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16 元婚約者

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 リュカに促された椅子に座った私は、先程のレイクウッドとのやり取りよりも先に、両親からの手紙について話すことにした。

「両親から手紙が来たの。内容はあのクソ野郎のことなんだけど」
「クソ野郎? ……ああ、あいつか。あいつがどうしたんだ?」
「私とどうしても婚約したいから、婚約破棄の話は受け入れられないって言ってるらしいの」
「なんでそんなことが言えるんだ?」
「そんなことは知らないわよ! 手紙にはそう書いてあるの! とにかく、私を連れてお父様と一緒に彼の家に来いと言われているみたいなの。謝れと言われるだけなら、ちゃんと謝るつもりだけれど、この感じだと何を言われるかわからないわ」

 投げつけるように手紙をティーテーブルの上に置くと、リュカはそれを手に取った。
 私に許可を取ってから、リュカは手紙を読み始めた。

「君の親父さんは、俺とリリーが婚約している話を相手に伝えていなさそうだな。そうじゃないと、俺がなめられてることになる」
「もしかすると、お父様は何か弱みを握られているのかもしれないわ。だから、手紙を送ってきて遠回しに助けを求めているのかも」
「そうだとしても、俺との仲を隠す必要はあるか?」
「そんなこと、私に言われてもわからないわ。ここに書かれていないんだから」
「そう言われればそうだな。検閲が入るから、下手に書けなかったのかもしれないし」

 リュカが頷くと、私は隣に座っている彼の手を取って言う。

「リュカ、アイザックの家に行く時に、あなたも一緒に行ってくれない? あなたが相手だとわかれば引いてくれるかもしれない。お父様はなんと言うかわからないけれど、私が説得するわ」
「わかった。ついでに保険をかけて、ある人も一緒に連れて行こう。ただ、まずはザライスの件を片付けてからでもいいか?」
「もちろんよ。あ、あとね、さっき、レイクウッドと喧嘩してしまったの」
「え? 何があったんだよ?」

 リュカの手を離して先程の話をすると、眉をひそめて聞いてくる。

「アイツ、一体、何がしたいんだ?」
「わからないのよ。私たちのことが気になるのはわかるけど、やりすぎの様な気がするわ」

 リュカは否定するだろうけれど、私にしてみたら、レイクウッドがリュカのことを好きだとしか思えないのよね。

 ちらりと私がリュカを見ると、彼は不思議そうに首を傾げた。

「どうかしたのか?」

 言っても信じないわよね。
 私だって同じ立場だったら、そんな訳ないって思いそうだもの。
 確信もないし、言葉にするのはやめておく。

「何でもないわ。もうちょっと確信を持てたら、あなたに話すことにする」
「言えることなら先に言ってくれよ。気になるだろ」
「どうせあなたは信じないし、笑って否定するだけよ」
「絶対に笑わないから」
「……言うだけだからね?」

 リュカに自分が思ったことを素直に伝えると、彼は大笑いしながら手を横に振る。

「ないない。絶対にそれはないって!」
「……リュカなんて嫌い」
「えっ!?」
「笑わないって言ったくせに」
「あ、ごめん」

 私は感情に任せて立ち上がり、リュカに向かって叫ぶ。

「リュカのバカ! もう帰る!」
「なんだよ帰るって!? 悪かったよ、リリー。待てって」

 部屋を出て、わざと激しく扉を閉めて走り出し、曲がり角を曲がったところで、私の頭の中は後悔する気持ちでいっぱいになった。

 あんなことで怒り出して部屋を飛び出すだなんて子供じゃないんだから――
 
 そう思った時だった。
 私の進行方向に当たる部屋の扉が開き、騎士の格好をした男性が出てきた。
 すると、騎士は私の腕を引っ張って部屋の中に引きずり込んだ。

「き」

 悲鳴を上げようとしたけれど、すぐに口を押さえられて声が出せなくなる。

 何が起こってるの!?

「静かにして下さい。暴れたり騒いだりしなければ手荒な真似は致しません。暴れるようなら、あなたを傷付けて、あるじの屋敷に連れ帰ります」

 騎士は私の口を押さえ、剣の切っ先を私の首に当て、耳元で小さな声で言った。

 抵抗しても無駄よね。
 それに時間を巻き戻してもらってまで助かった命なのだから無駄にはしたくない。

 命の保証はないけれど、今すぐに死ぬよりかはマシだわ。

 そう思った私は、一秒でも長く生きていられそうな選択肢を選び、大人しくすることに決めた。
 リュカらしき人の足音が遠ざかっていくと、騎士は静かにする、という条件付きで、私の口から手を離し、剣も下ろしてくれた。

「……あなたは一体何者なの?」
「リリー様」

 私が騎士に尋ねると、背後から、とても可愛らしい声が聞こえた。

 連れ込まれた、この部屋が何の部屋なのかはわからない。
 生活感はなく、たくさんの書類が積まれていることから、古い書類を置いておく部屋か何かだと思われる。
 薄暗い部屋の奥の窓際に、ウェーブのかかった金色の長い髪を持つ、小柄な可愛らしい少女が立っていることに気が付いた。

「あなたは?」
「はじめまして、リリー様。わたくし、カナエ・トロットと申します」
「カナエ・トロット様?」

 彼女の名前を口に出して、すぐに気が付いた。

「トロット公爵令嬢ですか?」
「そうです。手荒な真似をしてしまい、申し訳ございません」

 リュカの元婚約者は私に向かって、深々と頭を下げた。
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