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Interlude1 アレクサンドラのその後
公爵令嬢コンスタンサの覚醒(後)
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「お初にお目にかかります。今日よりこちらの公爵家のお世話になり、ご奉公させていただきます。名をセナイダと申します」
それから程なく、妃殿下の仰っていた教師が公爵家の屋敷にやって来ました。さすが妃殿下が紹介なさるだけはあり一目置かざるをえない点が多々あり、多くの知識を吸収するかいがありました。
ただ、どういうわけか彼女は地味なんですよね。いくらお母様と同じぐらいの年代だからってもう少しオシャレしてもよろしいのに。尋ねたこともあるのですが、夫がいない異国の地でそんな真似しても意味が無いから、と一蹴されましたよ。
「またアレクサンドラ様は……。ご迷惑だったのでは?」
「夫も呆れていましたね。ですがわたしは命令だから来たわけではありません。またあの日のような波乱の一端を担えるのか、と思って嬉しかったのです」
「そう。でもあの日にあの方の懐刀だった貴女が娘の教育係として来たのなら……」
「わたし共の預かりしれない『天啓』でも得たのでしょう」
真夜中にお母様とセナイダがそのような会話をしているのをたまたま耳にしました。天啓、とぼかしていましたが、間違いなくお二人共私に破滅が舞い降りようとしていることに疑いを持っていませんでした。
私がカルロス様に捨てられる? カルロス様が心変わりしてしまうの?
嫌だ、渡したくない。
私が一番カルロス様を知っていますし、同じ時間を過ごしているんです。
カルロス様に相応しいのはこの私なのですから……!
嫉妬と呼ぶ感情を抱いたのは生まれて初めてでした。しかし同時にこの嫉妬をどうして抱いたのか、を改めて分析すると、信じたくない事実に気がついてしまいました。否定しても拭えなくて、愕然としたものです。
(私、カルロス様を愛していたのかしら……?)
彼へ好意は抱いていました。添い遂げようとも思っていました。彼との子宝を授かる行為だって問題無いでしょう。それから私が天に召される時は彼がそばにいて手を握ってくれたら嬉しい、とまで夢見ていました。
ですが……それは果たして愛と呼べる想いを抱いていたからか、と言われたらそうでは無かった気がします。
もちろん婚約関係、婚姻を経て徐々に育んでいく愛もあるでしょう。そもそも貴族間の婚姻は政略的な面もあって、愛がなくても成立してしまう悲しい関係だって何も支障はありません。極端な話、私は子を生んで笑顔を振りまいていれば充分ですから。
私は王妃になるのが当然だと思っていました。そうなるために生まれてきたのだとも考えています。カルロス様に見捨てられることは存在意義を失うも同然なので、不快に思うのは当然です。当然ですが……それは、私の我儘ではないでしょうか?
そんな複雑な思いを抱き続け、私は彼女に出会ったのです。
男爵令嬢アンヘラ。彼女をひと目見た瞬間、私は決定的な絶望を味わいました。
ああ、私は決して彼女には勝てないだろう、と。
……そして今に至ります。
どうやら私はカルロス様とアンヘラが仲良くしている様子を目の当たりにした後、人目のつかないところで気絶したそうです。私の異変に気づいたのは隣国より留学していらっしゃったレオン様で、彼が私を公爵邸に連れて帰ってきたそうです。いつになく慌てた様子だった、と侍女が申していました。
数日間寝込んでいる間、私は不思議な夢を見ました。天まで届くような巨大な塔が並び、鋼鉄の車が走り、貴族という身分が廃れた世界で、私は世界全体を舞台に活躍していました。子や孫に恵まれ、夫にも愛され、部下にも慕われる。充実していました。
まるで一人の人生を追体験したかのような錯覚。しかし決して夢ではありません。なぜなら夢の中の私の経験と知識が記憶として私の頭に刻み込まれていたからです。あまりに濃厚すぎて危うくコンスタンサという自分すら塗りつぶされるほどでした。
そんな夢の中の記憶が私に叫んでいました。ここは『どきエデ2』と呼ばれる乙女ゲームの舞台そのもので、この私がなんと悪役令嬢である、と。あろうことかあの男爵令嬢アンヘラとの恋の駆け引きに破れ、破滅する、と。
「お目覚めになりましたか、お嬢様」
そしてその前世、と仮称しましょう、の知識が王妃になったあの方……いえ、前作の悪役令嬢だった筈のアレクサンドラが遣わした家政婦長が、本来この場にはいない人物である、と告げていました。
「で、前作悪役令嬢がどうして貴女を私に仕えるよう出向させてきたの?」
「勿論、次回作悪役令嬢である貴女様を監視するためです」
問いただすと思った以上にあっさりと真相を暴露してくれました。分かったのはアレクサンドラが『どきエデ1』の脚本を覆して勝利を収めたこと。『どきエデ2』を台無しにする介入をするつもりがないことでしょうか。
いいでしょう。いかに王太子妃教育を受けたとはいえ所詮これまでの私は小娘。ですが世界を相手にした妙齢の淑女の経験を得た今、たかが若造ごときに遅れは取りません。いかにアンヘラが魔性の女、すなわちヒロインだとしても、勝つのは私です。
「アレクサンドラには指を加えて見ていなさいと伝えなさい。『どきエデ2』はこの私、悪役令嬢コンスタンサが台無しにする、と」
「仰せのままに」
さあ、『どきエデ2』の開幕といきましょう。
未来に思いを馳せ、私は高らかに笑うのでした。
……そんな私がレオンに恋路で振り回されるなんて、夢にも思いませんでしたがね。
それから程なく、妃殿下の仰っていた教師が公爵家の屋敷にやって来ました。さすが妃殿下が紹介なさるだけはあり一目置かざるをえない点が多々あり、多くの知識を吸収するかいがありました。
ただ、どういうわけか彼女は地味なんですよね。いくらお母様と同じぐらいの年代だからってもう少しオシャレしてもよろしいのに。尋ねたこともあるのですが、夫がいない異国の地でそんな真似しても意味が無いから、と一蹴されましたよ。
「またアレクサンドラ様は……。ご迷惑だったのでは?」
「夫も呆れていましたね。ですがわたしは命令だから来たわけではありません。またあの日のような波乱の一端を担えるのか、と思って嬉しかったのです」
「そう。でもあの日にあの方の懐刀だった貴女が娘の教育係として来たのなら……」
「わたし共の預かりしれない『天啓』でも得たのでしょう」
真夜中にお母様とセナイダがそのような会話をしているのをたまたま耳にしました。天啓、とぼかしていましたが、間違いなくお二人共私に破滅が舞い降りようとしていることに疑いを持っていませんでした。
私がカルロス様に捨てられる? カルロス様が心変わりしてしまうの?
嫌だ、渡したくない。
私が一番カルロス様を知っていますし、同じ時間を過ごしているんです。
カルロス様に相応しいのはこの私なのですから……!
嫉妬と呼ぶ感情を抱いたのは生まれて初めてでした。しかし同時にこの嫉妬をどうして抱いたのか、を改めて分析すると、信じたくない事実に気がついてしまいました。否定しても拭えなくて、愕然としたものです。
(私、カルロス様を愛していたのかしら……?)
彼へ好意は抱いていました。添い遂げようとも思っていました。彼との子宝を授かる行為だって問題無いでしょう。それから私が天に召される時は彼がそばにいて手を握ってくれたら嬉しい、とまで夢見ていました。
ですが……それは果たして愛と呼べる想いを抱いていたからか、と言われたらそうでは無かった気がします。
もちろん婚約関係、婚姻を経て徐々に育んでいく愛もあるでしょう。そもそも貴族間の婚姻は政略的な面もあって、愛がなくても成立してしまう悲しい関係だって何も支障はありません。極端な話、私は子を生んで笑顔を振りまいていれば充分ですから。
私は王妃になるのが当然だと思っていました。そうなるために生まれてきたのだとも考えています。カルロス様に見捨てられることは存在意義を失うも同然なので、不快に思うのは当然です。当然ですが……それは、私の我儘ではないでしょうか?
そんな複雑な思いを抱き続け、私は彼女に出会ったのです。
男爵令嬢アンヘラ。彼女をひと目見た瞬間、私は決定的な絶望を味わいました。
ああ、私は決して彼女には勝てないだろう、と。
……そして今に至ります。
どうやら私はカルロス様とアンヘラが仲良くしている様子を目の当たりにした後、人目のつかないところで気絶したそうです。私の異変に気づいたのは隣国より留学していらっしゃったレオン様で、彼が私を公爵邸に連れて帰ってきたそうです。いつになく慌てた様子だった、と侍女が申していました。
数日間寝込んでいる間、私は不思議な夢を見ました。天まで届くような巨大な塔が並び、鋼鉄の車が走り、貴族という身分が廃れた世界で、私は世界全体を舞台に活躍していました。子や孫に恵まれ、夫にも愛され、部下にも慕われる。充実していました。
まるで一人の人生を追体験したかのような錯覚。しかし決して夢ではありません。なぜなら夢の中の私の経験と知識が記憶として私の頭に刻み込まれていたからです。あまりに濃厚すぎて危うくコンスタンサという自分すら塗りつぶされるほどでした。
そんな夢の中の記憶が私に叫んでいました。ここは『どきエデ2』と呼ばれる乙女ゲームの舞台そのもので、この私がなんと悪役令嬢である、と。あろうことかあの男爵令嬢アンヘラとの恋の駆け引きに破れ、破滅する、と。
「お目覚めになりましたか、お嬢様」
そしてその前世、と仮称しましょう、の知識が王妃になったあの方……いえ、前作の悪役令嬢だった筈のアレクサンドラが遣わした家政婦長が、本来この場にはいない人物である、と告げていました。
「で、前作悪役令嬢がどうして貴女を私に仕えるよう出向させてきたの?」
「勿論、次回作悪役令嬢である貴女様を監視するためです」
問いただすと思った以上にあっさりと真相を暴露してくれました。分かったのはアレクサンドラが『どきエデ1』の脚本を覆して勝利を収めたこと。『どきエデ2』を台無しにする介入をするつもりがないことでしょうか。
いいでしょう。いかに王太子妃教育を受けたとはいえ所詮これまでの私は小娘。ですが世界を相手にした妙齢の淑女の経験を得た今、たかが若造ごときに遅れは取りません。いかにアンヘラが魔性の女、すなわちヒロインだとしても、勝つのは私です。
「アレクサンドラには指を加えて見ていなさいと伝えなさい。『どきエデ2』はこの私、悪役令嬢コンスタンサが台無しにする、と」
「仰せのままに」
さあ、『どきエデ2』の開幕といきましょう。
未来に思いを馳せ、私は高らかに笑うのでした。
……そんな私がレオンに恋路で振り回されるなんて、夢にも思いませんでしたがね。
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