上 下
7 / 20

とんでもない提案②

しおりを挟む
「な、なに?え?」

突然の口づけに動揺する由羅を、紫釉は口もとを綻ばせるようにして笑った後で、由羅の右手の甲を指さした。
その指の先を見た由羅は目を瞠った。

「…紋様が消えてる」
「うん、解除したから」
「えっ?そんなこと…あり得るの!?」
「僕は皇帝だからね。聖獣たちの加護を受けているんだよ」

と言うことは由羅を押さえている見えない力もその能力の一つだったのかもしれない。

「これで由羅はもう自由だよ」
「あ、ありがとうございます」

方法はアレだがとりあえず由羅の呪いは解け、自由の身になった。
戸惑いながらも由羅は礼を言った。

「で、由羅は引き受けてくれる?」
「うっ…」
「まさか情に厚い黒の狼が礼もしないなんてないよね」
「うっ…」

紫釉の圧を感じながらも、由羅にお飾り妃が務まるとは思えない。
視線を泳がすと、憮然とした表情の凌空と泰然の姿が目に入った。
明らかに由羅が妃になることに反対だ。

(2人が反対すれば、この変な提案なんて無くなるよね)

「で、でもお二人は納得されてないですよね」
「まぁな。俺は反対だ。いくら強いって言っても所詮女だろ?女に護衛なんてできるわけねーよ」

それに対しては思わずむっとしてしまう。
自分は誇り高き黒き狼の一員だ。
女だからと舐められたままでは一族の名折れである。

「女女って、貴方は私より強いわけ?」
「当たり前だろ?」
「その言葉、黒の狼として聞き捨てなりません。悪いですが貴方に負けるとは思わない」

「へー、随分と強気じゃないか。俺より強いなら認めてやってもいいけどよ。まぁ無理だろうけどな」

「べつに妃になりたいわけじゃないけど…いいですよ。貴方なんて叩きのめしてあげます」
「やってみろや」

そうして泰然が剣を抜く。
由羅はすくりと立って、泰然を見据えた。

がっちりした体躯。
無駄のない筋肉がついていて、動きも早そうだ。
それに男性だけあって一撃が重いと見た。

だが剣は泰然の力を発揮するためだろう長剣で、障害物の多い室内での戦闘は不向きだと由羅は思った。

剣が一番戦いやすいが、これらの事を鑑みるとまともにやり合うより、由羅の身のこなしを活かした戦い方が良い。

(長く撃ち合いしたらきっと押し負けちゃうだろうしなぁ)

由羅はそれらの事を脳内で素早くまとめつつ、室内に転がっていた自分の剣を取り上げて構える。

「いい目をしてるじゃないか」
「それはどうも」

お互い動かない。
しばしの静寂。
だがそれを破ったのは泰然だった。

「はぁああ!」
「!!

泰然が振りかぶった剣を由羅はそれを右に避けて交わす。
ガキンと音がして、目標を失った剣が床にたたきつけられ、そこにヒビが入った。

だがすぐに泰然は由羅の胴を目掛けて打ち込んでくる。

なんとか泰然の剣を受けながらも右へ左へと交わしながら後退していく由羅。
高笑いしながら泰然は由羅を追い詰めていく。

「はっはっ!避けてるだけかよ!」

そして、壁際に追い込まれた由羅はとうとう退路が断たれた。

「口ほどにもないぜ!」

勝利を確信した泰然が、大きく剣を振りがぶり、力に任せて一気に振り下ろす。

(未だ!)

由羅は右に大きく体を捻ってそれを交わしつつも壁を走るように蹴って大きく飛躍した。

そのまま弓形に背を反らせると、泰然の背後へと着地しその首元に短刀を沿わせた。

「なっ…」

泰然が動きを止め瞠目する。

「勝負ありね」

由羅はにこっりそう言って首元の短刀を仕舞うと、泰然ははぁっと息を吐いた。

「くそっ…」
「おやおや泰然も腕が鈍ったのでは?」
「凌空、うるせー。…なんだよ、お前。言いたいことあんのか?」

由羅の視線に不愉快そうに泰然が反応した。

泰然の先の戦いは100%の力量ではなかった。

まぁ由羅の力を舐めてかかってはいたのだろうが、それでも女の自分に怪我をさせない配慮もあったのかもしれない。
かすり傷程度になるような絶妙な位置で剣を振り下ろしてきた。

だが、その事を大っぴらに言っていいものか悩んだ由羅は一言だけ告げた。

「一応礼を言っておくね。ありがとう」
「…ふん」

その様子を紫釉は微笑みを浮かべて見て、その後に凌空に視線を向けて彼の意見を促した。

「分かりました。確かに泰然と互角の人間を放っておくより手元に置いたほうが良いでしょう」

敵に回していつまでも命を狙われるより、手元に置いて監視していたほうがいいという判断なのだろう。

(って、私別にお妃やるって言ってないんだけど…)

なぜ手元に置こうという話になっているのだろう。

「あの…」

「ただし!貴女はあくまでお飾りです。決して陛下を愛することのないように。本当の妃になろうなどと馬鹿な言葉考えないでいただきます」

「いや、愛することはないですし、妃になろうとも思わないですけど。そもそも私は紫釉さんの提案は受けてま…」

せん、と言葉を続ける前に、紫釉がそれを遮った。

「由羅の呪いを解いてあげたのになぁ…」

満面の笑みを浮かべるシウだったが有無を言わさぬような圧を感じる。
それに屈するわけではないが、確かに礼儀を重んじる黒の狼として礼はせねばならない。

「一つ確認ですけど、お飾りでいいんですね」
「もちろん。最低限の儀礼とかには顔を出してもらいたいけど、座ってるだけでいいよ」

ここはもう腹を決めよう。
そう思った由羅は半分焼けバチになりながら答えた。

「分かりました!お飾り妃、精いっぱい務めさせていただきます!」
「じゃあ、よろしくね」

こうして由羅は突然紫釉の妃となることになった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

先生と生徒のいかがわしいシリーズ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:9

【完結】廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:440pt お気に入り:2,619

【完結】【R18】執愛される異世界の姫

恋愛 / 完結 24h.ポイント:362pt お気に入り:323

政略結婚の相手に見向きもされません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:376pt お気に入り:4,398

服を脱いで妹に食べられにいく兄

恋愛 / 完結 24h.ポイント:852pt お気に入り:19

【18禁】聖女の処女を守るため、逆アナルを教えたら、開眼した模様

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,057pt お気に入り:324

痴漢冤罪に遭わない為にー小説版・こうして痴漢冤罪は作られるー

ミステリー / 連載中 24h.ポイント:753pt お気に入り:0

処理中です...