上 下
14 / 36

13 だって人は間違える(オーランド視点)

しおりを挟む
 テンディー公爵に聞いたところ、ミーアは僕とセフィラが愛し合っていることに気が付いていて、僕との婚約を解消しようとしていたらしい。

 自分の幸せよりも僕の幸せのことを考えてくれていたなんて、ミーアは本当に僕のことを愛してくれていたんだね。

 それだけ愛してくれていたんだ。
 僕のことをすぐに忘れられるはずがない。
 彼女が邪魔だったから殺そうと考えただけで、彼女が身を引いてくれるのなら、あんなことはしなくて済んだ。

 仲直りしようと言ったら、優しい彼女のことだから、きっと許してくれるだろう。

「オーランド殿下、今、何を考えていらしるんですか?」

 僕の胸に頬を寄せて、セフィラが尋ねてきた。

 今、僕とセフィラは僕の自室のソファで何をすることなく並んで座っていた。

 まさか、ミーアのことを考えていたなんて言えなくて、セフィラの頭を優しく撫でる。

「どうしたら呪いが解けるのかと考えていたんだよ。清くて美しい君と一つになれて呪いがとけたはずなのに、どうして呪いが復活したんだろう?」
「きっと、ミーアのせいですわ。ミーアが呪いをかけられる人を……って、あ! そうですわ。ミーアが呪いをかけたのかもしれません!」
「どういうことかな?」

 意味がわからなくてセフィラに聞いてみると、彼女は僕の胸に頬を寄せたまま目だけ上げて、僕を見つめる。

「呪いをかけるように頼んだのはミーアかもしれません! だって、浄化魔法を使えるのはミーアしかいませんもの!」

 セフィラに言われて僕は気が付いた。

「そうか。ミーアは僕の婚約者になりたくて、僕に呪いをかけるように仕向けたんだね?」
「そうです! ミーアはなんて卑怯な女性なんでしょう!」

 セフィラが叫んだ時だった。
 天井のほうでドタドタと何かの複数の足音が聞こえた。

 刺客かもしれないと焦った僕は、セフィラを庇うように抱きしめる。

「オーランド様、怖いです!」
 
 セフィラが目を潤ませて僕を見上げた。

 やはり、彼女は清くて美しい。
 彼女のおかげで一度は呪いが解けているのに、また知らないうちに誰かに呪いをかけられてしまったに違いない。

 相手は誰なんだろう?
 しかも、僕の呪いが解けたことを知っているのは、王城の関係者かテンディー家の人間しか知らないはずだ。
 やはり、最初の呪いもセフィラが言うように、ミーアが僕の婚約者になりたくて仕組んだことだった?
 いや、もしくはテンディー公爵が企んだのかもしれない。
 彼はミーアをどうにかして王家に嫁がせようとしていたから。
 今回も逆恨みして僕に呪いをかけたのかもしれないな。

 とにかく今は、セフィラを守らなくちゃいけない。

 震えるセフィラに優しく話しかける。

「大丈夫だよ、セフィラ。僕が守るから安心してくれ。あ、でも、浄化魔法を先にかけてくれるかな」
「は、はい。あの、オーランド殿下」
「何かな?」
「少しは我慢はできないものなのでしょうか?」
「言っている意味がわからないんだけど?」

 セフィラは目に涙を溜めて僕に訴えてくる。

「浄化魔法って本当に体力を使うんです! だから、ちゃんと眠らないと魔法なんてかけられません!」
「一時間ごとに眠れているじゃないか」
「そういう問題ではありません! ぐっすり眠りたいんです!」

 セフィラの目から大粒の涙が溢れる。
 
 困ったな。
 でも、ミーアに手紙を送ったし、こんな生活ももう少しで終わる。

「大丈夫だよ、セフィラ。君の負担を減らすためにミーアにこっちに帰ってくるように手紙を書いたんだ。きっとすぐに帰ってくるはずだよ」
「本当ですか!? でも、私、とっても心配です」
「何がだい?」
「ミーアがオーランド様を誘惑するんじゃないかって……」
「気にしなくて大丈夫だよ。正妻は君で、側室がミーアだ。大体、呪いをかけたのはミーアの知り合いか、テンディー公爵の知り合いだろう。責任を取らせないといけない」

 セフィラは僕の胸にしがみついて言う。

「絶対ですよ! ミーアなんかに本気にならないでくださいね!」
「ミーアは僕のことが好きだから、こちらに戻ってきたら必死になって機嫌を取りに来るだろうけれど、そんなことで惑わされたりしないよ」
「ですよね? ミーアみたいに性格も悪くて、顔も可愛くない子なんて」

 セフィラが話の途中なのに動きを止めて、なぜか足元に目を向けた。
 そして、いつの間にか足元にいた動物たちに気が付いて僕は叫ぶ。

「な、なんなんだ!? リスか!?」

 セフィラの足元には数匹のリスがいた。
 身体はとても小さく、一匹ずつが近付いて来たのか、数えてみると10匹近くいた。
 身体に縞模様の入ったリスで、背中は茶色や黒、お腹はクリーム色でとても可愛らしい顔をしている。

 どうして、リスがこんなところにいるんだ?
 普通は王城の中に入ってなんて来れないはずなんだが……。

 僕の声に驚いたのか、リスたちはセフィラの足の上に上ったかと思うと、あらわになっていた彼女の足首に噛み付いた。

「きゃあああっ!」

 セフィラが悲鳴を上げる。

「セフィラに何をするんだ!」
 
 僕が叫ぶと、リスたちの攻撃目標は僕に変わった。
 部屋の中にいたのでラフな格好だが、服を着ている。
 噛みつかれても大丈夫だろうと思ったが、そんなことはなかった。

 リスたちの歯は布を突き破って僕の肌に、いや肉に到達した。

「あああああっ!」

 あまりの痛みで絶叫する。
 可愛らしい顔をしているのに、噛む力はすごかった。

 もう片方の足で蹴散らそうとすると、リスたちはソファの上に登ってくると、二手に分かれて僕とセフィラの手首に噛み付いた。

 僕とセフィラは痛みで絶叫する。
 噛まれたところからは血が流れ出してきて二人でパニックになっていると、部屋の外にいた騎士たちが扉を開けて中に入ってきた。

「殿下! どうされましたか!?」
「どうしたもこうしたもない! どうしてリスを部屋に通すんだ!」
「リ、リス!?」

 騎士は困惑の表情を浮かべる。
 気が付くと、リスたちの姿は見えなくなっていて、自分の手首に回復魔法をかけているセフィラしかいなかった。

「どこに行ったんだ……? まあ、いい。後で調べることにしよう。ところでセフィラ、君の回復が終わったら僕のほうも頼めるかな」
「わかりました。お待ちください」

 セフィラは大きく頷いたあと、長い時間をかけて傷を治していく。
 その間、僕は駆けつけた医者に手当をしてもらいながら待っていた。

 しばらくして、セフィラは僕の手首と足首にも回復魔法をかけてくれたので、痛みがすっかりなくなった。

「ありがとう、セフィラ」
「どういたしまして。でも、オーランド様」
「何かな」
「回復魔法を使ってしまいましたから、しばらく浄化魔法が使えそうにありません」

 セフィラは悪びれた様子もなく、満面の笑みを浮かべて言った。
 それを聞いた僕は焦る。

「そ、そんな! いつになったら使えるようになるんだい?」
「そうですね。10時間後くらいでしょうか」
「10時間後だって!?」

 そんなに長い時間、呪いの効果に耐えられる自信がない。
 慌てて、近くに立っていた付き人に向かって叫ぶ。
 
「ミーアがこっちに向かっているはずだ! 今すぐに迎えに行く手配を! 一秒でも早く僕のところに連れてきてくれ」
「承知しました」

 僕の付き人は大きく頷くと、急いで部屋を出て行った。

「早く来てくれ、ミーア」

 僕は両手を合わせ、窓のほうを見て祈る。
 すると、セフィラが怒り始めた。

「オーランド様! 私の前で他の女性を思わないでください!」
「わ、悪かったよ。でも、不安なんだ」

 君がミーアみたいに浄化魔法を使いこなしてくれていれば、あんなことを言わなくて済んだのにと言いたくなった。
 でも、喧嘩になってしまいそうだから口には出さなかった。

 そして、しばらくすると浄化魔法の効果が切れ、僕は呪いのせいで苦しむことになった。

 早く、早く来てくれミーア。

 僕は口には出さずに頭の中でミーアを呼び続けた。

 そんな僕のところへ届けられたのは、ミーア本人ではなく、ミーアからの手紙だった。

 読む元気さえない僕は、セフィラに声に出して読んでもらうように頼んだ。

 ミーアからの返事は残酷だった。
 
『あなたがどうなろうが、私の知ったことではございません』

 こんなに冷たいことをいう女性だっただろうか。

 もしかして、違う人間に宛てた手紙と中身を入れ間違えたのかもしれない。
 そうだ。
 絶対にそうだ。

 だって人は間違える生き物なんだから。

 ミーアが僕を見捨てられるはずがない。

 そう思った僕は苦しみに耐えながらも、ミーアがやって来るのを待つことにした。

 
 
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:202,443pt お気に入り:12,349

素直になれない平凡はイケメン同僚にメスイキ調教される

BL / 完結 24h.ポイント:383pt お気に入り:1,665

千葉県東方沖地震/太陽フレア/各地災害について

エッセイ・ノンフィクション / 連載中 24h.ポイント:355pt お気に入り:2

「欠片の軌跡」②〜砂漠の踊り子

BL / 連載中 24h.ポイント:63pt お気に入り:7

悪女と言ったのは貴方です

恋愛 / 完結 24h.ポイント:276pt お気に入り:1,187

長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:397pt お気に入り:1

短編集(SF・不思議・現代・ミステリ・その他)

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:85pt お気に入り:1

処理中です...