『勇者リリアと記憶の王都ミルフェリア』Eden Force Stories Ⅲ(第三部)

風間玲央

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『第五話・4 : 答えをなぞった者』

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(……なぜだ?)

地面に膝をついたまま、ラムタフの思考は遅れて追いついてきた。
右手首がない。
《ゴラリス》がない。
――なのに、痛みより先に、理解が来ない。

(……なぜ、斬られた?)

(最初は互角だったはずだ。
踏み込みも、間合いも、魔力の乗せ方も。
最後の一瞬まで、俺は同じ“答え”をなぞっていた。)

(……なぞっていた、だけ……?)

喉が鳴る。
呼吸をしようとして、うまく吸えない。

(……なぜだ。
 こんなはずじゃ……)

魔王から与えられた力。
紅晶で補強された身体。
数値は、理屈は、すべてこちらが上だった。

(なのに……)

視界の端で、白金の残光が揺れる。
リリアは、まだ剣を構えたまま動かない。
追撃もしない。
とどめも来ない。

(……なぜ、来ない?)

その“間”が、斬撃よりも深く、ラムタフの胸を抉った。

(見下している……?
 それとも……まだ、俺を……?)

そこまで考えて、思考が、ぷつりと途切れた。
胸の奥で、何かが悲鳴を上げる。

――違う。

(……認めるな)
(それを認めたら、俺は……)

視界が、歪む。
理解しかけた何かを、心が拒絶した。
次の瞬間、ラムタフの胸奥から――
押し殺していた感情が、濁流のように噴き上がる。

(違う、違う違う違う……!!)

黒き光が“注ぎ込まれた”のではない。
拒むように、噛みつくように――
ラムタフ自身が、それを掴み取った。

紅晶が軋み、血のような魔力が、断たれた右腕の断面から噴き上がる。
ラムタフは、歪んだまま立ち上がった。

血走った目でリリアを睨み、
口角を、無理やり吊り上げる。

「……劣化コピー、だと?」

声は震えている。
だが、それを笑いで押し潰す。

「なら見せてやるよ、師匠……!」

黒き魔力が、身体を包む。

「これでも――
 同じことが言えるかァァァッ!!」

残る片手を振り掲げて絶叫する。

「これが俺だけの……究極魔法──《血界反響陣(ブラッド・リゾナンス)》起動詠唱!!」

「旧き封印よ、断ち切られろ!
 我が血脈に刻まれし……刻まれしコードを、解放する!」

「《旧約コード・999──血界反響陣(ブラッド・リゾナンス)》!!
 魂の音を……共鳴させ、万象を……断罪せよッ!!」

その言葉と同時に、深紅の陣環が幾重にも広がり、砦の残骸を呑み込む。
空気が軋み、夜空にひび割れが走る。
血脈のように蠢く紋様が大地を覆い、地そのものが脈打つように震えた。

――その瞬間だった。

深紅の陣環の“底”が、あり得ない角度で沈み込む。
魔法陣の中心が、空間そのものを噛み裂くように歪み、その裂け目の向こうから――
“夜よりも暗い何か”が、ゆっくりと滲み出した。
それを“何か”と呼んだ瞬間、言葉の意味が崩れ落ちる。

それは光でも、闇でもない。
世界の外側から流れ込む、純粋な《魔》だった。

空気が、重く沈む。
呼吸をするだけで、肺が軋む。
砦の残骸が、音もなく黒く変色し、影が伸びる。

――デモリオン。

名を呼ばずとも、
その存在だけで、世界が拒絶反応を起こしていた。
だがラムタフは、それを“力”として受け取った。

「……は、はは……!」

紅晶の陣が悲鳴を上げる。
制御のために刻まれた紋様が、次々と黒に侵食され、
血のような魔力に、さらに濃い暗黒が重なっていく。

「来た……!
 これだ……これが、俺に足りなかった“最後のピース”だ……ッ!!」

暗黒の奔流が、背後から覆い被さる。
まるで――
巨大な何かが、肩に手を置いたかのように。

その瞬間、
深紅だった魔法陣の中心には、
もはや魔法陣の“中心”とは呼べないものが、
静かに脈打っていた。

ラムタフは狂笑し、胸を張る。

「ハッ……見ろよ師匠!
 完璧だ……制御できてる……ッ!
 ほら……やっぱり俺は天才だろ……!?」

だが、答えるものは何もなかった。

大地に奔る紅の紋様。轟音。破裂音。
ラムタフは勝ち誇った笑みを浮かべ、さらに詠唱を続けた。

だが、ラムタフの足元で、魔法陣の外周が音もなく“逆向き”に回転し始めていた。

「旧き契約よ、血で紡がれた頁よ!
 天を穿ち、地を裂き、万象を逆流させ……」

声は夜空を震わせ、大地の奥まで響いた。
だが響きは濁り始め、言葉は途中で噛み合わなくなる。
その言葉に応じるはずの陣は、一拍遅れて、まるで意味を取り違えたかのように脈打った。

「……っ、ぐ……ッ! 紅の鎖よ……っ、断ち……断罪の……は、かは……!」

夜空に走る黒い亀裂が増え、陣の紋様が痙攣するように砕け始める。
規則正しかった鼓動は失われた。
地を叩く震動は、もはや誰の意思でもない。
世界が、異物を排出しようとしていた。
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