姉が婚約破棄されたので侯爵家と法廷で戦う事にしました

華原 ヒカル

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2話:戦慄恐々

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あの日から数日が経ったが、特にサルヴァトーレ侯爵家からの音沙汰は無かった。いや、今はそんな事どうでもいい。
問題なのは姉の方よ。私達がいくら大丈夫かと聞いても、力なく頷くだけで精一杯という感じだ。日に日に生気が失われていくのがよく分かった。

「疲れたあ」
私は午前中の畑作業を終えると、切り株を利用して椅子に見たてたそれに、ドガッと腰を下ろす。そんな私に笑顔を向けながらパタパタと駆け寄ってきたのは母親だ。

「お疲れ様。さ、お昼にしましょう」
母の手に収めてあるバケット。それを開くと……

「また、サンドイッチかあ」
「あら、好きでしょ?」
「好きだよ。2週間連続じゃなきゃ、もっと好きになれたかも」
中の具はいつも通り、此処で摂れた野菜をふんだんに使用したものだ。ふんだんにというか、それが100%を占めている。たまにはお腹一杯のお肉が食べたいというのは我儘でないよね?

伯爵家の令嬢と言えば対外的な聞こえはいいが、我が家は所謂“没落貴族”と呼ばれるものに準ずる存在だ。祖父の代から段々と領民はこの地を離れていった。少々立地が悪いからなのか?その理由もよく分からないが……まあ、そんなわけで収入は無くなっていった。ただ、そんな中だというのにも関わらず、祖父は家族に理由も語らずに近くに畑を購入したのだ。それが、家計に止めを刺した。その後、一体何のために購入したのかも語らずに祖父は他界した。ご丁寧に、遺言にはその土地を手放すなと書いてあったそうな。
そんな訳で一家総出、日々の畑作業に追われる日々が長いこと続いていた。まあ、今の姉に働いてくれは流石に言えなかったが。いや、正確には無理にでも働こうとする姉の表情を思い出すたびに胸がチクリと痛むのだ。

「あー、サンドイッチが美味しい!」
半ば投げやりになって、母が作ってくれたサンドイッチを頬張る。
姉は大丈夫だろうか?またしても、そんな事が頭を過る。私はまだ、恋とか愛というものと無縁だけど、好きな人に裏切られるというのは、きっと凄く堪えるものなんだろうな。
まだ見ぬ恋人からそんな仕打ちを受けた自分を想像して落ち込んでいると、母がポンと私の頭に手を置いた。

「ごめんね、ルーシー。貴方には迷惑を掛けっぱなしね」
「ううん。そんなことない。私は、今の生活も好きだよ?家族で協力して生活する、そんな今の生活が。ただ……だからこそ、皆に笑っていて欲しいな」
「うん。お母さんもそう思う……ああ、そうだ。今日はもうお仕事休んでいいからね。どこかに遊びにでも行ってリフレッシュしてきなさいな」
「え?大丈夫だよ。私、まだまだ元気だし」
「貴女が頑張ってくれたお陰で、今日の作業は大分進んだし大丈夫よ。後は任せて」
「そう?それじゃあ、お言葉に甘えようかな?」

行く当ては特に無かった。
リフレッシュしてきなさい。そう言われても、一人でボーッと歩いていると、どうしても姉の一件が頭をちらつく。また、以前のように笑いが絶えない家族に戻りたい。
その為に私は何をすればいいのか?出来るのか?いや、そもそも私が何かをしたらお父様に迷惑をかける結果に繋がるかもしれない。父は、確かに事態を好転させるべく動くと言ってくれた。期待はするなとも言っていたけど。

……行く当ては特になかったのだ。ここに来ようと、明確な意思を持っていたわけではない。なのに、気が付いたら大きな屋敷の前に佇んでいた。眼前には、固く閉ざされた黒い門が広がっている。

サルヴァトーレ侯爵家の屋敷の前に。 
何をしようというわけでもない。心の赴くままに行動するなら、遠くに見える大きな窓に向かって、文字通り一石投じたいところだけど、それが事態を悪化させることぐらいは私にも分かる。そもそも届かないだろうけど、いや頑張ればいけるかな?

そんな事を考えていた時、ギイッと音を立てて門が開いた。咄嗟に近くにあった木の裏に身を潜めてそちらを伺うと、二人の男性がその中から出てくるのが見えた。
1人は執事だろうか?燕尾服を身に纏った初老の男性。白髪混じりの頭を大きく後ろに流している。そして、あの人はどういう人なのだろう?黒くゆったりとした服を身に纏った中年の男性だ。
私はなんとなく、二人の会話に耳を傾けていた。

「いやー、しかし坊ちゃんにも参ったものですな。よもや、自ら他に女がいる事を認めて婚約破棄とは。ご当主様のお怒りも当然と言えますね」
「ええ、本当に。オスガン先生にはご迷惑をお掛けしますが、しっかりとお願いしますよ」
「任せて下さい。没落伯爵家など相手にもなりませんよ。必ずや当主様にとって最大の利益が望める様な結果にさせて頂きます」
「くれぐれも宜しくお願い致します。婚約の件もそうですが、あちらについても」
「勿論です……おっ、丁度迎えの馬車が来たようです。それでは、近日中に話を付けてきますので、これで失敬」
そう言い残し、黒服の男は馬車に乗り込むとその場を去っていった。その馬車に頭を下げながら見送る執事。少ししてゆっくりと頭を上げると、軽く咳払いをした。

「まあ、しかし。没落した伯爵家の娘と結婚しろというのには、坊ちゃんに同情を禁じえませんな。本来ならば地位も名誉も教養も美貌も兼ね揃えた女性と結ばれることが出来たでしょうに」
何なの?一人その場に残った執事が、独り言というには余りにも大きな声で語りだす。

「向こうが少しでも賢い選択をしてくれることを祈るばかりですな。訴えるなどと、時間を無駄にするようなことをされては相手にするのが面倒ですしね。“侯爵家の人間と結婚出来そうだった”。その思い出を与えてやっただけでも感謝をして頂きたいくらいです」
違う……これは。

私は、ソッと木の陰から視線を執事に移した。その瞬間、ゾクッと背中が冷えたような感覚がした。
彼は私の方を見ながら、不気味な笑みを浮かべていたのだ。最初から気が付いていたんだ。ここに隠れていたことに。その上で先ほどの嫌味をつらつらと私に聞かせていた。

「もしも、お話があるのでしたらお入り下さい。まあ、どうなるかは保証しかねますが」
わざとらしい位に腰を折り畳み丁寧な会釈をしたその執事は、ゆっくりとその門を潜っていく。まるで、入って来いと嘲笑うかのように。

今の私はどんな表情をしていたのだろう。
背筋が冷たくて自分の身体を擦る様にしてその場に立ち尽くす事しか出来ずにいた。

これはマズイ。そんな確信めいたものだけが頭の中を埋め尽くす。私にもようやく理解する事が出来た。侯爵家を敵に回すという事の意味が。アルバート様だけをどうこうすればいいという話ではない。侯爵家に関係する全ての人間を相手に戦うという事だ。
そして、父には強い口調であんなことを言ったのに、いざ自分がその片鱗を味わっただけで、こんなにも腰が引けてしまったという事実が、私の中に暗雲を立ち込めさせた。
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