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二学期

フリメール⑤・完全論破

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「カトリーヌはまごう事なきオルレアン家の者である。我が娘に手出しはさせん」

 その一言は謁見の間にいた誰にも有無を言わさない程の迫力があった。

 娘! 今娘って言った! 旦那様がわたしの事を……!
 可愛がっては頂いたと思う。特別な扱いも心当たりがある。けれど旦那様が明言したのは今が初めてだった。しかも国の重鎮が揃うこの場での宣言がどれほど重要な意味を持つかは分かっている筈なのに。まるで決意表明のようでわたしは強く心打たれた。

 旦那様は……わたしを公私共に認めてくださるつもりなんだ!

「ジョルジュ貴様、闇の忌み子を生んでおきながら教会にも陛下にも報告しなかったのか!?」
「私は始末をつけたつもりだったのだがな。エルマントルドの執念に押し切られてしまったな」

 正気を疑う勢いでナバラ公は旦那様にくってかかるものの、旦那様は平然とした様子で顎を撫でる。ナバラ公はアランソン公や陛下方に視線を映らせていくものの彼の期待する反応はさせていなかった。常識と照らし合わせるとナバラ公の反応が真っ当なだけに異常さが際立っていた。

「おのれ……っ。全ては貴公が仕組んだものか! 神への完全なる背信行為だぞ!」
「ふむ、しかし私の記憶が正しければどの経典にもそのようには記されていなかったが」
「貴公は何を言っているんだ? 闇の忌み子は教会が異端だと――」
「ほう、では教会が神の代理人として闇を抱えて生まれた子を捌くと申すのだな?」

 この発言、問題提起にも繋がりかねないから内心はらはらする。

 確かに闇の申し子は神様の教えを記したとされる経典では悪と見なされていない。あくまで宣教師達が神様の教えを布教しやすいように神に背く者としてつるし上げられただけの話だ。まるで多神教の神々を創造神の教えに刃向う悪魔だと仕立て上げるように。
 ただなあ。宗教的解釈って時代と共に変動していくしなあ。昔は善だった考えが今になって異端、悪だと認定される場合もたまにあるんだ。酷い時なんて王室の王権や商人の財力と癒着して都合の良い解釈を並び立てるし。免罪符で救われるなら苦労しないっての。

 だから旦那様は仰っているんだ。闇の申し子が悪とされているのは神の意志ではない、と。

「私も教会に都合の悪い存在を異端だと一括りにして排除するのはいかがなものかと愚考しますがね」
「貴様等ぁ! 言うに事欠いて……!」

 旦那様もアランソン公も言いたい放題である。いくら王国が教会の権威に屈しているわけではなくても教会の影響力は根強い。教会を挑発して破門だとか異端だとか宣告されたらいかに公爵家と言えどもただでは済まないのに。そんな危険を顧みずにわたしを守ってくださるのか……。

「失礼、国王陛下。発言をしても?」
「許す。意見があるなら述べよ」

 あまり建設的でない御三家当主の言い争いが繰り広げられる中、今まで口を閉ざしていた聖職者が徐に手を挙げる。陛下が軽く頷くと聖職者は軽く咳払いをし、一歩前に踏み出した。彼が視線を向けるのは三人の公爵であり、中央で膝をつくわたしには見向きもしない。

「それでは僭越ながら……オルレアン公爵閣下。闇の忌み子は神の怨敵ですよ」

 経典には神はまず虚無に光をもたらして昼を創られ、それから大地、河、空、植物に動物、そして御身を模して人は創られたと経典は書かれている。よって闇をもたらす者は神に創造されたわけではないから神の敵である。聖職者はそんな創世を御高説下さった。
 概ねその内容は私世界の一神教宗教の創世記を踏まえている。私が似たような感じに設定したんだから当然だけれど、それにしては妙に闇や夜といった言葉を敵対視しているな。旦那様もそれが気になったのか、わずかに眉をひそめる。

「その解釈が随分と広まっているようだな。しかし原書に近い古き訳本では神は無を二つに分けて昼と夜を創られたとあるぞ。闇を持った者も等しく神の子と言えるのではないかな?」
「公爵閣下とあろうお方が嘆かわしい! それはとうの昔に偽書として異端認定されたではありませんか!」

 それがアランソン公閣下が仰っていた都合の悪い存在を異端だと一括りにして排除している所業なんじゃないかしらね? 神を絶対視するあまり独りよがりになっているって言うか、信じる対象がまるで創造神ソレーヌその人ではなく教会が造り上げた宗教になっているって感じ。
 「おお神よ、お許しください」と嘆きながら天を仰く聖職者は明らかに自分に酔っていた。わたしも神様は信じているしその教えは尊く、人生の道標だって考えている。それでもここまで強く、そして人の意見も聞けない程の信仰心は無い。

「やれやれ、実に残念ですよ。公爵閣下ならもっと賢明な判断をして下さると思っていましたが……こうなっては仕方がありませんか」
「王都に派遣された異端審問官達にカトリーヌを捕らえさせるつもりか」

 異端審問官! 『双子座』ではそんな役職不要だから設定は全く考えていなかった。神の教えに反した異端者を捕らえ、審問という名目で拷問して魔女だと自白させ、最後は亡骸が灰になる火刑に処する。そう勝手な印象があるのだけれど。
 強行手段に打って出られたらそれこそわたしの生活模様が一変してしまう。教会の権威が及ばないオルレアン邸で生涯を過ごす破目になるかもしれない。いや、下手をしたら世論を誘導してオルレアン家を闇に魅入られし呪われた血筋みたいに言われたら……。

「枢機卿ともあろう者が随分と短絡的なものだ」
「何とでも仰るといい。閣下もこの魔女めを庇い立てした件については教会で入念に審議させていただきますぞ」
「神の名を騙り歪んだ思想を押し付けられようと私はお前達に娘を差し出すつもりは無い」

 枢機卿って随分と位が高いな。まあこの場に出そろっているのが王国の重鎮達だし、教会を代表して足を運んでくるなら王国内で一番偉い人が来るよね。しかしそれ程の地位を持つ者が闇を悪だと決めつけているとなると、教会全体がその考えで支配されていると見なしていいかもしれない。
 嫌な想像ばかり頭に過って不安と恐怖ばかりが積もっていく。けれど旦那様は余裕な様子を全く崩す気配が無かった。平然とした旦那様に聖職者はさすがに苛立ちを見せ始める。
 旦那様はそんな彼を尻目に上席へ……いえ、王妃様の傍らにいるジャンヌへと視線を向けた。

「ふ、ふふふ……。あっははははっ!」

 それを合図としたのか、ジャンヌは高らかに笑い始めた。
 その様子は滑稽な三文芝居でも眺めていましたって感じで。腹を抱えて目じりに涙が滲む様子は笑いすぎだって言いたくなるぐらいに。

 張り詰めた空気に支配されていた謁見の間に彼女の笑いが響き渡る。ナバラ公と聖職者は見物なぐらい間の抜けた顔をさせていた。

「カトリーヌが神の敵ぃ? おかしくってお腹が捻じれそうだわ!」
「……何がおかしいのですかなジャンヌ様」

 笑われた聖職者は露骨に不快感を露わにさせたものの怒りをどうにか堪えていた。ああ、そう言えばジャンヌは光属性持ち、つまり神に遣わされた光の申し子だったものね。枢機卿猊下は旦那様にすら強気な態度が出来てもジャンヌをぞんざいには扱えないって奴か。

「ふふっ。ねえカトリーヌ、建国節の時妹達と大聖堂に行ったのよね?」
「えっ? あ、うん」

 そんな彼の我慢を一瞥すらせずにカトリーヌはわたしを見つめ、心に沁み渡る程の優しい口調で問いかけてきた。思わず礼儀を忘れてわたしも返事を返してしまう。何で唐突に夏休みの一幕を問い質してきたのか疑問符を浮かべていると……、

「そこでカトリーヌったらソレーヌに泣きつかれたのよねー」
「いやソレさすがに言い方が悪いよ。ソレーヌはわたしにお願いしに来ただけで……」

 とまで口にしてやっと気付いた。
 慌てて口を噤んだ所でもう取り返しが付かなかった。

 その場にいた旦那様やお母様を始め、アランソン公もナバラ公も、国王陛下ですら驚きのあまり目を見開いてこちらに注目してきていた。ただ一人自分の思う通りになって笑いをこらえるジャンヌを除いて。

 ジャンヌぅ! こんな重大な場面で暴露しなくたっていいじゃん!

「カトリーヌさん……。神に、創造神ソレーヌにお会いしたのですか?」

 沈黙を破ったのは王妃様だった。
 陛下の御前でしらを切るのは不敬を通り越して大罪でしょう。かと言ってわたしが創造神ソレーヌって認識した存在が本当にみんなが信仰する神様かは正直自信がない。この場の言い逃れのために大法螺を吹いておいて後で罰が当たったら本末転倒だし。
 けれど、ここを乗り切るにはジャンヌが立てた波に乗るしかなかった。

「……はい」
「そ、それでは神はカトリーヌさんにどのような啓示を?」
「我が子に救いを、とのお言葉を頂きました」

 啓示、確かにアレは啓示とも呼べるのか。物は言い様だ。いいのかなぁと内心苦笑いを浮かべていると檀上のジャンヌから鋭い眼差しを向けられた。彼女の瞳は「黙っていなさい、これからいい所なんだから」と語っていた。

「でたらめを言うな小娘! 神の言葉を騙るなど悪魔の所業に他ならない……!」
「――黙らぬか枢機卿。もう良い、下がれ」

 混乱と憤怒で声を張り上げる聖職者は陛下から飛んできた重い一言で沈黙を余儀なくされる。

「ジャンヌが光を、カトリーヌが闇を。オルレアン家に生を受けた双子姉妹が対極の属性を持つのも神の意図かもしれぬ。神より使命を授かったカトリーヌの排除こそ大罪である」
「しかし陛下! この者は闇を……!」
「余は下がれと申したぞ枢機卿、二度は言わぬ。異論があるなら教会に持ち帰り再審議するのだな」
「……っ。御意でございます」

 聖職者はこれでもかってぐらい憎しみを込めてわたしを睨みつけながら謁見の間を後にする。残された者達の反応は様々だったけれど、一番この場を支配していたのは他でもなくジャンヌだった。彼女はいつものように優雅さと余裕さが備わった微笑みを浮かべて締め括る。

「カトリーヌは無罪で完全論破。これにて一件落着ですね」
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