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『第五話・3 : 魂なき雷』
しおりを挟む白金と紅晶の雷が絡み合い、
地面を抉り、砦を砕き、木々を灰へと変えていく。
雷と雷が空中で噛み合った、その一瞬。
世界は音を失い、ただ爆光だけが残った。
次の瞬間、
衝撃波が遅れて世界を叩き壊す。
砦は崩れ、木々は燃え尽き、
大地は裂け、赤い光が地の底から噴き上がった。
そして――
すべては、同時に消えた。
「……っぐ、あ……!!」
リリアの腕が震え、踏みしめる足裏が割れた地面に沈む。
――同等。
威力も、構えも、術式の流れも。
胸の奥で、苦い実感が形になる。
(……やっぱりだ。
あいつは、俺の魔法を知り尽くしている)
教えた。
削った。
血を吐くように練り上げた。
――その“答え”を。
(……なのに)
それを、ただなぞるだけで、
同じ場所まで来ている。
奪われたのは技じゃない。
――“そこへ至る時間”そのものだ。
その感覚に、胸の奥がひりついた。
だが、リリア、いや颯太が、そう心の中で吐き捨てる一方で──
ラムタフの胸裏には、別の焦燥が渦巻いていた。
(……なぜだ)
理屈は揃っている。
力も、術式も、魔力の奔流も。
魔王から授かった“正しき力”は、確かにこちらにある。
(……なのに)
衝突のたびに、押し返される。
否――
押し返されているのではない。
世界が、従わない。
(そんな……はずがない。
俺は“選ばれた”はずだ。
この力は、“正しい未来”のために与えられたはずだ……)
それでも現実は、容赦なく突きつけてくる。
剣の震え。雷閃のわずかなずれ。
(……違う。
間違っているのは、俺じゃない)
では――
誰が、間違っている?
白金の残光の中で、リリアはなお剣を構え直す。
その呼吸は荒い。だが――崩れない。
ラムタフが斬り込む。
魔法が叩きつけられる。
それでも、そのたびに、
リリアの剣は半拍だけ“先”に在った。
魔力は一度、沈みかける。
だが次の瞬間、芯から火を起こすように、再び立ち上がる。
ラムタフの胸が、ひゅっとすぼむ。
――その瞬間、
底力の差は、もう誤魔化しようもなくなった。
(なぜだ……!?
同じ魔法、同じ詠唱。
威力も、軌道も、寸分違わぬはずだ)
(魔力の総量も、紅晶で強化されたこの身体も――俺の方が)
(なのに……押される?
俺が……この俺が……?)
馬鹿な。
魔王に選ばれた俺が、負けるはずがない。
(……はず、なのに)
剣が、雷が、噛み合うたびに、
わずかな“ずれ”が、確かに広がっていく。
(同じはずだ。
同じ“答え”をなぞっているはずなのに……)
――違う。
胸の奥で、認めたくない感覚が、軋んだ。
(……まさか。
“オリジナル”と、“写し”の間には――
数値では埋まらない差が、あるというのか……?)
ラムタフの唇が、わずかに震えた。
だが次の瞬間、その震えを噛み殺すように口元を歪め、
狂笑が零れ落ちる。
「魔法にオリジナルもクソもない。
強いものが、正しい。
――それだけだ」
ラムタフは剣を構えたまま、動かない。
だが《ゴラリス》の紅晶だけが、不気味に脈打っていた。
「昔のあんたは、
“想いが宿らない力は偽物だ”って言ってたな。
……だから、神ごときに封じられたんだよ」
刃先が、まっすぐリリアを指す。
「あの時、消えていくあんたを見て――
俺は決めたんだ。
想いなんて、弱さの言い訳だ。
力があるか、ないか。
生き残るか、死ぬか。
それ以外の価値なんて――
最初から、存在しない」
その瞬間、リリアの胸奥で――
颯太という名の“切れたカイロ”がプチッと弾けた。
(ふざけんなよ……!
“自分のオリジナルを大事にしたい”って、
昔は誰より強く言ってたのはお前自身だろ!?)
(理由なんてどうでもいい!それを今じゃ手のひら返しして……
結局、俺の劣化コピーで満足してるだけじゃねぇか!!てめーの弱さを人のせいにするな!)
(……それって結局、
他人が作った力を振り回して
自分を強いと思い込みたいだけだろ)
リリアは迫る紅晶の光波を弾き返し、そのまま、刃を押し込んだ。
「……そうか。
なら、もう俺の弟子じゃない。」
閃光が顔を照らす中、その声は冷え切っていた。
「お前の魔法には、魂がない。
同じ術式でも──俺のは前へ進む。
お前のは、世界に拒まれる」
刃を押し込みながら、リリアは言った。
「ウチの流派は、誰かを守るための魔法だ。
破壊に身を委ねた時点で、
お前はもう“始点”を失っている」
「形を真似ても、
力を積み上げても――
守る意志のない術は、空っぽだ」
視線を逸らさず、告げる。
「俺は“勝つため”に教えたんじゃない。
誰かを、
世界を、
自分より先に守れる剣であれと教えた」
低く、冷たく。
「……捨てたのは、お前だ」
雷光がきしむ中、
リリア──いや颯太の喉が、わずかに詰まった。
そこにあったのは、どうしようもない落胆だけだった。
「三年も、あったんだぞ」
声は低く、かすれていた。
「本気で修行していれば……
あの頃のお前なら、俺の背中くらい――」
「なのにお前は、魔王の力にすがり、
一度も“自分の魔法”を生み出そうとも、磨こうともしなかった。」
「力も技術も、三年前から一歩も進んでいない。
ただの“進化の止まった俺の劣化コピー”。」
「だからお前は──俺には絶対勝てない。
……それだけの話だ」
その瞬間、ラムタフの《ゴラリス》の剣先が再び閃いた。
「ウォォォォッ!!」
ラムタフが吠え、構えも何もない“力任せ”で飛びかかる。
リリアは――息すらつかずに踏み込んだ。
次の瞬間、
魔剣《レーバティン・ゼロ》が、わずか一閃だけ光った。
音が、遅れて落ちた。
風が切れる音すらなかった。
金属がぶつかるはずの衝撃はなく、
代わりに、ひどく乾いた音が一つ――空に散った。
ラムタフは、まだ斬りかかった姿勢のまま立っていた。
――斬った感触が、ない。
ドシュッ。
ラムタフの右手首が宙を舞い、
彼の愛刀《ゴラリス》が地面へ転がり、乾いた音を鳴らす。
ラムタフの身体は地面にめり込むように倒れ込み、
魔力の流れは完全に断ち切られた。
リリアは刃を下ろすことなく、ただ静かに言った。
「……終わったんだよ、ラムタフ。」
それ以上、言葉は続かなかった。
罵る必要も、裁く言葉も――もう残っていない。
……なのに、
リリアは次の一撃を振り下ろせなかった。
目の前にいるのは、
ボロボロになった元弟子。
呼吸は荒く、胸は焼け、それでも折れずに、こちらを睨み返してくる目だけは……
まだ、あの日の面影をわずかに残している。
胸が、わずかに詰まった。
──斬らなければ、終わらない。
砦の残骸に雷鳴が反響し、二人の間に落ちる“力の差”だけが、静かに滲み出た。
その事実だけが、残酷に世界へ刻まれていた。
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