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4話:男爵屋敷
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「主人とお約束でしょうか?」
名刺に書かれた住所。
緊張する心を落ち着け、意を決して門を叩くと、メイド服に身を包んだ白髪のメイドさんが姿を現した。そして、私の姿を確認すると一瞬だけキョトンとした表情を浮かべた後、そんな事を仰った。
「いえ。名刺入れを拾いましたので、お届けに上がりました」
「……それは、確かに主人のもので間違いないようですね。これはこれは、ご丁寧に有難うございます。主人もきっと、お礼をさせて頂きたいと思っていますので、お時間がございましたら寄っていかれませんか?ささやかですが、御もてなしをさせて下さいませ」
これは有難い申し出だった。落とし物を渡して、話が終わったらどうしようかと思っていたからだ。
「はい!是非」
メイドさんに案内されながら廊下を歩くと、派手な骨董品や前衛的な絵画が至る所に飾られていた。うあー、あんまり話さなかったけど、確かにこういうの好きそうね。
「どうぞ。こちらでお待ちくださいませ。直ぐにお茶のご用意をさせて頂きますので」
「有難うございます」
客室に通して貰い、椅子に腰かけるとメイドさんはドアを潜って行った。
ふと、目線を前に送るとヒラヒラトなびく大きなレース。そして、その先にはクルクルとした男性のシルエットが浮かび上がった。
「使用人よりお話は伺いました。わざわざ、落とし物を届けて下さり有難うございます。貴方のような美しい女性が、よもや心までお美しいとは……神が完璧な美をこの世に送り届けて下さったことに感謝するほかありませんね」
件のクルクルが、レースを緩やかに開けて室内へと入ってきた。
そして、俯いていた視線を、ゆっくりと私の方へと向けたのだが……
「ああああ!!さっきの小娘!どうしてお前がここに?!あの美人でボインなお姉様は!」
「その方から名刺入れを預かってきました……ん?まるで、あの人がここに来る事を予見していたような言い草ですね?」
「当たり前だー!僕は計算して、敢えてあの席に名刺入れを置いてきたというのにー。どうして君のようなちんちくりんが来るんだよ!」
「うわ、最低ですね。人の善意を利用してナンパをするなんて」
「クッソー!今まで一度も失敗したことが無かったのに。このグルテン、一生の不覚だ!」
地団太を踏むグルテンさん。そこに、先ほどのメイドさんがティーポットを運んできてくれた。そして、開口一番に主人に対して宣ったのだ。
「まあ、此処に呼べたところで、一度たりとも成功したことは無いのですがね。女性とのお付き合い」
「婆や!余計なことは言わなくていい。それより、彼女はお帰りだそうだ。速やかに用意していた料理を一式下げてくれ」
「いえ、まだ帰りません。届けたお礼にお話を聞いて下さい」
「嫌だね。僕にそんな義務はない」
「いいじゃございませんか。どうせ、本日は何の予定も御座いませんし。面白い案件かもしれませんよ?」
「嫌だね!こんな子供が持ってくる案件だぞ。どうせ、近所の子供からパイタッチされたとかその程度の低俗な争いに決まっている。ならば、それは君の負けだ。壁を胸とは呼ばないからな」
「パッ、壁!?し、失礼ですよ!さっきもそうでしたけど、人のことを子供扱いして。私はこう見えて16歳です。立派なレディーですよ!」
「実年齢の話をしているのではない。僕のセンサーに引っかかるかどうかの話をしているのだ。その絶壁でレディーを名乗るとは、全国のレディーへの謝罪を要求する」
「はあ。坊ちゃん。これ以上、無用な口を叩くようでしたら婆やが容赦しませんよ」
ジロッとしたメイドさんの視線が向けられると、グルテンさんはビクッと肩を震わせた。
「まあ、いい。その代わり下らない案件だったら直ぐに追い出すからな。さあ、話してみたまえ」
そうして、私は姉の受けた婚約破棄のことと、相手方たる侯爵家について知っている事を話したのでした。
名刺に書かれた住所。
緊張する心を落ち着け、意を決して門を叩くと、メイド服に身を包んだ白髪のメイドさんが姿を現した。そして、私の姿を確認すると一瞬だけキョトンとした表情を浮かべた後、そんな事を仰った。
「いえ。名刺入れを拾いましたので、お届けに上がりました」
「……それは、確かに主人のもので間違いないようですね。これはこれは、ご丁寧に有難うございます。主人もきっと、お礼をさせて頂きたいと思っていますので、お時間がございましたら寄っていかれませんか?ささやかですが、御もてなしをさせて下さいませ」
これは有難い申し出だった。落とし物を渡して、話が終わったらどうしようかと思っていたからだ。
「はい!是非」
メイドさんに案内されながら廊下を歩くと、派手な骨董品や前衛的な絵画が至る所に飾られていた。うあー、あんまり話さなかったけど、確かにこういうの好きそうね。
「どうぞ。こちらでお待ちくださいませ。直ぐにお茶のご用意をさせて頂きますので」
「有難うございます」
客室に通して貰い、椅子に腰かけるとメイドさんはドアを潜って行った。
ふと、目線を前に送るとヒラヒラトなびく大きなレース。そして、その先にはクルクルとした男性のシルエットが浮かび上がった。
「使用人よりお話は伺いました。わざわざ、落とし物を届けて下さり有難うございます。貴方のような美しい女性が、よもや心までお美しいとは……神が完璧な美をこの世に送り届けて下さったことに感謝するほかありませんね」
件のクルクルが、レースを緩やかに開けて室内へと入ってきた。
そして、俯いていた視線を、ゆっくりと私の方へと向けたのだが……
「ああああ!!さっきの小娘!どうしてお前がここに?!あの美人でボインなお姉様は!」
「その方から名刺入れを預かってきました……ん?まるで、あの人がここに来る事を予見していたような言い草ですね?」
「当たり前だー!僕は計算して、敢えてあの席に名刺入れを置いてきたというのにー。どうして君のようなちんちくりんが来るんだよ!」
「うわ、最低ですね。人の善意を利用してナンパをするなんて」
「クッソー!今まで一度も失敗したことが無かったのに。このグルテン、一生の不覚だ!」
地団太を踏むグルテンさん。そこに、先ほどのメイドさんがティーポットを運んできてくれた。そして、開口一番に主人に対して宣ったのだ。
「まあ、此処に呼べたところで、一度たりとも成功したことは無いのですがね。女性とのお付き合い」
「婆や!余計なことは言わなくていい。それより、彼女はお帰りだそうだ。速やかに用意していた料理を一式下げてくれ」
「いえ、まだ帰りません。届けたお礼にお話を聞いて下さい」
「嫌だね。僕にそんな義務はない」
「いいじゃございませんか。どうせ、本日は何の予定も御座いませんし。面白い案件かもしれませんよ?」
「嫌だね!こんな子供が持ってくる案件だぞ。どうせ、近所の子供からパイタッチされたとかその程度の低俗な争いに決まっている。ならば、それは君の負けだ。壁を胸とは呼ばないからな」
「パッ、壁!?し、失礼ですよ!さっきもそうでしたけど、人のことを子供扱いして。私はこう見えて16歳です。立派なレディーですよ!」
「実年齢の話をしているのではない。僕のセンサーに引っかかるかどうかの話をしているのだ。その絶壁でレディーを名乗るとは、全国のレディーへの謝罪を要求する」
「はあ。坊ちゃん。これ以上、無用な口を叩くようでしたら婆やが容赦しませんよ」
ジロッとしたメイドさんの視線が向けられると、グルテンさんはビクッと肩を震わせた。
「まあ、いい。その代わり下らない案件だったら直ぐに追い出すからな。さあ、話してみたまえ」
そうして、私は姉の受けた婚約破棄のことと、相手方たる侯爵家について知っている事を話したのでした。
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