8 / 32
第6話 もらいたくない手紙
しおりを挟む
アーミテム公爵家は本館をはさんで別館が2つあり、1つは使用人の寮に使われていて、もう1つは夜会を開いた時に、遠方からのお客様が泊まっていける様に用意している屋敷だと教えてくれました。
お客様の為の別館は白亜の綺麗な2階建ての洋館、使用人の寮はナチュラルな木造の2階建ての建物で、それはそれで可愛らしいお屋敷でした。
そして私が住む事になる本館は、その2つとは比べ物にならないくらいに大きく、黒煉瓦造りで、とても落ち着いた雰囲気です。
アーミテム公爵家の敷地内に入ってから、屋敷の少し手前で馬車を降りて3つの建物の紹介をライト様はしてくれてから、少し距離はありますが屋敷の玄関ポーチに向かって歩きながら話を続けます。
「私はこれから何をすればよろしいのでしょうか」
「とにかくナトマモ陛下が言っておられた様にゆっくりすればいい。君は小さな頃から働き詰めだったんだろう」
「お気持ちはありがたいのですが、だからこそ働かないと落ち着かなくなると思うんです! 仕事を下さい!」
「典型的な仕事中毒じゃないか。そんな事を言うのは止めろ」
「止めろと言われましても、今までは必死に仕事をするしか、私に恩返し出来る事がなかったんです」
「もう恩返しはしなくてもいいだろう。というか、十分に恩は返せているはずだ」
「ですが、ライト様への恩返しは出来ておりません!」
「なぜ俺に恩返しを?」
まだギロリと睨んでこられました。
さすがにまだ慣れないもので、びくりと身体を震わせると、スッと眉根を寄せるのを止めて、何とか笑顔を作ろうとされます。
ものすごく笑顔が引きつっておられて、何だかこちらがとても申し訳ない気持ちになります。
「怖がらせてすまない。だけど、俺に恩返しなんてする必要はないだろう?」
「いえ。私なんかの様なものを嫁にもらっていただけるのですから、恩返しはさせていただかないと」
「どうしてそんなに卑屈になるんだ。悪いのは俺だ」
「ですから、ライト様は悪くないと言っているじゃありませんか」
「俺がこんな態度や顔だから、フローレンスは君から婚約者を奪ったんだぞ」
「奪われても困らない相手でしたから、お気になさらないでください」
「相手は国王だろう…?」
「失言でした。お忘れください」
深々と頭を下げると、ライト様はまた眉根を寄せましたが、すぐにまた引きつった笑みを浮かべてから首を横に振ります。
「そう言いたくなる気持ちもわからないでもない。だから、ここだけの話にしておこう」
「ありがとうございます」
お礼を言った後、少しずつ近付いてくる屋敷を見ると不安になってきて尋ねます。
「屋敷の方達は私を歓迎してくださるでしょうか?」
「それは当たり前だろう。フローレンスの事があったから、余計に君の事は大事にするだろうな」
「ですが、フローレンス様と一緒に住んでおられたわけではないのでしょう?」
「そうだが、何度かこの屋敷に来ているから、使用人達も顔を合わせた事はある。相性が良くないとぼやいていた。まあ、彼女達もプロだからフローレンスが嫁に来た時には職務を遂行すると言っていたし、気にしなくて大丈夫だ。君のこと、あ、そういえば何と呼んだらいい?」
ポーチで立ち止まり、ライト様が聞いてこられるので、素直に答えます。
「リーシャとお呼びください。私は勝手に呼ばせて頂いてますが、アーミテム公爵閣下の事はライト様でよろしかったですか?」
「ああ。好きなように呼べばいい。俺は女性の名を呼び捨てにした事はないんだが、本当にいいのか? それともリーシャ様とでも呼べばいいか?」
「対外的には絶対に駄目なやつです! リーシャとお呼びください。ライト様がこの家の主なのですから」
「といっても、君はノルドグレンの国王陛下の婚約者だったんだぞ? 敬うべきだ。それが嫌なら、君も俺の事をライトと呼んでくれ」
ライト様は真面目すぎる気がします。
冗談が通じない感じですので、貴族の女性には取っ付きにくく感じるのでしょう。
私にしてみれば、こちら側が上手く手綱を握れたら円満に暮らしていけそうな気がします。
やはり、冷酷公爵は戦場での姿だけなのかもしれません。
もちろん、言動は変わっていますが、私に冷たく当たってきたり殺そうという様な素振りは見えませんから。
何よりぎこちない笑顔になっておられますが、何とか笑顔を作って私を怖がらせない様にしてくれています。
フローレンス様はライト様の何が嫌だったのでしょう?
真面目すぎてイラッときてしまったとかでしょうか。
何にしても私はライト様の妻になったのですから、喜んでもらえる様な何かをしなければ!
と勢い込んだ時でした。
屋敷の扉が開かれ、丸い眼鏡をかけた年配の男性が外へ出てこられました。
黒の執事服を着ているのでバトラーかもしれません。
「おかえりなさいませ、ライト様! 予定の時刻よりも到着が遅れておられたので心配しておりました!」
背が低くて丸顔の温和そうな男性はそう叫んでから、私に向かって恭しく頭を下げてこられます。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ございませんでした。わたくしが執事のテセマカでございます。何かお困りの事がありましたら遠慮なくお申し付けください」
「リーシャと申します。これからお世話になります。屋敷の内部でのしきたりもあるでしょうから教えていただけると助かります」
「奥様の望まれる事には、わたくし共は余程のことでないかぎり口出しは致しません」
「余程のことといいますのは?」
「犯罪に手を染めたり、奥様自身を傷付ける様な行為などです」
テセマカさんはそう言って微笑んだ後、ライト様に顔を向けて言います。
「旦那様、メイドに奥様をお部屋にご案内している間に少しお話をさせていただきたい事があるのですが…」
「どうかしたのか?」
「ええ…」
テセマカさんがうんざりする様な顔をしたので、つい尋ねてしまいます。
「ご迷惑でなければ、私も聞かせていただいてもよろしいですか?」
「奥様、わたくし共に敬語はいりません」
「こういうクセなので気にしないで下さい。私よりも年上の方には敬語が抜けなくて…。もちろん、屋敷の外ではお望み通りに致しますので」
「……」
テセマカさんが困った様にライト様を見ると、ライト様は私の方を見て大きく息を吐いてから言います。
「話し方についてはかまわないが、ワガママは言うように。我慢はするな。それから、たくさん食べて寝ろ」
「子供じゃないんですから…」
「君はまだ子供だろう! それに細すぎる! 風に飛ばされそうだし、俺とぶつかったら骨が折れそうだ」
「そこまで弱くありませんよ! それに17歳ですから、アッセルフェナム国であっても大人のはずです!」
ノルドグレンは16歳から大人扱いされますし、アッセルフェナムも同じなはずです。
ムキになって言い返してしまうと、ライト様はこめかみに指をあてながら言います。
「とにかく約束してくれ。無理はしない。とにかく少なくとも1か月は大人しくして食べて寝ろ」
「仕事はさせてもらえないんですか!?」
「だから、君はゆっくりするという仕事をするんだ!」
「ゆっくりするという…仕事…」
どんなものなのかと考えていますと、門の方から馬に乗った騎士様がやって来て、ライト様に言います。
「ライト様、また手紙を届けに来たのですがどうされますか?」
「しつこいな」
ライト様は呟くと、私に尋ねてきます。
「聞きたいんだが、君はいつか知るかもしれない事を早く聞きたい方か、それとも知らないまま、必要な時に知る方がいいか、どっちだ?」
「内容によると思いますが、自分に不利になりそうなものでしたら教えていただきたいです」
「…そうか。あと、君はノルドグレンに帰って、アバホカ陛下と一緒になりたいか?」
「いいえ!」
きっぱりと答えると、ライト様は無言で首を縦に振り、騎士様に向かって言います。
「手紙は受け取らずに帰らせろ」
「承知いたしました」
騎士様が一礼して去っていってから尋ねてみます。
「一体、どうされたのですか?」
「とにかく中に入って話そう。テセマカ、彼女を部屋で一度休憩させてから、俺の部屋に連れて来てもらう様に侍女やメイドに頼んでくれ」
「承知いたしました」
「見たらわかると思うが丁重に扱えよ」
「もちろんです。こんなに細い方を見るのは貴族の方では初めてです」
テセマカさんが私を見て悲しそうな表情になりました。
「壊れ物じゃありませんから大丈夫です。それよりも先に、ライト様が何を言おうとしていたのか教えていただけませんか?」
アドレナリンが出ているせいか、私としては疲れた感じではありませんのでお願いしてみると、ライト様は首を縦に振ってから指を2本立てて言います。
「俺宛に君の事が書かれた手紙が2人から届いている」
「2人?」
お兄様と誰かしら?
そう思って聞き返すと、ライト様は聞いただけで気分の悪くなる2人の名前をあげたのです。
「1人はアバホカ陛下。そして、もう1人は失踪中の君のお父上だ」
お父様は予測できていましたが、まさかアバホカ陛下まで!?
何を考えているのでしょうか!?
お客様の為の別館は白亜の綺麗な2階建ての洋館、使用人の寮はナチュラルな木造の2階建ての建物で、それはそれで可愛らしいお屋敷でした。
そして私が住む事になる本館は、その2つとは比べ物にならないくらいに大きく、黒煉瓦造りで、とても落ち着いた雰囲気です。
アーミテム公爵家の敷地内に入ってから、屋敷の少し手前で馬車を降りて3つの建物の紹介をライト様はしてくれてから、少し距離はありますが屋敷の玄関ポーチに向かって歩きながら話を続けます。
「私はこれから何をすればよろしいのでしょうか」
「とにかくナトマモ陛下が言っておられた様にゆっくりすればいい。君は小さな頃から働き詰めだったんだろう」
「お気持ちはありがたいのですが、だからこそ働かないと落ち着かなくなると思うんです! 仕事を下さい!」
「典型的な仕事中毒じゃないか。そんな事を言うのは止めろ」
「止めろと言われましても、今までは必死に仕事をするしか、私に恩返し出来る事がなかったんです」
「もう恩返しはしなくてもいいだろう。というか、十分に恩は返せているはずだ」
「ですが、ライト様への恩返しは出来ておりません!」
「なぜ俺に恩返しを?」
まだギロリと睨んでこられました。
さすがにまだ慣れないもので、びくりと身体を震わせると、スッと眉根を寄せるのを止めて、何とか笑顔を作ろうとされます。
ものすごく笑顔が引きつっておられて、何だかこちらがとても申し訳ない気持ちになります。
「怖がらせてすまない。だけど、俺に恩返しなんてする必要はないだろう?」
「いえ。私なんかの様なものを嫁にもらっていただけるのですから、恩返しはさせていただかないと」
「どうしてそんなに卑屈になるんだ。悪いのは俺だ」
「ですから、ライト様は悪くないと言っているじゃありませんか」
「俺がこんな態度や顔だから、フローレンスは君から婚約者を奪ったんだぞ」
「奪われても困らない相手でしたから、お気になさらないでください」
「相手は国王だろう…?」
「失言でした。お忘れください」
深々と頭を下げると、ライト様はまた眉根を寄せましたが、すぐにまた引きつった笑みを浮かべてから首を横に振ります。
「そう言いたくなる気持ちもわからないでもない。だから、ここだけの話にしておこう」
「ありがとうございます」
お礼を言った後、少しずつ近付いてくる屋敷を見ると不安になってきて尋ねます。
「屋敷の方達は私を歓迎してくださるでしょうか?」
「それは当たり前だろう。フローレンスの事があったから、余計に君の事は大事にするだろうな」
「ですが、フローレンス様と一緒に住んでおられたわけではないのでしょう?」
「そうだが、何度かこの屋敷に来ているから、使用人達も顔を合わせた事はある。相性が良くないとぼやいていた。まあ、彼女達もプロだからフローレンスが嫁に来た時には職務を遂行すると言っていたし、気にしなくて大丈夫だ。君のこと、あ、そういえば何と呼んだらいい?」
ポーチで立ち止まり、ライト様が聞いてこられるので、素直に答えます。
「リーシャとお呼びください。私は勝手に呼ばせて頂いてますが、アーミテム公爵閣下の事はライト様でよろしかったですか?」
「ああ。好きなように呼べばいい。俺は女性の名を呼び捨てにした事はないんだが、本当にいいのか? それともリーシャ様とでも呼べばいいか?」
「対外的には絶対に駄目なやつです! リーシャとお呼びください。ライト様がこの家の主なのですから」
「といっても、君はノルドグレンの国王陛下の婚約者だったんだぞ? 敬うべきだ。それが嫌なら、君も俺の事をライトと呼んでくれ」
ライト様は真面目すぎる気がします。
冗談が通じない感じですので、貴族の女性には取っ付きにくく感じるのでしょう。
私にしてみれば、こちら側が上手く手綱を握れたら円満に暮らしていけそうな気がします。
やはり、冷酷公爵は戦場での姿だけなのかもしれません。
もちろん、言動は変わっていますが、私に冷たく当たってきたり殺そうという様な素振りは見えませんから。
何よりぎこちない笑顔になっておられますが、何とか笑顔を作って私を怖がらせない様にしてくれています。
フローレンス様はライト様の何が嫌だったのでしょう?
真面目すぎてイラッときてしまったとかでしょうか。
何にしても私はライト様の妻になったのですから、喜んでもらえる様な何かをしなければ!
と勢い込んだ時でした。
屋敷の扉が開かれ、丸い眼鏡をかけた年配の男性が外へ出てこられました。
黒の執事服を着ているのでバトラーかもしれません。
「おかえりなさいませ、ライト様! 予定の時刻よりも到着が遅れておられたので心配しておりました!」
背が低くて丸顔の温和そうな男性はそう叫んでから、私に向かって恭しく頭を下げてこられます。
「ご挨拶が遅くなり申し訳ございませんでした。わたくしが執事のテセマカでございます。何かお困りの事がありましたら遠慮なくお申し付けください」
「リーシャと申します。これからお世話になります。屋敷の内部でのしきたりもあるでしょうから教えていただけると助かります」
「奥様の望まれる事には、わたくし共は余程のことでないかぎり口出しは致しません」
「余程のことといいますのは?」
「犯罪に手を染めたり、奥様自身を傷付ける様な行為などです」
テセマカさんはそう言って微笑んだ後、ライト様に顔を向けて言います。
「旦那様、メイドに奥様をお部屋にご案内している間に少しお話をさせていただきたい事があるのですが…」
「どうかしたのか?」
「ええ…」
テセマカさんがうんざりする様な顔をしたので、つい尋ねてしまいます。
「ご迷惑でなければ、私も聞かせていただいてもよろしいですか?」
「奥様、わたくし共に敬語はいりません」
「こういうクセなので気にしないで下さい。私よりも年上の方には敬語が抜けなくて…。もちろん、屋敷の外ではお望み通りに致しますので」
「……」
テセマカさんが困った様にライト様を見ると、ライト様は私の方を見て大きく息を吐いてから言います。
「話し方についてはかまわないが、ワガママは言うように。我慢はするな。それから、たくさん食べて寝ろ」
「子供じゃないんですから…」
「君はまだ子供だろう! それに細すぎる! 風に飛ばされそうだし、俺とぶつかったら骨が折れそうだ」
「そこまで弱くありませんよ! それに17歳ですから、アッセルフェナム国であっても大人のはずです!」
ノルドグレンは16歳から大人扱いされますし、アッセルフェナムも同じなはずです。
ムキになって言い返してしまうと、ライト様はこめかみに指をあてながら言います。
「とにかく約束してくれ。無理はしない。とにかく少なくとも1か月は大人しくして食べて寝ろ」
「仕事はさせてもらえないんですか!?」
「だから、君はゆっくりするという仕事をするんだ!」
「ゆっくりするという…仕事…」
どんなものなのかと考えていますと、門の方から馬に乗った騎士様がやって来て、ライト様に言います。
「ライト様、また手紙を届けに来たのですがどうされますか?」
「しつこいな」
ライト様は呟くと、私に尋ねてきます。
「聞きたいんだが、君はいつか知るかもしれない事を早く聞きたい方か、それとも知らないまま、必要な時に知る方がいいか、どっちだ?」
「内容によると思いますが、自分に不利になりそうなものでしたら教えていただきたいです」
「…そうか。あと、君はノルドグレンに帰って、アバホカ陛下と一緒になりたいか?」
「いいえ!」
きっぱりと答えると、ライト様は無言で首を縦に振り、騎士様に向かって言います。
「手紙は受け取らずに帰らせろ」
「承知いたしました」
騎士様が一礼して去っていってから尋ねてみます。
「一体、どうされたのですか?」
「とにかく中に入って話そう。テセマカ、彼女を部屋で一度休憩させてから、俺の部屋に連れて来てもらう様に侍女やメイドに頼んでくれ」
「承知いたしました」
「見たらわかると思うが丁重に扱えよ」
「もちろんです。こんなに細い方を見るのは貴族の方では初めてです」
テセマカさんが私を見て悲しそうな表情になりました。
「壊れ物じゃありませんから大丈夫です。それよりも先に、ライト様が何を言おうとしていたのか教えていただけませんか?」
アドレナリンが出ているせいか、私としては疲れた感じではありませんのでお願いしてみると、ライト様は首を縦に振ってから指を2本立てて言います。
「俺宛に君の事が書かれた手紙が2人から届いている」
「2人?」
お兄様と誰かしら?
そう思って聞き返すと、ライト様は聞いただけで気分の悪くなる2人の名前をあげたのです。
「1人はアバホカ陛下。そして、もう1人は失踪中の君のお父上だ」
お父様は予測できていましたが、まさかアバホカ陛下まで!?
何を考えているのでしょうか!?
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
4,123
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる