遺言写師はかく語りき

猫野

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本編

17 ほどける理性*

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 セドリックの手で丁寧に外されたチョーカーが、サイドボードに無造作に放られる。リオネルに与えられる感覚は、もうセドリックから与えるもの以外はない。
 セドリックの手のひらが、リオネルの頬を包み込む。吐息ごと奪うように口づけられ、その熱に溺れていく。
 リオネルは、遠慮がちに自分の顔の輪郭をなぞる指先を捕まえ、自らのローブの留め具に誘導した。

「……良いのですか?」

 恥ずかしくて、まともにセドリックの顔が見られない。リオネルは彼の上着のボタンへ視線を落としたまま、無言で小さくと頷いた。
 つい、と顎を掬われ、再び唇を食まれる。唇の感覚に夢中になっている間に、セドリックは片手でローブの留め具を外した。肩から滑り落ちたローブが、ばさりと床に落ちた。

「っわ」

 腰をやや強引に引き寄せられ、ベッドの縁に座らされる。驚いて見上げると、セドリックは大きく息を吐きながらジャケットを脱ぎ、ネクタイを外していた。
 初めて見るセドリックの荒っぽい仕草に、胸が高鳴った。
 シャツ姿になったセドリックが跪き、きっちりと上まで留められたリオネルのシャツのボタンを一つずつ外していく。実家で使用人に世話をされるときとはまるで違う。これから起こることを匂わせる、どこか色気のある仕草だった。
 手持ち無沙汰な右手の甲で、ほとんど無意識にセドリックの頬をそっと撫でる。彼は一瞬手を止め、リオネルを見上げるようにして甘やかに目を細めた。





「……んっ、あ……やだ、そんなところ……汚いから……」
「リオネルさんは、どこもかしこもお綺麗です。……お嫌ですか?」

 控えめに熱を帯びたリオネル自身をひとたび口に収めたセドリックが、足の間から見上げて言った。歯列の奥にのぞく赤い舌が、ひどく扇情的だった。

「い、嫌というわけでは……」

 リオネルは、上気した顔を手で覆い隠した。
 嫌かと問われれば、嫌ではない。ただ、恥ずかしくて、居た堪れないだけだ。
 リオネルは、ベッドの上での作法をほとんど知らない。最低限知識としては学んでいるが、こんなことをするなんて習わなかった。

「っは……あ、はぁ……もう……!」

 セドリックの手練手管であっという間に達してしまったリオネルは、枕に顔を埋めてすんと鼻を啜った。滲んだ涙が、じわりと布地を濡らす。

「リオネルさん……大丈夫ですか? 私が強引に進めすぎたかもしれません。申し訳ありません」
「これは違くて……あの、慣れていないもので……驚いてしまいました。その、あまりに気持ちが良くて」

 リオネルは戸惑っていた。一度彼の前で泣く姿を見せてから、自分でも笑ってしまうくらい簡単に涙が溢れてしまう。悲しくも辛くもないのに。
 セドリックに優しく触れられるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなって、抑えていたなにかが込み上げてくる。気づけばそれが涙となり、出てきてしまうのだ。

「かわいらしい方だ」

 涙の滲む目元へ、セドリックが唇を寄せた。そのくすぐったい感触に思わず笑うと、セドリックもつられるように小さく笑みを溢した。

「……後ろに触れてもいいですか」
「……うしろ?」

 リオネルは不思議そうに首を傾げた。するとセドリックは、リオネルのまろい尻のあわいを、確かめるようにそっと撫でた。

「ひ、ぁ……!」
「失礼、この奥です」

 そうだった。前を咥えられただけでいっぱいいっぱいになっていたが、思い出す。男性同士で結ばれるには、そこを使うのだと。

 ――そんな場所、自分でも触れたことがないのに……。
 リオネルは顔を真っ赤に染め、こくこくと何度も頷いた。

 坐薬の形状をした洗浄剤で後孔を整える。世の中にはこんな便利なものがあるのだなと半ば呆然と感心しているうちに、セドリックの指先が後ろに当てがわれた。

「気分が悪くなったら、すぐに仰ってください」
「……はい」

 セドリックは指を一本ゆっくりと挿入した。背筋がぞわりと粟立つ。
 はじめは違和感が強かった。だが、指を絡めるように手を握られ、とろけるような口づけをされるうち、じわじわと未知の感覚が首をもたげ始めた。

 ――どうしよう、変な声が出そう……。
 口元を押さえて誤魔化そうにも、セドリックに手を取られ、様子を窺うようにじっと表情を見られているのでは叶わない。かといって唇を噛めば、やんわりと窘められてしまう。

「ンッ、ぁは……あっ」

 自分の意思とは関係なく、鼻に抜ける甘い声が漏れるのを止められない。

「声は我慢せずに出してください。恥ずかしいことではないですから」
「……っ、でも、変……」
「変だなんてとんでもない。……あなたのことを、もっと知りたいのです」

 艶のある低い声で囁かれ、リオネルは根負けしたように頷いた。

 一度理性を手放してしまえば、不思議と強張っていた肢体が弛み、快感を素直に受け止められるようになった。

「……ぁ、セドリックさんも脱いで……」

 セドリックは服すら乱れていないのに、こちらばかり痴態をさらしているようで気恥ずかしい。
 リオネルが小声で呟くと、セドリックは一瞬眩しそうに目を細めた。
 セドリックの裸体があらわになる。リオネルは思わず視線を奪われた。間接照明に照らされた筋肉の凹凸が、美しい陰影を描き出す。それが鍛え抜かれた実用的な体であることは、素人目にも明らかだった。
 そのまま素肌で抱き合うと、セドリックの高い体温が直に伝わってくる。それだけで、胸の中が深く満たされた。

「ふ、ぅん……あっ、や、ああ……!」

 徐々に、そして確実に昇りつめていく感覚に、思わず頭を振る。喉を反らせ、ぎゅっと体を縮こませて絶頂に堪えるリオネルの額に、セドリックは愛おしげに口づけた。

「お上手です」
「んんっ……セドリックさん……」

 腸壁を愛撫していた指が抜かれる。その感覚にすら、リオネルの体は快感を拾ってしまう。
 甘やかすような口調とは裏腹に、セドリックの熱が強く主張しているのがわかった。
 リオネルとてこの先の作法はわかっている。それを自分の中に埋めるのだ。
 あんな大きなものを受け入れるのかと思うと、正直恐ろしさもある。でもそれ以上に、彼と成し遂げたい、一つになりたいという思いが先立った。それに、彼にもまた、満ち足りた時間を分け与えてあげたい。
 手を伸ばし、スラックスの上からセドリックの中心にそっと触れる。

「リオネルさん……っ 」
「……欲しいです、セドリックさんの……」
「っ、あまり煽らないでください……」

 マットレスが軋み、セドリックが覆い被さる。鼻先が触れ合いそうな距離で、掠れた声が囁いた。
 
「ですが、それは今度にしましょう。私たちはゆっくり進むべきです」
「……そう、ですね」
「ええ、時間はたくさんありますから」

 リオネルの中に薄くかかっていたもやが、晴れていくような気がした。今この瞬間に固執しすぎていて、セドリックとの関係を焦っていたのかもしれない。
 リオネルは名告げ人だ。他人の感情には敏感な自負がある。だが自分のこととなると、抑え込むことに必死で、感情の本質に目を向けることはほとんどなかった。そんな自分でも気づいていなかった感情を、セドリックは見抜いた。そのことに、リオネルはひどく感銘を受けた。

 スラックスの前をはだけさせたセドリックが、リオネルの首筋を愛撫する。まだ真新しい傷が、かすかに疼いた。
 
「あとで、手当てをしましょう」
「ん……」

 セドリックは、緩く立ち上がるリオネル自身と、自らの昂りを大きな手で重ねて握った。そのまま、同時に擦り上げる。
 リオネルのすすり泣くような甘い声と、セドリックの荒い呼吸が重なり合う。やがて、二人はほとんど同時に果てた。

 セドリックの胸板に頬を寄せる。しっとりと吸い付く素肌の感触と、香り立つ匂いが心地良い。微睡まどろみの中、こめかみに落とされた温もりが、柔らかく眠りの縁へとリオネルを誘った。
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