事で行き帰りは騎士様方が送ってくださいますので安全です。

 この時間に騎士様に送ってもらう事には、もちろん気は引けますが、日付も変わっていて疲れていたのと、ちょうどお兄様に今日の事を報告しなければいけないと思っていたので、無理矢理にでも帰らせてもらえて本当に感謝です。
 言われなければ帰っていなかったと思いますので。

 静まり返った屋敷の敷地内に入ったところで欠伸をしながら馬車から降りると、屋敷の扉が開きお兄様が中から飛び出してこられました。
 今は暗くて分かりづらいですが私と同じ色の髪と瞳を持つお兄様は、肩より少し長い髪を後ろに一つにまとめていて、その髪を揺らして駆け寄ってきます。

「リーシャ!」
「お兄様、もしかして今まで待っていてくださったのですか?」
「いや、僕も仕事をしていたから待っていたとは言い難いが、リーシャを出迎えようと思っていたのは確かだ。どうせ君の事だから何も食べてないんだろう? こんな時間だから胃に優しい食べ物を用意させようか?」
「そう言われてみれば朝食後から何も食べていませんわ。ですから、逆に空腹はあまり感じていないのですが」

 お腹が減っていてもピークがすぎると、気にならなくなるものですね。

 苦笑して首を横に振ると、お兄様も首を横に振ります。

「ちゃんと食べないと駄目だ。あと」
「アバホカ陛下の件ですわよね? 私が嫁にいかないといけない事はご存知ですか?」
「聞いてるよ。こんな事を言ったら不敬かもしれないが最低な男だな。それにしても、どうしてあんな男を国王のままにしておくんだ? クーデターが起こらない理由がわからない。代わりがいないからか?」

 お兄様は侯爵家の仕事をメインにされているので、内政の実情に関してはあまり詳しくない為、そう言って眉根を寄せられました。

「国民は今のままでも幸せだからです。トップが変われば、今の制度が変わってしまうかもしれないでしょう? 新しい国王が医療や学費を無料としている制度を無くすと言い出す可能性がありますから」
「国王が最低な奴であろうが生活が脅かされなければ良いという事か」
「それに反体制派だとわかると暗殺の可能性もあります。まあ、その話は別として、このままですと国が危なくなる可能性があります」
「リーシャがいなくなるからだな?」
「自分で言うのもなんですがそうです」

 私という尻拭いをする人間がいなくなれば、最初に困るのは役職の低い人達です。

 その人達にはシークウッドから体を壊さない内に辞める様にと連絡をしてくれるでしょうから、その人達が仕事を辞めてからが大変です。

 今まで部下の人達に仕事を任せて遊んでいた人達が、どこまで出来るかという話です。

 優秀な人も多少はいますが、ほとんどの人間が仕事をせずに楽ばかりしてきた人達ばかりですし、仕事がまわるとは思えません。

「厄介な事になったな」
「ええ。お兄様はどうされます?」
「とにかくしばらくはここに残る。雲行きが怪しくなってきたら隣国に行くよ」
「お待ちしておりますわ。といっても、アーミテム公爵とうまくいっていなければ、私がお兄様に泣きつく事になるかもしれませんが…」
「アーミテム公爵って、ライト・アーミテムかい?」

 屋敷の中に入り、お兄様は執事に私の食事の用意をする様に指示をしてから、私と一緒にダイニングに向かってくれるので尋ねます。

「アーミテム公爵をお兄様はご存知なのですか?」
「交換留学で僕の通ってた学園に来ていたからな。僕と同じ年で同じクラスだったから何度か話をした事があるけど、悪い人ではないと思う」
「でも冷酷公爵と言われてますわよ?」
「そんな人じゃないと思うんだがなあ。まあ、僕と彼が話をしたのは5年くらい前の話だから、人が変わってしまった可能性もあるな。戦場は人を変える」
「殺されない事を祈りますわ」
「僕もアーミテム公爵に書簡を送っておく。僕の事を覚えていなくても君の兄なんだから目は通してくれるだろう」

 仮眠をしに戻ってきた私でしたが、結局そのまま、お兄様と夜が明けるまで話す事になってしまいました。
 
 しょうがないですよね。
 普通ではありえない出来事が起こりましたし、私は隣国に嫁にいかなければならず、今までずっと一緒にいてくれたお兄様と離れなければならなくなるのですから。

 話し終えてから2時間ほど仮眠を取り、また城に出勤し、婚約破棄の書状をもらいに陛下の所へ行く事にしました。

 まずは婚約解消、または破棄をしていただかないと嫁にいけませんから。

「は? 婚約の解消?」

 朝早くにお伺いしたせいか、陛下はご機嫌斜めでした。
 部屋の中に入る許可が下りたので中に入ると、アバホカ陛下は上半身裸の状態でベッドの上にいて、隣には茶色のブランケットで身体を隠した見知らぬ女性が横になっていました。

 知らない女性ですので、また誰かを連れ込んだのでしょうか? 
 大変な事になっているというのに反省もしておられない様子です。

 ああ、今はそんな事よりも書類です。

「婚約破棄して下さると言っておられましたよね?」
「は? リーシャ、マジで言ってんの? 本当に行くつもりなのか?」
「当たり前ではないですか! 確認を入れましたが、アッセルフェナムの陛下は私にアーミテム公爵への嫁入りを命じられました」
「マジかよ。何を考えてんだ、あのおっさん」

 アバホカ陛下はベッドの上で胡座をかき、長い髪をかきあげて大きなため息を吐きます。

 何を考えているのか知りたいのはこっちの方ですと言いたい気持ちですが何とかこらえます。

「私の代わりにアーミテム公爵に嫁いでくださるのはこの方?」

 そう言って、妖艶な笑みを浮かべ上半身を起こした、ストロベリーブロンドのゆるやかなウェーブのかかった長い髪を持つ女性は、ブランケットで体を隠したまま陛下にしなだれかかりましたが、陛下はなぜかその体を押し退けました。

「お前は黙ってろ! 大体、お前のせいじゃねえか」
「あら、婚約者がいるのはお互い様でしょう?」
「本当に妊娠してるのかも嘘くさい。つーか、俺の子じゃねえんじゃねえの?」
「さあ? それはどうだかわかりませんが、ここまで来てはもう一緒ですわ。ですわよね、リーシャ様?」

 名前を呼ばれましたが、この方の事は存じ上げません。
 
 この方がフローレンス様でしょうか?
 
 髪と同じ色の瞳を私に向けて、彼女は私に向って自己紹介します。

「ご挨拶がまだでしたわね。はじめまして、わたくし、フローレンス・キノノーンと申します。先日まではアームテム公爵の婚約者でしたが、現在はアバホカ陛下の婚約者ですの」
「婚約者なんかじゃねえだろ! お前は愛人の1人だと何度言ったらいいんだよ!」
「あら、他国といえども、わたくしは辺境伯令嬢ですのよ? 愛人だなんて事になったら、お父様がお怒りになりますわ」

 その前に、あなたのお父様があなたのやった事について怒っていらっしゃらないのかが気になりますが、これに関しては自分で後で調べる事にします。

「隣国の辺境伯だろうが何だろうが偉いのは俺だ。俺が決めた事に文句は言わせねえ。俺の婚約者はリーシャだけなんだよ」
「アバホカ陛下、その婚約は破棄していいただけると聞いております。大体、アッセルフェナムの国王陛下に私を差し出すと言ったのはあなたです。書面を作ってまいりましたので、後はサインだけお願いいたします」
「リーシャ、ふざけるな!」

 なぜかアバホカ陛下が私を怒鳴りつけました。

 この方、何を考えていらっしゃるのでしょうか。
 ふざけた事を言っているのは陛下の方です。

 思わず大きなため息を吐くと、くすりと笑う声が聞こえたのでフローレンス様の方を見ると、くすくす笑いながら言います。

「リーシャ様の事はとてもお気の毒に思っておりますのよ。元々はアバホカ陛下の婚約者になられたのも、実のお姉様の代わりだったのでしょう?」
「……その話は誰からお聞きになったのです?」

 陛下から聞いたのだと思いましたが、一応聞いてみたところ、フローレンス様の口から返ってきたのは驚きの言葉でした。

「わたくし、あなたのお姉様とお知り合いですの」
「――はい?」
「何だと?」

 アバホカ陛下までもが驚いて聞き返すと、フローレンス様はそれはもう楽しそうな表情で教えて下さいます。

「リーシャ様、あなたのご家族はキノノーンの領地に逃亡されてこられましたのよ?」
「それは…、ご迷惑をおかけしましたようで申し訳ございませんでした」
「いいえ。そんな事は気になさらないで下さい。そんな事より、あなたのお姉様が言ってらしたの。リーシャ様はお人好しだから、こんな事になれば必ずわたくしの代わりに嫁にいってくださるだろうって!」

 笑いが止まらないようで、フローレンス様はブランケットに顔を押し付けて体を震わせておられます。

 何が面白いのか、さっぱり私にはわかりません。

 とりあえず言えますのは。

「陛下、婚約の破棄が無理であれば解消をお願いいたします」

 書類を陛下の鼻先に突きつけると、陛下は私から書面を奪い取り叫びます。

「本当にいいんだな!?」
「もちろんです」
「――っ! わかったよ! サインしてやるよ! 絶対に後悔するなよ! やっぱり嫌だって泣くなよ! 知らねえからな!」
「泣いたりなんかしませんし、後悔もいたしません」

 答えると、なぜか陛下は辛そうな顔をされましたが、私の手から婚約破棄の書類をひったくる様にして奪い取ると、サイドテーブルの上で書類にサインをして下さったのでした。
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