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12 送られてきた手紙
しおりを挟むキブズドーツに向かう馬車の中で、ヒース殿下から自分のことは殿下と呼ばないでほしいとお願いされてしまった。
なぜなら、オーランド殿下も殿下なので、私の口から殿下と聞くと、しばらくは彼のことを思い出しそうになるから嫌なのだと言われてしまった。
ヒースと呼んでくれたら良いと言われたけれど、そんな訳にはいかず、ヒース様とお呼びすることにした。
ヒース様のお父様である、キブズドーツ王国の国王陛下であるロディ様は私たちを温かく迎え入れてくれた。
ロディ様は10年前に奥様を事故で亡くしている。
ヒース様が10歳の時だそうだ。
新しい王妃陛下も側室も迎えておられない状態が今でも続いているのだそう。
ヒース様という跡継ぎがいるからということもあり、新たな王妃陛下はロディ様には必要ないとのことだった。
けれど今回、エトワ様がキブズドーツに来られることになり、国民や城の関係者たちは、ちょっとしたロマンス的なものを期待しているようだった。
でも、エトワ様の離婚はまだ成立していない。
だから、そんなことは絶対にありえない。
だけど、そんな風に思いたくなるほどの美男美女だった。
ロディ様はヒース殿下を渋くした顔立ちで大人の魅力を感じさせる。
背は高く引き締まった体型で、剣術も体術も得意なのだそう。
だから、若い女性にも人気がある。
エトワ様は同性である私から見ても美人だし、スタイルも良い。
コロール王国の王妃陛下だったということもあり、気品もある。
でも、お二人が会話されているのを聞いてみると、いつも政治の話か動物の話しかしておらず、離婚されても恋愛関係には発展せずに良い仕事上のパートナーになりそうな関係に思えた。
「プゥプゥ」
高い鳴き声がしたので後ろを振り返ると、垂れ耳の白い毛を持つウサギのタウサオくんとタウサメちゃんが後ろ足で立ち上がり私を見つめていた。
ウサギには声帯がないらしく、正確には鳴き声ではないみたいだけれど、私やヒース様は鳴き声と呼んでいる。
「早く退いてって言っているの?」
「プゥプゥ」
二匹共が小屋の中の掃除をしていた私に何か訴えているから聞いてみると、同時に首を横に振る。
ヒース様に教えてもらったことがあるような気がする。
そう思ってエプロンドレスのポケットに入れていた小さなノートを取り出す。
高い声でプゥプゥと鳴いている時は甘えたい時やかまってほしい時だと書いていた。
「遊んでほしいの?」
聞いてみると、二匹共、肯定するかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「お部屋をお掃除してからでも良いかしら?」
「ミーアさん、掃除は僕がやっておきますので遊んであげてください」
タウサオくんたちと話をしていると、同じチームのリーダーであるドードー・ルーズ子爵令息が話しかけてきた。
金色の癖っ毛のある髪に緑色の瞳を持つ眉目秀麗の爽やかな見た目の青年で若い女性にかなり人気がある。
私はこの人を信用していない。
彼の外見がオーランド殿下に似ているものだから、余計に苦手意識を持っている。
現在の私は公爵令嬢という身分は表に出さずに、キブズドーツでは男爵令嬢という扱いになっている。
お父様が私を勘当しなかったため、私はまだ、ミーア・テンディー公爵令嬢のままだった。
私を勘当してしまえば、お母様は本当に戻ってこなくなると恐れているみたい。
キブズドーツに着いた次の日に、ヒース様は表向きは男爵令嬢ということにして、私に動物のお世話係になってほしいと頼んでこられた。
動物と仲良くなることに憧れていた過去もある私は、もちろん喜んでその申し出を受けた。
そして、お母様も動物が好きなので世話をしたいと言い、一緒に働かせてもらえることになった。
現在は城の敷地内にある寮で私とお母様は暮らしている。
私が働くことになった王城の敷地内にある「動物の家」というエリアには、様々な動物たちが暮らしている。
王城を囲むように円形に作られたエリアはとても広く、人間用に作られた道を一周しようとすると半日くらいかかってしまう。
エリア内にいるのは、全てヒース様やロディ様と契約した動物たちだから、種族が違っても仲良くしているし、肉食動物が小さな動物を見つけて食べたりすることもない平和な空間だ。
時折、リスが何匹かで黒と茶色の毛を持つ子犬を追いかけ回していたり、ライオンと狼が何か会話していたりするのを見かける。
リスたちについては遊んでいるようだから止めはせず、動物同士が喧嘩している時だけは手は出さずに声を掛けるようにしている。
基本、人間が好きな動物たちが多く、世話係の私たちの言うことも聞いてくれる良い子ばかりだった。
たまにフンといった感じでそっぽを向く子もいるけれど、それを見た他の動物たちが私を慰めてくれるので気にならない。
合う合わないがあっても当然のことだからだ。
世話係は全部で5チームに分かれている。
1チーム5人で男性の比率が多く、私のチーム以外は女性が1人、男性が4人という編成だ。
私のチームはお母様と私で女性2人、男性3人になっている。
夜勤はなく、夜は騎士が動物の家エリアの周りや中を警備してくれている。
夜行性の動物もいるので、食べ物は退勤前にも用意して帰るのが鉄則だ。
水に関しては小さな川がエリア内にあるため、好きな時に飲むことができる。
糞尿の処理に関しては動物たちがトイレの場所を覚えているため、専門の業者が毎日掃除をしに来てくれている。
私たちスタッフがやることは、動物たちの健康状態に異変はないか確認すること、小屋など寝床の掃除、食事を提供すること、望まれればコミュニケーションを取ることが主だった。
ドードー様が言うことはタウサオくんたちにとっては良い提案なはずなのに、彼を見て後ろの片足を地面に何度も叩きつけている。
足ダンと言い、不満がある時にする行動らしい。
「……良いんですか?」
「もちろんです。僕は嫌われているみたいだから」
「……そうですか。では、お言葉に甘えさせていただきます」
足ダンをしているタウサオくんとタウサメちゃんに近付くと、2匹共が足ダンをやめて私の足にしがみついてきた。
「大丈夫よ。行きましょう」
2匹を抱き上げてウサギ小屋から離れる。
2匹同時は重いわ。
でも、1匹だけ抱き上げると、もう1匹が嫉妬するのでしょうがない。
大人しく抱かれているタウサオくんたちは鼻をピクピクさせて私を見つめてきた。
ヒース様が私を世話係にしたのには理由があった。
動物たちが2人のスタッフに不信感を抱いているからだ。
ヒース様が動物たちに理由を聞いても、悪口を言われる、冷たい目で見てくる、など証拠に残らないような嫌なことであり、気にしない動物たちも多いのだそう。
かといって、聞いた以上は何もしないわけにはいかない。
ヒース様は他の人に頼んで、スタッフの様子を調べてもらった。
でも、人間の前では警戒しているのか尻尾を掴めないとのことだった。
その2人のスタッフの中にドードー様がいた。
2人に聞き取り調査を行ったところ、彼らは何もしていないと言ったそうだ。
動物たちを愛しているとも言い、周りのスタッフからの評判もかなり良いため、無理に辞めさせることは難しかった。
動物たちに危害を加える様子はなさそうだけれど、念の為に2人には餌に関わる仕事は絶対にさせないことになった。
そして、動物たちから監視されることにもなった。
ちなみに動物たちのご飯は生で食べられる野菜ならそのままだったり、味付けしていない温野菜やパンなどで肉は出ない。
ヒース様やロディ様も普段の食事はお肉を食べない。
2人の場合は例外があり、国外で出されたお肉料理は食べるらしい。
もう殺されてしまったものを拒否して食べないことのほうが失礼だと感じるのだそう。
話題がそれてしまったわ。
ヒース様は、動物たちが言っているだけでは証拠にならないこともあり、私とお母様に内偵を頼んできて今に至る。
慣れないうちはお母様と私は同じチームだけれど、慣れてきたら私は他のチームに移動することになっている。
もう1人は別チームにいる女性で伯爵令嬢だった。
「プゥプゥ」
ドードー様と離れたからか毛がもこもこでふわふわのタウサオくんたちは顔を擦り寄せてきた。
ベンチに座ってタウサオくんたちと遊ぼうと思って歩いていると、動物たちが騒ぎ始めた。
腕の中のタウサオくんたちもソワソワしている。
「ミーア」
名を呼ばれて振り返ると、薄い黒色のシャツに黒ズボンのヒース様がいた。
「ヒース様、ごきげんよう。どうかされたのですか?」
「仕事中に悪い。君あてに早馬が来ている」
王城の門兵には私やお母様、エトワ様宛の来客が来たら、ヒース様のほうに先に連絡するように伝えられている。
そのため、ヒース様が私にわざわざ知らせに来てくれたようだった。
「誰からの遣いなのでしょう?」
「オーランドだ」
「オーランド殿下?」
ちょうど二日前にオーランド殿下の呪いが解けていなかったことを、ヒース様から聞いたばかりだった。
タウサオくんたちには後で一緒に遊ぶことを約束して、ヒース様と一緒にオーランド殿下の遣いのもとに向かった。
遣いの人は兵の詰め所の中にある応接室に案内されていて、私に手紙を渡してくれた。
手紙にはこう書かれていた。
『君がいなくなって、色々と問題が起きている。
その問題を解決するために君はコロール王国に戻るべきだ。
君を僕の側室に迎えようと思う。
殺そうとしたことは悪いと思っているよ。
でも、人は過ちを犯すものだ。
そして、君は僕を許すべきだ。
実は僕の呪いは解けていなかったんだ。
苦しんでいる途中で思い浮かぶのは君のことばかりだ。
これが愛なのかもしれない。
でも、セフィラの初めてを奪ってしまった。
責任は取らないといけない。
だから、君を側室にしよう。
たとえ、ヒースと君が疚しい関係だったとしても僕は君を許そう。
だから、君も僕が君を捨てたという過去は水に流して 』
そこまで読んだところで、一緒に手紙を読んでいたヒース様が手紙を破ろうとしたので慌てて止める。
「申し訳ございません、ヒース様。私のせいで変な疑いを持たれてしまってお怒りですわよね!?」
「君が謝ることじゃない。君宛の手紙なのに申し訳ない。……で、どうするつもりだ?」
「帰ってきてほしいそうですが、もちろんお断りします」
私はヒース様にそう答えたあと、便箋とペンをお借りして『私はコロール王国には戻りませんし、あなたの顔は二度と見たくありません。清くて美しいセフィラと共に乗り越えてください』と書いて、オーランド殿下の遣いに手渡した。
遣いが部屋を出てから大きく息を吐くと、ヒース様が言う。
「オーランドは君に捨てられたことを理解していないんだな」
「ええ。私は望んでオーランド殿下から離れましたのに、殿下は自分が私を捨てたと思っておられるようですわね」
これで私のことを諦めてくれると良いのだけれど。
そう願ったけれど、そう上手くいくはずもなかった。
※
13話を予約公開にしたつもりが日にちを変えておらず公開しておりました。
本当に申し訳ございません!
タイトル「だって人は間違える」が思い切り自分のことになってました!
わかっておられる方にはわかりますが、次話はオーランド視点の話になります。
どうでも良い話ですが、キブズドーツの名前の由来?がわかった方はおられますか?
応援ありがとうございます!
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