9 / 10
第9章「“声”を聴いた日」
しおりを挟む
第9章「“声”を聴いた日」
📘 Scene 9‑1|澄乃、“その声”にふれる
──それは、ほんの何気ない昼下がりだった。
教室の窓際、午後の光が斜めに差し込んでいる。澄乃は窓枠にもたれかかるようにして、誰かの投稿をスクロールしていた。けれど、目の前にある文字はただの記号のようで、心には入ってこなかった。
そんなときだった。
「それ、俺も前に言ったことある」
突然、背後から声が降ってきた。低く、でも不思議と静かな響きを持ったその声に、澄乃の指が止まる。振り返ると、そこには伏見駿が立っていた。無表情で、けれどほんの少しだけ、目だけが何かを確かめるように揺れていた。
彼の言葉は、まさに──DMで交わしていた“あの文”と一致していた。
澄乃の喉が詰まった。視界が揺れたような気がした。
「あなたですよね?」
心の中で呟いたその言葉は、唇まで上ってきて、けれど声にはならなかった。ただその代わりに、手がスマホを握りしめていた。まるで、もう一度DMを送る準備でもしているように。
けれど澄乃はわかっていた。
──もう、文字じゃない。この人の声が、私に届いた。
駿は澄乃の反応をじっと見ていたが、何も言わなかった。ただ、彼の目の奥に、名前を呼ばれることへのかすかな怯えが宿っていた。
言葉が“正体”に変わる。
それが、どれだけ怖いことかを、ふたりは知っていた。
📘 Scene 9‑2|駿、“言葉になった自分”を聴く
教室がざわめく中、澄乃はそっと尋ねた。
「あなたの、言葉…好きでした」
駿の胸で、言葉がゆらりと波打つ。
彼の心臓が、その音に呼応した。
一瞬の沈黙。
──自分の言葉が、誰かの心に届いていたのだと。
それをリアルな声で聞くのは、駿にとって、世界が重くなるほどの「実在」だった。
彼は軽く息を吐き、目を細めた。
「俺…言葉、選びすぎたかもしれない。
でも、それが誰かの中で”生きてた”のは──嬉しいと思ってる。」
澄乃は微笑む。
短い、その瞬間さえ、駿にとっては確かな希望の音だった。
場面は変わり、同じ教室の片隅。
声になった詩が、安心と不安の間を漂う。
駿は初めて、自分の言葉が「存在証明」であり「誰かを救う力」があると感じたのだろう。
その感覚は、孤独を反転させるほど強烈だった。
📘 Scene 9‑3|凛太郎、妹の言葉に“かつての自分”を聴く
夜のアパート。
凛太郎は机に頬杖をつき、スマホを手にしていた。
澄乃の新しい詩がタイムラインに流れてくる。
短く、抑制され、それでも深く差し込んでくる言葉たち。
そのリズムに、彼は立ち尽くした。
──これ、俺が昔書いてた言葉の拍動だ。
記憶が開く。
高校生の自分が、夜更けにスマホのメモ帳に向かっていたこと。
誰かに届いてほしくて、でも届くのが怖くて、名前も伏せたまま綴った数行の詩。
「君の不安が、僕を生かした」
その一節が、澄乃の投稿に反響していた。
彼女は知らなかったはずだ。
凛太郎の書いた言葉も、文体も、存在も──でもなぜ。
「……澄乃、君は」
囁くように呟いて、凛太郎は微かに笑った。
「俺の言葉、生かしてくれてたんだな」
それは感謝でも、後悔でもなく、ただ静かに宿った確信だった。
言葉は死なない。誰かが覚えている限り。
📘 Scene 9‑4|慧、“わたしも聴いてた”と告白する
放課後の教室。
静まりかえった空間に、机を拭く澄乃の背中。
その後ろで、慧が立ち尽くしていた。
何かを言おうとして、言葉が出ない。
「……ねえ、澄乃」
その声に澄乃が振り返る。慧は、目を伏せたまま言った。
「鍵アカの人の詩、ずっと見てたの。なんか……すごく、好きだった」
澄乃の瞳がわずかに揺れる。
慧は続けた。
「最近、それが……澄乃の言葉だった気がして。違ってたらごめん。でも、たぶん、そうで……」
言葉がほどける。空気がほどける。
その隙間で、澄乃は小さく笑った。
「ありがとう、慧ちゃん」
それだけだった。
でも慧は、それだけで、何かが許された気がした。
──ずっと見ていた。
──あなたが書いた言葉を、私は聴いていた。
この瞬間、ふたりの間には言葉以上のものが届いていた。
無言の共鳴。名前を呼ばなくても、わかるということ。
📘 Scene 9‑5|“声”を聴いた日
帰宅後、澄乃はスマホを見ずに机に向かった。
明かりもつけず、カーテンも開けたまま。
その静けさは、まるで誰かの気配を待つようだった。
鞄からノートを取り出す。
いつも投稿用に下書きをしていた、小さな黒い罫線ノート。
開いたページに、ペンを走らせる。
音が、静寂を割る。
「声は、いつも届いていた」
それだけを書いて、ペンを置いた。
画面に打ち込まれることのなかった言葉。
投稿されなかった詩。
──けれど、それは確かに“返信”だった。
読まれなかった投稿に対する、静かな返事。
届いたときよりもずっと後に、遅れてきた応答。
ナレーションが、物語を結ぶ。
「それは、読まれなかったわたしの投稿への返信だった」
声は、画面の向こうからやってきたのではない。
声は、ずっとここにあった。
そして今、それを聴いたのは――わたしだった。
📘 Scene 9‑1|澄乃、“その声”にふれる
──それは、ほんの何気ない昼下がりだった。
教室の窓際、午後の光が斜めに差し込んでいる。澄乃は窓枠にもたれかかるようにして、誰かの投稿をスクロールしていた。けれど、目の前にある文字はただの記号のようで、心には入ってこなかった。
そんなときだった。
「それ、俺も前に言ったことある」
突然、背後から声が降ってきた。低く、でも不思議と静かな響きを持ったその声に、澄乃の指が止まる。振り返ると、そこには伏見駿が立っていた。無表情で、けれどほんの少しだけ、目だけが何かを確かめるように揺れていた。
彼の言葉は、まさに──DMで交わしていた“あの文”と一致していた。
澄乃の喉が詰まった。視界が揺れたような気がした。
「あなたですよね?」
心の中で呟いたその言葉は、唇まで上ってきて、けれど声にはならなかった。ただその代わりに、手がスマホを握りしめていた。まるで、もう一度DMを送る準備でもしているように。
けれど澄乃はわかっていた。
──もう、文字じゃない。この人の声が、私に届いた。
駿は澄乃の反応をじっと見ていたが、何も言わなかった。ただ、彼の目の奥に、名前を呼ばれることへのかすかな怯えが宿っていた。
言葉が“正体”に変わる。
それが、どれだけ怖いことかを、ふたりは知っていた。
📘 Scene 9‑2|駿、“言葉になった自分”を聴く
教室がざわめく中、澄乃はそっと尋ねた。
「あなたの、言葉…好きでした」
駿の胸で、言葉がゆらりと波打つ。
彼の心臓が、その音に呼応した。
一瞬の沈黙。
──自分の言葉が、誰かの心に届いていたのだと。
それをリアルな声で聞くのは、駿にとって、世界が重くなるほどの「実在」だった。
彼は軽く息を吐き、目を細めた。
「俺…言葉、選びすぎたかもしれない。
でも、それが誰かの中で”生きてた”のは──嬉しいと思ってる。」
澄乃は微笑む。
短い、その瞬間さえ、駿にとっては確かな希望の音だった。
場面は変わり、同じ教室の片隅。
声になった詩が、安心と不安の間を漂う。
駿は初めて、自分の言葉が「存在証明」であり「誰かを救う力」があると感じたのだろう。
その感覚は、孤独を反転させるほど強烈だった。
📘 Scene 9‑3|凛太郎、妹の言葉に“かつての自分”を聴く
夜のアパート。
凛太郎は机に頬杖をつき、スマホを手にしていた。
澄乃の新しい詩がタイムラインに流れてくる。
短く、抑制され、それでも深く差し込んでくる言葉たち。
そのリズムに、彼は立ち尽くした。
──これ、俺が昔書いてた言葉の拍動だ。
記憶が開く。
高校生の自分が、夜更けにスマホのメモ帳に向かっていたこと。
誰かに届いてほしくて、でも届くのが怖くて、名前も伏せたまま綴った数行の詩。
「君の不安が、僕を生かした」
その一節が、澄乃の投稿に反響していた。
彼女は知らなかったはずだ。
凛太郎の書いた言葉も、文体も、存在も──でもなぜ。
「……澄乃、君は」
囁くように呟いて、凛太郎は微かに笑った。
「俺の言葉、生かしてくれてたんだな」
それは感謝でも、後悔でもなく、ただ静かに宿った確信だった。
言葉は死なない。誰かが覚えている限り。
📘 Scene 9‑4|慧、“わたしも聴いてた”と告白する
放課後の教室。
静まりかえった空間に、机を拭く澄乃の背中。
その後ろで、慧が立ち尽くしていた。
何かを言おうとして、言葉が出ない。
「……ねえ、澄乃」
その声に澄乃が振り返る。慧は、目を伏せたまま言った。
「鍵アカの人の詩、ずっと見てたの。なんか……すごく、好きだった」
澄乃の瞳がわずかに揺れる。
慧は続けた。
「最近、それが……澄乃の言葉だった気がして。違ってたらごめん。でも、たぶん、そうで……」
言葉がほどける。空気がほどける。
その隙間で、澄乃は小さく笑った。
「ありがとう、慧ちゃん」
それだけだった。
でも慧は、それだけで、何かが許された気がした。
──ずっと見ていた。
──あなたが書いた言葉を、私は聴いていた。
この瞬間、ふたりの間には言葉以上のものが届いていた。
無言の共鳴。名前を呼ばなくても、わかるということ。
📘 Scene 9‑5|“声”を聴いた日
帰宅後、澄乃はスマホを見ずに机に向かった。
明かりもつけず、カーテンも開けたまま。
その静けさは、まるで誰かの気配を待つようだった。
鞄からノートを取り出す。
いつも投稿用に下書きをしていた、小さな黒い罫線ノート。
開いたページに、ペンを走らせる。
音が、静寂を割る。
「声は、いつも届いていた」
それだけを書いて、ペンを置いた。
画面に打ち込まれることのなかった言葉。
投稿されなかった詩。
──けれど、それは確かに“返信”だった。
読まれなかった投稿に対する、静かな返事。
届いたときよりもずっと後に、遅れてきた応答。
ナレーションが、物語を結ぶ。
「それは、読まれなかったわたしの投稿への返信だった」
声は、画面の向こうからやってきたのではない。
声は、ずっとここにあった。
そして今、それを聴いたのは――わたしだった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる