待つわけないでしょ。新しい婚約者と幸せになります!

風見ゆうみ

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2  会場をあとにする

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 タントスの言葉を聞いて、静まり返っていた会場内が波紋が広がる様に騒がしくなる。

「リアラ、ごめん」
「ごめんで済むか! ふざけんな!」

 公衆の面前だとはわかっていたけど、平手打ちくらいでは怒りがおさまりそうにないので、黒のタキシードに身を包んだタントスの、がら空きのボディに一発パンチを食らわせた。
 すると、声にならない声を上げて、彼はお腹をおさえて、その場にしゃがみこむ。
 ギャラリーがざわついたけれど気にしない。
 ほんの少しだけスッキリした。

「ちょっと、相変わらず乱暴なのね。彼はあなたの婚約者じゃなくて、私の婚約者なのよ?」
「赤の他人になったから、さよならの挨拶をしたんです」 
   
 不機嫌そうな表情で言ってくるビアンカ、本人の前ではさまをつけているけれど、心の中ではいつも呼び捨てにしている、そんな彼女に言い返すしたあと、この場で大人しくしている必要もないため、私は家に帰るために踵を返す。

「ま、待ってくれ、リアラ! 違うんだ、これは!」

 呼び止められて振り返ると、タントスはしゃがみ込んだまま、私の方に手を伸ばしていた。

「何が違うの。ビアンカ様に命令でもされたの?」
「ち、違うんだ」

 貴族達の視線はまだ私達からはなれていない。
 注目を浴びているのを感じながら、立ち止まり、身体をタントスの方に向けて、彼の言葉の続きを待つ。

「ごめん! その、僕が悪いんだ!」
「そうね。何の前触れもなく、婚約破棄をこんな大勢の前でしてくれるんだからね」
「そ、そうじゃなくて」
「新しい婚約者がビアンカ様だって事を謝ってるの?」
「ち、違うんだ。そうじゃなくて…」

 タントスは言いにくそうに、視線を彷徨わせる。

「彼は言いにくいようだから、私が教えてあげるわ」

 ビアンカは私に近付いてくると、耳元で囁いた。

「彼、私を押し倒したのよ?」
「は?」
「そりゃあ、私みたいに魅力的な人間を目の前にしたら、しょうがない事だと思うわ」

 そう言って、緑色のプリンセスラインのドレスに隠されていない胸元をアピールする。
 豊満な胸に、腹が立つ程の大きな谷間だ。
 これにひっかかったという話か。
 どこまでの関係に進んだのかはわからないけれど、タントスがビアンカに手を出した事には間違いなさそう。

「…ビアンカ様、あなたも婚約者がいらっしゃるのでは? しかもお相手は…」
「安心して。昨日の内に破棄させてもらったから。あまり気の乗らない相手だったから助かったわ。外見くらいしか良いところがなさそうなんだもの」

 ビアンカはそれはもう楽しそうに笑ってから続ける。

「ずっと気に食わなかったのよ。美人でもないし、喧嘩が強いくらいしか取り柄のないくせに、楽しそうに生きてる、あなたの事」
「それはこっちのセリフですよ。なぜか勝手に私をライバル視して、勉強や運動で私に勝てないからってウダウダと言いがかりをつけてくる。人には得手不得手があるんですから、そんなものだと諦める、もしくは私に勝てる様に努力すれば良かっただけなのに」

 小さい声で睨みながら言い返すと、一瞬、ビアンカは苛ついた表情を見せたけれど、すぐに勝ち誇った笑みを浮かべて言う。

「どう? 悔しい? 私に婚約者を奪われて。悔しいでしょう? 泣いてみせてよ」
「はあ? どうして泣かないといけないんです? あなたの様な性格の悪い女性にひっかかる様な男なんていりませんので喜んで差し上げますよ。婚約破棄の手続きは明日にでも致しますから、どうぞお幸せに」

 最後の言葉はビアンカとタントスに向けて言い放ち、今度こそ、私は背を向けて歩き出す。

「リアラ! 待っていてくれ! 必ず、君の元に戻るから!」

 戻ってこなくていい。

 無視して歩き続けると、彼が追いかけてきて私の腕をつかんで言う。

「どうせ僕はすぐに捨てられるよ。だから、君の元に戻る。だから、待っていてくれないか」
「はあ? 待つわけないでしょ。浮気相手が他の女ならまだしも相手がビアンカ様だなんて。誘惑されたんでしょうけれど許せない」

 彼女と私の仲の悪さは、同じ学園に通い、同学年だった彼が知らないはずがない。
 何より、ビアンカは何かと私に張り合ってきて、本当にウザかったし、その話を彼に何度もしていたのに。
 
「落ち着いてくれよ、リアラ」
「落ち着けるはずがないでしょう! あなたもわかっていると思うけど、私はもうすぐ19歳なの。年齢的にいつ戻ってくるかわからない婚約者なんて待てるはずがないし、何より、浮気男を待つわけないでしょ。しかも、相手はビアンカ様!」
「リアラ、僕は本当に君を愛してるんだ!」

 タントスの言葉に、怒りがおさえられなくなった。

「本当に愛してるなら浮気すんな!」

 私の腕をつかんできた彼の手首をつかみ、腕をひねり上げた。

「痛い! 痛いよ、リアラ!」
「痛い? 心のダメージが深いくて痛いのはこっちの方よ! ビアンカ様にああする様に言われたんでしょうけど、あなたのせいで私は笑い者よ!」

 泣き叫ぶタントスの腕をはなし、私は水色のシュミーズドレスのすそを翻して、夜のパーティー会場をあとにした。
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