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幕間:カテリナ視点 改
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豪奢な王城の一室。
聖女アリシアは贅沢を極めている。
それを象徴するかのように、部屋には所狭しとドレスや宝石が並べられていた。
室内にはカテリナとアリシアの二人。
あとはカテリナに寄り添うように座っているのは一匹の老犬であった。
「はぁー!全ては私の思うまま!幸せだわ!!」
アリシアはテーブルに置いてあった山ほどの宝石を一つ摘んでは恍惚の笑みを浮かべて言った。
「このダイヤもルビーもパールも!全部私のもの。…ふふふ。見て、これ全部エリオット殿下が贈ってくださったのよ!」
それが愛の証だと主張するアリシアを見てカタリナもふっと笑った。
エリオットがアリシアに骨抜きになっているのは傍目から見てもありありとわかる。
「それで?ちゃんとイリアを殺したのよね」
「もちろんだ」
カテリナは頷く。
最期を見届けてはいないがイリアが逃げ込んだ森は死の森だ。
死の森は森の入り口に足を踏み入れただけでも呪いによって死んでしまう恐ろしい場所だ。
逃げ込んだところで確実に死んでいるだろう。
「ならいいわ。これでエリオット殿下も王太子妃の座も私のもの。早く婚約発表してくれないかしら」
「まぁ焦らなくても今日の夜会はそなたの婚約発表の内定祝いのようなものだ」
「そうよね!」
アリシアはエリオットが選んだというライトブルーのドレスを身に纏い、くるりと一回転した。
裾にあしらわれたラメ入りのレースが美しく揺れ、キラキラと輝いて見えた。
髪をハーフアップにして化粧を施していたアリシアは清楚な雰囲気と共に艶やかさも備わり、エリオットと並べば誰もが似合いのカップルだと言うだろう。
「うん、完璧よね。…ねぇ、この老犬、私の部屋には入れないでって言ったわよね?あーあ、こんなみすぼらしいしい犬、私の部屋には似合わないわ」
アリシアはシュモンを指さし、汚れたものを見るように言った。
そしてアリシアが一歩近づこうとするとシュモンはそれを見て小さく唸った。
「本当、ムカつく犬ね。私が治癒魔法を使って治してやったのに。カテリナのお願いじゃなかったらあんたなんて治さなかった!」
「それについては助かったよ」
「ふん、まぁいいわ」
アリシアはふんと鼻先で笑うと再び鏡で自分の姿を確認している。
トントンとドアのノック音がして、ドアの外からエリオットのくぐもった声が聞こえて来だ。
「アリシア殿、準備はできるかい?」
「はーい!」
スカートをはためかせるようにして小走りにドアへと走ったアリシアは、ドアを勢いよく開け、そのままエリオットに飛びついている。
「おおっと」
それをエリオットが優しく受け止めると、アリシアはギュッと彼を抱きしめた後に彼を見上げた。
「待たせたしまったかい?」
「いいえ!でも早く会いたかったです!」
「それは私も同じだ」
エリオットも愛しいものを見るように目を細めて笑う。
「殿下…この間買ってくださったドレスです。でもこんな素敵なドレス…似合うか不安です」
「貴女にぴったりのドレスだ。…うん、良く似合ってる」
「本当ですか?ふふふ…エリオット殿下がそう言ってくれるなら自信が持てます」
数歩下がってアリシアの姿を見て、エリオットはアリシアに微笑んでそう答えた。
「じゃあ行こうか。来賓客も貴女の美しい姿を見たいと首を長くして待ってる」
「殿下に相応しいと思ってもらえるでしょうか?」
「もちろんだよ。誰も君を婚約者にするのに反対はしない。婚約式は先になるのは…申し訳ないね」
「いいんです!私はエリオット様の側にいれれば!でも…早く婚約したいです」
アリシアがエリオットの腕に手を絡ませながら強請るような甘い声を出す。
「私もだ。…さぁ、本当に行こう。教皇も一緒に行かれますか?」
ようやくカタリナが部屋にいたことに気づいたようで、エリオットは社交辞令的な口調で同行を誘って来た。
二人で睦まじくしている恋人同士の雰囲気を壊すほどカテリナも無粋ではない。
「いや、我は後から行くとする」
「そうですか。では後ほど」
エリオットはそう告げると、再びアリシアに微笑みながらその腰に手を当ててエスコートしながら部屋を出て行った。
部屋は一気に静寂に包まれる。
カテリナは窓ガラスに身を預け、ぼんやりと外を見つめた。
そしてふと思い出したようにポケットから一つの小瓶を取り出した。
イリアに渡そうとした飴の小瓶である、
中には飴に見えるが、実はそれに良く似た白い石が入っているのだ。
角度を変えれば少し白色の濃い月長石にも見える。
(人の命から作られているというのに美しいものだな)
小瓶の傾きを変えれば七色の光がキラキラと石の中で踊る。
その輝きはイリアの真っ直ぐな瞳を思い出させた。
あのままイリアにこの小瓶を飴と言って渡し、彼女が飴を口にすれば確実に殺せたというのに…。
気づけばカテリナは咄嗟にイリアからこの小瓶を取り返してしまった。
「…どうしてそれを止めてしまったのか」
自分の行動が理解できない。
カタリナの計画にはイリアの存在は邪魔でしかないのに。
苦悩するカテリナにシュモンがその気持ちを察してか、慰めるように体を擦り付けて来た。
カテリナはシュモンの元にしゃがむと、そのミルクティー色の毛を丁寧に撫でた。
(それにシュモンも引き取るなど…これは罪悪感からか…)
気持ちよさそうにカテリナに撫でられるシュモンの姿が思い出にある犬の姿と重なる。
カテリナがまだ年端も行かない子供だった時、雇い主に毎日のように殴られていた。
辛さから逃げるようにして、店の裏手で泣いていると慰めるように来てくれる一匹の犬がいた。
カテリナ自身も食べるものも碌に与えられなかったが、店主の機嫌が良い時にはパンを貰えることがあった。
そんな時には犬と分け合ってそれ食べる。
いつしか犬はカテリナにとって友達となり、辛い日々を支えてくれる存在になっていた。
(なのに…殺されてしまった…)
貴族に吠えた。
たったそれだけで「自分に楯突いた」と言って貴族は犬を斬り殺したのだ。
助けることも出来ず幼いカテリナはそれを見つめるしかなかった。
地面に広がる赤いシミを息を止めたまま凝視してカタリナは佇んだことを今でも覚えている。
あの時は犬を助けられなかった。
だから大人になり、貴族をも従えられる権力を手に入れた今、犬を助けるという行為は切り殺された親友への贖罪に感じたのかもしれない。
「少しほだされたか…?」
イリアが自分を良い人だと言ってあまりにも真っ直ぐな目で見るから、思い出さなくていい過去を思い出し、シュモンを引き取ってしまった。
そして極め付けはあの場でイリアを見逃した。
「だが…」
カタリナは小さく呟き目を瞑る。
そして先ほどのアリシアとエリオットのことを思い出す。
二人の仲は疑いようもなく、誰の目から見ても愛し合っている。
伝染病を治すことのできる唯一の存在ということでアリシアは既に貴族を従えることができるほどの権威を持っている。
そして、それを庇護し、聖水を生み出す手助けをしている教会は、今や国政への発言権も強くなって来ている。
アリシアが、言っていた通り彼女が婚約してしまえばこの国の貴族はカテリナによって、事実上掌握されることになる。
「貴族を従え国を動かすのは我だ…」
あの時からずっと願っていた復讐という目的を果たすことができる。
カテリナはシュモンを撫でていた手にある痣を触りながらきつく目を閉じた。
不安要素であったイリアはもう死んだ。
だからあの無垢な目を思い出すこともない。
感傷的になる必要もない。
自分は揺るがない。
この国の富も権力も全てを手に入れる。
カテリナの目には再び野望と復讐の炎が揺らめいたのだった。
聖女アリシアは贅沢を極めている。
それを象徴するかのように、部屋には所狭しとドレスや宝石が並べられていた。
室内にはカテリナとアリシアの二人。
あとはカテリナに寄り添うように座っているのは一匹の老犬であった。
「はぁー!全ては私の思うまま!幸せだわ!!」
アリシアはテーブルに置いてあった山ほどの宝石を一つ摘んでは恍惚の笑みを浮かべて言った。
「このダイヤもルビーもパールも!全部私のもの。…ふふふ。見て、これ全部エリオット殿下が贈ってくださったのよ!」
それが愛の証だと主張するアリシアを見てカタリナもふっと笑った。
エリオットがアリシアに骨抜きになっているのは傍目から見てもありありとわかる。
「それで?ちゃんとイリアを殺したのよね」
「もちろんだ」
カテリナは頷く。
最期を見届けてはいないがイリアが逃げ込んだ森は死の森だ。
死の森は森の入り口に足を踏み入れただけでも呪いによって死んでしまう恐ろしい場所だ。
逃げ込んだところで確実に死んでいるだろう。
「ならいいわ。これでエリオット殿下も王太子妃の座も私のもの。早く婚約発表してくれないかしら」
「まぁ焦らなくても今日の夜会はそなたの婚約発表の内定祝いのようなものだ」
「そうよね!」
アリシアはエリオットが選んだというライトブルーのドレスを身に纏い、くるりと一回転した。
裾にあしらわれたラメ入りのレースが美しく揺れ、キラキラと輝いて見えた。
髪をハーフアップにして化粧を施していたアリシアは清楚な雰囲気と共に艶やかさも備わり、エリオットと並べば誰もが似合いのカップルだと言うだろう。
「うん、完璧よね。…ねぇ、この老犬、私の部屋には入れないでって言ったわよね?あーあ、こんなみすぼらしいしい犬、私の部屋には似合わないわ」
アリシアはシュモンを指さし、汚れたものを見るように言った。
そしてアリシアが一歩近づこうとするとシュモンはそれを見て小さく唸った。
「本当、ムカつく犬ね。私が治癒魔法を使って治してやったのに。カテリナのお願いじゃなかったらあんたなんて治さなかった!」
「それについては助かったよ」
「ふん、まぁいいわ」
アリシアはふんと鼻先で笑うと再び鏡で自分の姿を確認している。
トントンとドアのノック音がして、ドアの外からエリオットのくぐもった声が聞こえて来だ。
「アリシア殿、準備はできるかい?」
「はーい!」
スカートをはためかせるようにして小走りにドアへと走ったアリシアは、ドアを勢いよく開け、そのままエリオットに飛びついている。
「おおっと」
それをエリオットが優しく受け止めると、アリシアはギュッと彼を抱きしめた後に彼を見上げた。
「待たせたしまったかい?」
「いいえ!でも早く会いたかったです!」
「それは私も同じだ」
エリオットも愛しいものを見るように目を細めて笑う。
「殿下…この間買ってくださったドレスです。でもこんな素敵なドレス…似合うか不安です」
「貴女にぴったりのドレスだ。…うん、良く似合ってる」
「本当ですか?ふふふ…エリオット殿下がそう言ってくれるなら自信が持てます」
数歩下がってアリシアの姿を見て、エリオットはアリシアに微笑んでそう答えた。
「じゃあ行こうか。来賓客も貴女の美しい姿を見たいと首を長くして待ってる」
「殿下に相応しいと思ってもらえるでしょうか?」
「もちろんだよ。誰も君を婚約者にするのに反対はしない。婚約式は先になるのは…申し訳ないね」
「いいんです!私はエリオット様の側にいれれば!でも…早く婚約したいです」
アリシアがエリオットの腕に手を絡ませながら強請るような甘い声を出す。
「私もだ。…さぁ、本当に行こう。教皇も一緒に行かれますか?」
ようやくカタリナが部屋にいたことに気づいたようで、エリオットは社交辞令的な口調で同行を誘って来た。
二人で睦まじくしている恋人同士の雰囲気を壊すほどカテリナも無粋ではない。
「いや、我は後から行くとする」
「そうですか。では後ほど」
エリオットはそう告げると、再びアリシアに微笑みながらその腰に手を当ててエスコートしながら部屋を出て行った。
部屋は一気に静寂に包まれる。
カテリナは窓ガラスに身を預け、ぼんやりと外を見つめた。
そしてふと思い出したようにポケットから一つの小瓶を取り出した。
イリアに渡そうとした飴の小瓶である、
中には飴に見えるが、実はそれに良く似た白い石が入っているのだ。
角度を変えれば少し白色の濃い月長石にも見える。
(人の命から作られているというのに美しいものだな)
小瓶の傾きを変えれば七色の光がキラキラと石の中で踊る。
その輝きはイリアの真っ直ぐな瞳を思い出させた。
あのままイリアにこの小瓶を飴と言って渡し、彼女が飴を口にすれば確実に殺せたというのに…。
気づけばカテリナは咄嗟にイリアからこの小瓶を取り返してしまった。
「…どうしてそれを止めてしまったのか」
自分の行動が理解できない。
カタリナの計画にはイリアの存在は邪魔でしかないのに。
苦悩するカテリナにシュモンがその気持ちを察してか、慰めるように体を擦り付けて来た。
カテリナはシュモンの元にしゃがむと、そのミルクティー色の毛を丁寧に撫でた。
(それにシュモンも引き取るなど…これは罪悪感からか…)
気持ちよさそうにカテリナに撫でられるシュモンの姿が思い出にある犬の姿と重なる。
カテリナがまだ年端も行かない子供だった時、雇い主に毎日のように殴られていた。
辛さから逃げるようにして、店の裏手で泣いていると慰めるように来てくれる一匹の犬がいた。
カテリナ自身も食べるものも碌に与えられなかったが、店主の機嫌が良い時にはパンを貰えることがあった。
そんな時には犬と分け合ってそれ食べる。
いつしか犬はカテリナにとって友達となり、辛い日々を支えてくれる存在になっていた。
(なのに…殺されてしまった…)
貴族に吠えた。
たったそれだけで「自分に楯突いた」と言って貴族は犬を斬り殺したのだ。
助けることも出来ず幼いカテリナはそれを見つめるしかなかった。
地面に広がる赤いシミを息を止めたまま凝視してカタリナは佇んだことを今でも覚えている。
あの時は犬を助けられなかった。
だから大人になり、貴族をも従えられる権力を手に入れた今、犬を助けるという行為は切り殺された親友への贖罪に感じたのかもしれない。
「少しほだされたか…?」
イリアが自分を良い人だと言ってあまりにも真っ直ぐな目で見るから、思い出さなくていい過去を思い出し、シュモンを引き取ってしまった。
そして極め付けはあの場でイリアを見逃した。
「だが…」
カタリナは小さく呟き目を瞑る。
そして先ほどのアリシアとエリオットのことを思い出す。
二人の仲は疑いようもなく、誰の目から見ても愛し合っている。
伝染病を治すことのできる唯一の存在ということでアリシアは既に貴族を従えることができるほどの権威を持っている。
そして、それを庇護し、聖水を生み出す手助けをしている教会は、今や国政への発言権も強くなって来ている。
アリシアが、言っていた通り彼女が婚約してしまえばこの国の貴族はカテリナによって、事実上掌握されることになる。
「貴族を従え国を動かすのは我だ…」
あの時からずっと願っていた復讐という目的を果たすことができる。
カテリナはシュモンを撫でていた手にある痣を触りながらきつく目を閉じた。
不安要素であったイリアはもう死んだ。
だからあの無垢な目を思い出すこともない。
感傷的になる必要もない。
自分は揺るがない。
この国の富も権力も全てを手に入れる。
カテリナの目には再び野望と復讐の炎が揺らめいたのだった。
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