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13.想い溢れる

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 ゆらゆらと波打つ金糸の髪からハチミツ林檎の香りがふわりと漂う。
 それは愛しき妻ソルフィオーラに顔を寄せれば寄せるほど強く香る。
 まるで甘い蜜に誘われた蜂のよう────白い首筋に口づけると香る花がぴくりと揺れた。

「……甘いな」

 唇に残る蜜の味に、ブルームは思わず声に出してしまった。
 愛しい、愛しいソルフィオーラ。
 何故彼女はこんなにも甘いのだろうか。
 彼女が纏う香りも、彼女の言葉も、彼女の一挙一動も全てが甘く────硬いと思っていたブルームの心の奥を甘やかに突き刺してくる。

「ソフィー……」
「……んっ、ぶるーむ、さま……っ」

 愛称を呼びながらブルームはソルフィオーラの肌にキスの雨を降らしていく。
 胸元に挿し込んだ手で素肌を撫でるようにするりと露出させた肩の華奢さに、いっそう愛しさが込み上げてくる。
 小さな肩を、ソルフィオーラの全てを愛し守りたい。
 ブルームは密かに誓いの証を妻の肩に刻む。

「あっ……」

 甘く声を漏らすソルフィオーラにブルームは顔を起こした。
 小さな肩に、うっ血したような痕がある。
 甘い匂いに誘われた蜂が花の蜜を吸った痕だ。
 鏡を見なければソルフィオーラは気づかないだろう。
 これに気づいた時妻は一体どんな顔をするのか。

 誓いと────貴女は私のものだという愛のしるしキスマークに。

「…………」

 ここでふと我に返った。

(────ハッ!? また私は夢中で……)

 あの夜も逐一可愛らしいソルフィオーラに我を忘れてかぶり付いた結果ああなったというのに。
 キスマークを付けたのも無意識だった。──つけ方は勿論、図書館のあの本からである。
 このままだとまた同じ失敗を辿るところであった。
 冷静にならなければ────

「……ブルーム、さま……?」

 突然降りやんだキスの雨に不安を覚えたのか、ソルフィオーラが窺うようにブルームを見上げていた。
 澄んだ青空色の瞳がうるうると揺れている。
 不安の色が浮かんだソルフィオーラの瞳。だがその奥で何かへの期待が込められているようにも見えた。
 今までは目が合えばすぐにふいっと視線を逸らされていたのに、今はまっすぐに見つめてくれている。

 ────冷静になろうとしていた心はすぐに崩された。

 こんなの冷静になれるわけがない。
 ソルフィオーラが見つめてくれているだけで、心が溢れんばかりの歓喜の渦に飲まれそうになるのに。
 愛しい思いが込み上げきてそれが頂点まで至ったら弾けそうだ。
 しかし弾けたらその思いが消えてなくなってしまうかもしれない……だからきっと、弾けそうになるのを堪えた衝動が体を突き動かすのだろう。
 それでも、思うがままに触れていいわけではない。彼女を傷つけてしまうのはもう嫌だった。

(……優しくを、モットーに……か)

 この時になってノクスの助言が身に染みる。
 とにかく、ソルフィオーラは初めてなのだ(自分もだが)。
 ひどく不安だろうし、緊張していることだろう。
 初めては女性にとって痛みを伴うもの──それ故に緊張し不安になるものなのだと、あの本にそう書いてあった。
 相手の不安を和らげてあげるには、優しく労わるように相手の様子を見ながら触れること────ブルームはそっと妻の頬に触れた。
 それから、極めて冷静に、至極穏やかな音になるよう努めて告げる。

「すまない。……ソフィーに、つい……見惚れていた」

 ……あまりにらしくない声音に肌がぞわぞわと粟立った。こんな声音をノクスに聞かれでもしたら絶対に笑われそうだ。
 そんなブルームに対し言われた妻の反応はというと、不意打ちとも言える夫の言葉に頬を真っ赤に染めていた。まるでグレンツェン自慢の林檎のよう。
 ついでに手で顔を覆いブルームを見つめていた青空が隠れてしまう。
 しまった、と思ったのは一瞬のことだった。

「──そんな……っ、わたくし、見惚れるほどの……ものではないですわ……」

 だって胸も小さいですし……、と付け加えてソルフィオーラがふるふると首を振る。
 ブルームは額を抱えた。────妻が可愛すぎて辛いだなんて。
 やはり冷静になどなれそうにない。次から次へとソルフィオーラへの想いが溢れていく。

 愛しい。愛おしい。愛している。

 そっと自らの顔を覆う小さな手を取り外せば、抵抗することなくソルフィオーラは顔を見せてくれた。
 ぽっと頬を林檎色に染め、困ったように下げられた眉と恥じらいを浮かべた潤んだ瞳。
 間近で絡み合った視線にガシッと胸の奥を掴まれたような感覚を得る。
 初めて出会った夜にも感じたものと同じ……だが、違うのは衝動だった。

「ソフィーは……綺麗だ」
「き、きれいだなんて……! んっ……」

 悶え転がりたかった衝動は、口づけしたい衝動に変わっていた。
 己のものでソルフィオーラの唇を塞ぎ、隙間から舌をそっと挿し込む。
 侵入に驚いて引っ込んだ小さな舌を捕えなぶる様に擦り付けてみると、妻の口から熱の灯った吐息が漏れ出る。

「……ん、ぅ……ぶ、るぅむ……さま……っ」

 熱い吐息交じりに呟かれる名前を聞くだけで耳が幸せだった。
 舌を絡められて不快ではないか、それが不安だったがソルフィオーラの様子からそんな風には感じられない。
 それどころか懸命に答えようと腕をブルームの首に回し深いキスを受け入れている。
 ブルームは密かに安堵した。そしてもう止まらなかった。身体の奥深くにぼっと火が付けられた。
 唇を貪り、舌を絡め、唾液の交換────息も切れ切れになりながら妻と熱く接吻を交わす。

「んっ、はぁ……はぁっ……」

 ゆっくり離れるとそこには蕩けたソルフィオーラの表情があった。
 恥ずかしさで真っ赤になったのとは違う、ほんのり朱に染まった頬。互いの唾液でぬらりと光る半開きの唇。
 控えめな胸元が荒い呼吸に合わせて上下する。

 ────なんて煽情的な光景か。惚れた相手の媚態はどこまでも魅力的だった。
 身体の奥が熱い。灯された火がじわじわと燃え広がって、ブルームの身を焦がす。
 この火はきっと消えることがない。せいぜい沈静化するだけだとブルームは予感していた。

 何故ならこれは愛の炎だから。
 ソルフィオーラを愛し続ける限り消えない。消す必要もないが。
 なんてことを考えるのもやはり自分らしくない。恋はどこまでも人を変えてしまうものなのかと、一部冷静さを取り戻し始めた頭で思った。

「……愛している、ソフィー」
「あ……っ」

 触れるだけの口づけしながら、ブルームは妻の身体を解しにかかる。
 ソルフィオーラの夜着は初夜とは違いきらきらした小さなボタンで閉じられていた。リボンのついた青色の夜着も良かったが、これはこれで良い。
 あの夜着もいつかまた着てくれるだろうか、そんな期待を抱きつつブルームはぷちぷちと一つずつボタンを外していった。
 合計五個のボタンを外し開かれた胸元────控えめな膨らみが目の前に晒される。

「や、あ……っ」

 ソルフィオーラが反射的に目を伏せ顔を背ける。その反動で小さな胸がふるりと揺れた。
 頂上にある桜色の粒を隠すようにそっと手のひらを乗せればソルフィオーラの身体がぴくりと跳ねる。
 ブルームの手の中に納まるほどのそれはまだ硬さの残る若い果実のようだった。
 しかし、握るようにほんの少し力を入れれば指は柔らかい感触に沈んだ。

(……確かに、小さいかもしれないが)

 初夜の時にも見ていた筈だがあの時は夢中になり過ぎていたせいでちゃんと見られなかった。
 今宵改めて思う。

 ────素晴らしい。
 ソルフィオーラらしい可憐な乳房にブルームはしっかり魅了されていた。
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