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25.太陽と騎士の始まり③

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 それが一変したのは、ソルフィオーラの十歳の誕生日での出来事だ。

 ソルフィオーラの十歳の誕生日を祝いに盛大なパーティーが催された。
 主役であるソルフィオーラも金の髪が映える可愛らしいスカイブルーのドレスに身を包み、今年一番のおしゃれをした。ドレスは母から、ドレスと揃いの靴は父からだ。
 侍女のみんなからは新しい本、じぃやからは長い髪を結い上げるためのリボン、エルからは綺麗な青色のブローチをプレゼントされた。
 家族みんなに囲まれてそれはそれはとても幸せなひとときだった。

 だがどんなに幸せで楽しいひとときでも疲れは感じるものだ。
 パーティー会場である食堂を抜け出して向かった中庭。
 そこで家族の皆からもらったプレゼントを眺めてみたり、じぃやに貰ったリボンで髪を結ったりしてもらったりと、エルレインと二人きりで過ごしていた時……それは起きた。

「こんなところにいたのかぁ、エルレイン」

 どこから忍び込んだのか、一人の男がそこに立っていたのだ。
 薄汚れた衣服を身に纏い、焦点の合っていない目をあちこちへと彷徨わせている。見るからに危険だと分かる風貌だった。
 その男はソルフィオーラの傍に立つ彼女の名を呼んだ。知り合いなのかと、恐怖を感じながら見上げたエルレインの顔は青ざめていた。

「……ちち、うえ……さま」

 僅かに開いた彼女の唇から、ぽろぽろと声が漏れる。
 その男はエルレインの義理の父──グラース男爵本人であった。
 だが彼は貴族なはずだ。それなのに、この様相は一体どうしたというのだろう。焦点の合わない目で下卑た笑みを浮かべるその様はどこからどう見ても異常だ。

「こんないいとこでひとり……なぁ、それなりに金をいただいているんだろう? 少し分けてくれよ」

 ────ソルフィオーラがそれを知ったのはあとのことだったが、グラース男爵家は散財による借金が膨れ上がったせいで破産したのだそうだ。それで邪魔になったエルレインを追い出したのである。
 だが彼女に男爵家以外に身よりはない。いつか政略結婚の手駒にしようと考えられていたのか、基本の作法は教えてもらったが生きるために金を稼ぐ方法は知らなかった。
 どうしようかと当ても無く町を彷徨い歩き、絡んで来た男に身体を買われそうになっていたところをソルフィオーラの父サニーズが助けてくれた……というのが、彼女がフランベルグ家にやって来た真相である。

 フランベルグ家はローゼリア王国の経済を支える名門貴族の一つだ。

 ソルフィオーラに付き添い町で買い物をしているところを見られたのか、それとも風邪の噂で聞いたのかは分からない。彼はどこかでエルレインが良い家にいると知り、やって来たのだ。──金をせびるために。

 ソルフィオーラはこの後のことをよく覚えていなかった。
 唯一はっきりと覚えているのは、彼が取り出したナイフの切っ先への印象、恐怖で動けない身体。
 グラース男爵は破産したことで気が狂ってしまったのだろう。そんな彼にソルフィオーラは危うく誘拐そうになったのである。

 そのことに責任を感じたのは、エルレインだ。
 血の繋がりはなくとも、遠い親戚だろうと、どんなに冷遇されようと彼は一応でも自分の父だった人だからと。
 多大な恩を感じている人の愛娘を、そのせいで危険な目に遭わせてしまったから。
 サニーズがどんなにエルレインは悪くないと説いても聞かなかった。彼女は責任を取って屋敷を去ろうとしていた。
 しかしそれを止める主人に、エルレインはこう申し出たそうだ。

『それなら私を……いえ、自分をお嬢様の騎士にしてください。この身を賭けて一生涯御守りしますから……!』

 力強い意志を感じる眼差しに、父は折れた。
 一年だけ騎士学校へ通うことを許されたエルはその日のうちに長い髪を短く切り、そして女性の恰好をすることを辞めたのである。
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