リサシテイション

根田カンダ

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第6話 美保子

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 嶋から通信を切断された後《シマー》内のバーチャル世界で美保子は、側で見上げる小さな女の子に優しく話かけた。

「アリサちゃん?パパは私達をデリートするんだって(笑)
 ひどいパパだねぇ~(笑)」

「パパ、いやっ!」

 アリサはそう言って美保子に抱きついた。
 美保子はアリサを抱きしめ、優しく頭を撫でながら

「ママが絶対にアナタを守ってみせる。私の可愛いアリサ。
 ママが絶対に守ってあげるからね!」



 30年前、嶋に依って電脳世界へ転送された美保子とアリサ。
 《リサシテイションシステム》は美保子のお腹の中のアリサの脳内もスキャンしていた。

 テロリストの銃撃を受けた時、『人間』だった美保子はその母性から、お腹を守る様に庇って銃撃を受けていた。

[この子だけは…]

 電脳世界へ転送された後も、『人間』として最期の想いの強さからか、美保子は自分のデータ内にアリサを隠し、自分の存在をも電脳世界の深淵に隠していた。

[誰にも見付からない様に!この子を絶対に守ってみせる!]

 母親の想いは強く、嶋でさえ捜し出す事が出来ない程の電脳世界の深淵に、深く深く身を潜ませた。
 
 子を守る母の本能か、美保子が潜り隠れる為に選んだのは、アメリカ国防総省ペンタゴンだった。
 だが当時のペンタゴンのスーパーコンピューには、2000テラバイトにも及んだ『美保子』を形成するデータを受け入れるには容量不足だった。
 美保子は自身のデータを500テラバイト程に圧縮し、圧縮しきれないデータは、サテライトコンピューターにセキュリティウォールとして潜りこませた。

 

 嶋と匹敵する能力を持つ美保子はそれから30年近く、世界中のハッカーからのハッキングや敵国からのサイバー攻撃からペンタゴンを護り続ける事になり、今尚守り続けている。
 愛する我が子、アリサを守るために。



 その母の愛が、天才ハッカーと呼ばれ、1000テラバイトと言われる人間の脳をもハッキングした嶋の侵入を防いだのだった。
 嶋が『美保子』を捜し出す事が出来なかったのは、『母の愛』に勝てなかったからだった。



 嶋は何度もペンタゴンに侵入しようとしたが

ーーーさすがペンタゴン、ウォールが分厚くなってるーーー

 自らもデータとなり電脳世界に入っていた嶋は、当時全世界のスーパーコンピューターだけでなく、一般端末さえも支配下に置き、電脳世界の帝王の様な存在のデータだった。

 人間であった頃の嶋は、ペンタゴンにすら何度も侵入していた為、ただ単にハッキング対策が極端に強化されたとしか思って居なかった。
 ましてや世界一のハッカーを自負する嶋が侵入出来なくなったペンタゴンに、美保子が入り込んでるとは欠片も思っていなかった。




 その嶋と美保子の子のアリサは、美保子に守られている間、美保子の持つCPUスキルを無意識の内に学んで行っていた。
 更に美保子のデータ内にいる間、スーパーコンピューターは何度もアップデートされ、美保子のスキル以外にも多くを学んで行った。

 美保子がペンタゴンに身を隠し20数年が経った頃、不意に美保子に視界が開け、東京タワーが目の前に現れた。

「えっ?」

 0と1で構成された電脳世界に光はない。情報量の多い電子パルスが、稀に発光はしていたが、それは【見える】のではなく【感じて】いたただけで、ほぼ暗闇の世界だった。
 だが光のない世界も、アリサを守る事だけを考えていた美保子には、大した問題ではなかった。
 大した問題ではなかったが…、ふいに現れた現実としか思えないリアルな明るい世界に、20年以上押し殺していた感情があふれそうになった。
 その時に【声】が聞こえてこなければ。

 美保子にとっての最優先事項。何よりも第一に考えなければならない存在。
 どんな事からも守る為に、自らの【身体】の中に隠し続けて来た愛するアリサ。

「ママ…」

「アリサ?」

「おそと…でたい…」

「おそとは危ないから…もう少しママの中にいて?
 今まで何もなかったのに、急に変な物出て来たから…」

「アリサがつくったの…ママの中でお勉強して…ごめんなさい、怒らないでママ…」

「これを…」


 
[アリサがつくった?これを?]



「バーチャルって言うんでしょ?お勉強したの。アリサいい子にしてたよ?
 お願い、ママ。お外に出たいの…」

「…」

 美保子は悩んだ。少し悩んだ後

「わかったわ…出て来ていいよ。」


 美保子がそう言うと、暗闇の中で何度か感じた事のある発光体が集まり始めた。

 おびただしい数の発光体はやがて、小さな3歳くらいの女の子となった。

「ママ!」

 女の子はそう叫び、美保子に駆け寄ろうとしたが、その前に美保子が駆け寄り、キツく抱きしめた。

「アリサ!アリサ!私のアリサ!
 痛い所はない?怖くはない?ママが見える?」

 美保子は抱きしめ、身体をチェックし、両手で頬を包み、アリサの目をまっすぐ見て心配そうに聞くと、アリサは満面の笑顔で応え

「ママ、ママ、ママ!」

 アリサは美保子の首に抱きついて、ただ、ただ『ママ!』と叫んでいた。

 美保子もキツく、それでもアリサが痛がらない様に優しく抱きしめた。

 


 美保子とアリサはその後【数日間】を、かけっこしたりかくれんぼしたり、ごろごろ転がったり、ただ遊んで過ごした。

「「あははははっ!」」

 2人で丘の草原を転がって遊んだ後、美保子はアリサに尋ねた。

 おそらくはアリサが行っていたのだが、風景がコロコロ変わっていた事。食べ物が現れたり、ぬいぐるみやオモチャ、2人の暮らせる小さな家が、どれも突然現れていた事についてだった。

「このバーチャル世界、アリサがつくったの?
でもアリサはまだ、知らない世界だよね?」

 美保子の中にいたアリサ。生まれる事なく命を失い、世界を目にする事はなかった。
 そのアリサが知らない筈の東京タワーや食べ物、草原を再現した事に、答えを見つける事が出来なかったからだった。

「ママが教えてくれたよ?ママの中にいる時、いつもママが、ぎゅっ!てしてくれて、色んなお話してくれて、色んなの見せてくれたの!色んなお勉強、教えてくれたの!
 だからだよ?ダメなの?」



 確かに美保子はアリサに色んな話をしていた。
 自分の子供の頃、初めて恋をした頃、おいしい食べ物や東京の街並み、嶋…アリサのパパの話。
 色んな話をアリサにしていた。でもそれだけで、現実としか思えないバーチャル・リアリティでの世界の再現を出来るとは思えなかった。
 それに…


 父親である嶋の姿がない。


「パパは?パパはいないの?」

 美保子の問いに、アリサは泣きそうな顔になり

「パパないの…、ぺったんこないの…、パパ、パパ、パパ~…、ぺったんこないの~…。」

「…???ぺったんこ?」

[ぺったんこって…何?]

 データの、電脳世界の事だろうか?美保子は考えを巡らせたが、0と1の組み合わせであるデータ世界は、平面どころか基本的には【無】であった。
 【無】の世界を平面や立体に構成するには、0と1の組み合わせによって組み立てて行くのだが、それは人間や外部からの【入力】と言う【意思】によって可能であり、美保子自身も【無】の中の【無】として、アリサを守り続けてきた。

 故に、【平面】を表現する【ぺったんこ】も存在していなかった。



「アリサちゃん?ぺったんこって…何?
 ママ…わかんないや…」

「ぺったんこでしょーっ!ぺったんこなの!」

 美保子が理解出来ない事に、アリサは不機嫌になった。

 アリサは周囲を東京の景色に変え

「ぺったんこ!」

 海に変え

「ぺったんこ!」

 空や山、草原などの景色だけではなく、車や飛行機、船や動物まで再現し、その度に【ぺったんこ】を連呼してた。

 美保子は混乱と言うより【こんがらがる】状態で、パニックになる事も出来ずにアリサを見つめていた。
 そして遂に考える事を諦め

「うん、ぺったんこだね!ぺったんこにパパなかったね?残念だね?
 ママがぺったんこに、メッ!したげるからね!」

 アリサの顔が、急に明るくなり

「うん!ぺったんこ、メッ!」

 美保子に理解してもらえたと思い安心したのか、アリサはそのまま電池が切れる様に眠ってしまった。

[あぁ…可愛い!嶋にも、智彦さんにもアリサを抱かせてあげたい!]

 眠ってしまったアリサを優しく抱き、美保子は嶋を捜す事を決意した。

[私と一緒に智彦さんも撃たれていた…
 私が意識を失くす前、智彦さんはまだ立っていた!《リサシテイションシステム》を起動させたトコまでしか記憶はないけど、きっと智彦さんも、こっちの世界に来てる筈!
 捜さなきゃ!アリサをパパに会わせてあげなきゃ!]

 アリサの眠りが深い事を確認し、美保子は再びデータの中、電子パルスの中に意識を沈めた。
 ケーブルを伝って世界を駆け巡り嶋を捜す。

[智彦さんもきっと私達を捜してる筈!私が、先に見つけて、驚かせてやろう(笑)]

 美保子は、ワクワクしながら電子の世界を駆け巡った。

[リサシテイション開発中に取ったメンバーの脳データで、智彦さんは2200テラバイトだった!私達みたいにデータを圧縮してCPUに侵入した筈だけど、圧縮にも限界がある!
 容量の大きいCPU…スーパーコンピューターにしか、智彦さんの入り込める場所はない!
 スーパーコンピューター内の、極端に圧縮されたデータ、それが智彦さん!]

 そう信じ、美保子は世界中のスーパーコンピューター内の超圧縮データを捜したが、嶋は見つからなかった。

 美保子とアリサが【命】を失ってから既に20数年…。嶋は既にナノマシンによって現実世界に復活し、そのナノシステムによってスーパーコンピューター『アリサ』。
 スーパーコンピューター『アリサ』は、見た目こそ通常のスーパーコンピューターやサーバータワー型コンピューターと同じ様に見えるが、ナノマシンに寄って組み上げられており、中身の機能は、スーパーコンピューターの数万倍と呼ばれる量子コンピューターだった。
 ただ、数万倍と呼ばれるのは計算速度、処理速度の理論上の数値だけであって、実質的な数万倍の能力となれば、それはデータ容量だった。総合的な能力で言えば、実質的には数十倍程度である。
 それでも『アリサ』の能力は驚異的で、人類が量子コンピューターを実現し、更に『アリサ』の領域に達するには後100年はかかるだろう、完全なオーバーテクノロジーだ。
 現在の世界最大最高レベルと言われる日本のスーパーコンピューター『陽昇』でさえ、『アリサ』には遠く及ばなかった。
 
 その為美保子は『アリサ』に侵入どころか、発見すら出来なかった…。
 出来なかったが

[日本、秋葉原にとてつもない存在がある!]

 『アリサ』の量子エネルギーは感じていた。感じると同時に確信した。

[智彦さんだ!]

 美保子自身が秋葉原に住んでいた事と、嶋もよく秋葉原に行っていたと言ってた事。
 美保子も嶋と同じ様に、『リサシテイション』開発メンバーと《リサシテイションシステム》を探ったが、自身と嶋を含めた全員が死亡し《リサシテイションシステム》も半壊し廃棄され、『リサシテイション』の研究そのものが抹消されていた事。
 それ故に、秋葉原のエネルギーの正体は『嶋』そのものか、『嶋の開発した何か?』と確信していた。

[やっぱり智彦さんだ!智彦さんもリサシテイション使ってたんだ!秋葉原に帰ってたんだ!]

 美保子は歓喜に震えたが…

[じゃあなぜ、私達を捜してくれないの?
 智彦さんなら、すぐに捜し出せる筈!
 でも…もしかしたら智彦さんじゃないかも?リサシテイションの生き残りがいた?]

 美保子はアリサの創り出したバーチャル世界へと戻った。
 アリサはまだ眠っている。
 アリサの寝顔を優しく見つめ

[確かめよう。秋葉原に智彦さんがいるなら、私達を忘れていないから!絶対にそう!
 でも智彦さんじゃなかったら…智彦さんがリサシテイションを使う前に死んでいたら…
 その前にリサシテイションが破壊されてしまってたら…
 調べるしかない!この子の為に!]

 膝で眠るアリサの髪をなでながら、美保子は決意した。

 美保子は眠るアリサを抱き上げ、ベッドへと運んで横たえた後、世界中の衛星をハッキングした。

 気象衛星からスパイ衛星まで。

[エネルギーは、駅の電気街側…秋葉原駅の南に感じる。]

 美保子は無数にある衛星の中から、日本を監視するスパイ衛星の1つを秋葉原上空に設定し、秋葉原、特に電気街のある南側周辺の監視に入った。同時に、自身が入り込んでいるスーパーコンピューターに気付いた。

[ペンタゴンだ!ここはアメリカペンタゴン!アリサの【ぺったんこ】は、ペンタゴンの事だ!]

 美保子は一旦衛星から離れ、ペンタゴン内に嶋のデータが無いか探った。

 あったのは…

 顔を撃ち抜かれた嶋の姿…

 《リサシテイションシステム》が嶋をスキャンした後、ラボを襲った連中にトドメを刺すように顔を撃ち抜かれ、脳を破壊された姿だった…

[アリサはコレを見た?顔がないから…顔を撃たれたから、姿を再現出来なかった?
 もしまだ見てないとしたら、絶対にみせられない!]

 美保子は嶋の死体データを削除した。




 しかしアリサは見ていた。だがそれが自分の父親だとは認識できなかっただけだった。




 続いて美保子は、ペンタゴン内のデータを検索していく中で

 《最重要要注意人物》アメリカにとってのテロリストファイルを閲覧した。

[智彦さん!]

 スパイ衛星による監視対象人物に、『田中学』のデータがあった。
 『田中学』は、嶋だった。


 40年以上前ペンタゴンへのハッキング、侵入を繰り返した『嶋智彦』と同一人物または年齢的にクローン及び実子の可能性あり。
 年齢32歳。福島県南相馬市出身。親族は日本を襲った震災と津波により全滅、唯一の生き残り。
 『嶋智彦』との血縁関係が無い為、『嶋智彦』によるダミーの家系と思われる。

 
 ペンタゴンのデータには、テロリスト級人物として、そう登録されていた。

[私が間違える筈はない!『田中学』は智彦さん!間違いない!
 でも…ペンタゴンにハッキング出来るなら、私達を見付けた筈!
 なぜ来てくれないの?]

 ペンタゴンに美保子が入り込んでからは、美保子自身が無意識に張り巡らせたセキュリティウォールによって、嶋すらハッキング出来なくなっていた。
 それに気づかない美保子は、自分達に会いに来ない、アリサを抱きしめに来ない嶋を

[私達を捨てたのね!]

 そう思い込み、嶋を恨む様になっていった。


 






































 

 






 



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