聖女は復讐の為なら何でもします！

16話

　森の中には、そこにあるのが、場違いな程の見上げると首が痛くなるぐらい10メートルはある巨大な大木の枝に建つツリーハウス。それがハリソンの家だった。大木に立てかけられたハシゴを登って中に入るみたいだった。

　先に上がる？　と言われこんなの初めてなのでドキドキしながら自分から登っていたけど、冷静になるとスカートが風でパタパタまくれ上がるものだから、下を気にしながら、おしりを押さえて登ってく。

　何なのよ。もうっ、ハリソンたら、最初からこれが狙いだったのね。

　下を見るとハリソンは私のパンツに興味無さそうに登るのが見える。少しは照れくさそうにしてくれないと。これじゃ私が自意識過剰みたいで恥ずかしいじゃないの。

「ソファーあるから座ってていいよ。冷えたと思うし、何か温かいもの用意するから」

　ハリソンが慣れた手つきで、お茶を入れてくれる。けれども、さっきの騎士とサイクロプスの酷い光景が頭から離れない。四肢がちぎれ血が地面に撒き散らされた衝撃の場面が嫌でも脳裏に浮かんでしまう。


　ふうふう言いながら、一口だけ口に含むけど、やっぱり吐き気がしてくる。

「ごめん、飲めない」

「悪い。飲み物もキツかった？　でも身体は少しだけ温まっただろ」

　外は雪がパラつき衝撃の光景を見たせいで肌寒いのに気づけなかった。暖炉に薪をくべているハリソンを見ていると落ち着いてくる。

　彼なら……分かってくれるかもしれない。思い切って話すことにした。

「さっきの勇者に私殺されかけたことがあるんだ」

「ああ、あの勇者ならやると思う。その話、100パーセント信じる。だが、アップル王国の人達は勇者の真の姿を見たことないだろうから、信じる人は皆無だろうな。現に騎士には全く相手にもされなかったし」

　私は調合学園に入るところから、いきさつを思い切って事細かく話した。勇者に殺されかけ、すんでのところで聖女様に助けられる話を、その後ジャックが石化されて、私はエリクサーを作るために仲間を集めていたと。

「そうか。ペットを轢き殺し、メアリまで殺そうとするなんて、それで勇者とか、有り得ん話だ」

「待ってよ。猫のカティは死んでないし！」

　そこだけは訂正しとかないと。勝手に私の友達を殺さないでほしい。

「だったら復讐しようぜ！　っといきたいとこだが、アイツはかなり強い。今の俺だと間違いなく返り討ちにしかあわない」

「もうっ、情けないことを偉そうに言わないでよ！　復讐もしたいけど、私はジャックを助けないといけないの」

「エリクサーだっけ。素材を集めながら勇者に嫌がらせすることから始めようぜ。真正面から剣を交えても死ぬだけだし。俺たちにできることから始めよう」

　フツフツと私の心に黒いものが湧き上がってくる。聖女様や校長のおかげで調合学園に入学できたけど、やはりあのキチガイだけは許せない。

「キチガイ勇者に復讐を私の銃とハリソンの剣に誓うわ！　必ず最後までやり遂げると」

　私は聖女様から頂いた調合銃を掲げ、ハリソンも私の銃に交差するように剣を高々と掲げた。

「あんなキチガイの前で何も出来なかったことが悔しい。騎士を人形のように殺しやがった。そうそう、魔王倒す前に勇者を倒した方が良くないか？！」

　ハリソンの言うことはもっともだ。

「そうね。せめてあの勇者に太刀打ちできる力が欲しいとこよね」

　勇者の馬車は北の方角シュルツ街に向かった。追いかけて何でもいいから一泡吹かせてやりたい。

　でも、窓の外を見ると日が落ちて強い風が運ぶ雪が窓をトントン叩く。雪というより、アラレだこれ。この分だとまだまだ止みそうにない。

「今日はここに泊まって明日の朝、シュルツ街に行った方がいいよね？」

「いいとか聞くなよ。どこまでもついて行くぜ。あんなやつ、のさばらせといたらえらいことになるだろ。陛下もなんであんなやつを勇者に選んだのかさっぱりわからん」

　どこまで本気なのか、ハリソンの物言いが頼もしくて思わず吹き出してしまった。

　次の日の朝。私達は調合学園を経由して校長の所にいき、エリクサーの素材集めをするという理由で、休学届けを出す。

　そして、シュルツ街に定期馬車で向かうことにした。シュルツは海に面した街なので、漁業が盛んな都市。

　あまりまだよく知らないハリソンとの冒険。単純そうな人だけど悪い人ではなさそうだ。私の話もしっかり聞いてくれたし。

　馬車の中で作成できる調合を少しでも増やすために教科書をひらいた。
次は回復薬(中)を作りたい。これを覚えれば、剣で刺されても傷が治るらしい。


　それから雪道を1時間ほど走るとようやくシュルツ街に到着した。港には大型の船が停泊していた。

「え！」

　私は目を疑ってしまう。武器屋の前に憎き勇者が仲間を連れていたのだ。街に入ったら先ずは憎き勇者を探すことから始めようとしてたけど、運がいい！　　

　しかも、お酒に酔っているのか、脚をふらつかせている。黒い三角帽子を被った女性魔法使いが肩を貸して歩いている感じだ。

「ターゲット見つけたわ！　朝から酒飲んでるし、今なら何かできそうじゃない？」

「だな。問題はシラフの仲間だ。あいつらから一旦離して勇者一人の所を狙おうぜ！」

　キチガイ勇者の後をつけると宿屋に入っていく。見られたらまずいので宿の裏手に周り、勇者たちの泊まる部屋の外に二人して壁にもたれながらしゃがみ聞き耳を立てる。

「あーくそっ！　陛下の援助金が少なすぎて少し酒飲んだらもう財布が底をついてるじゃねーか！」

「そうね。こんなんじゃ旅も先行き不安だわ。どこかに稼げる場所ないかしら」

「そうだな。お金持ってそうな奴から巻きあげればいいんじゃないか？」

　手を叩く音がして、勇者は嬉しそうな顔をしているのが窓から見えた。

「アーモンド男爵がこの地を治めてるらしいから夜、彼の屋敷を襲撃するのはどうかしら？」

「さすが俺の仲間だ。酔いを冷ましてから、夜の12時に決行といこうか！　それまで寝とくからお前らも隣の部屋で寝て休んどけ！」

　勇者に言われ、黒髪のストレートヘアの僧侶と、赤髪の魔法使いがドアから出ていく。

　今がチャンス。私は鞄から変化草を取り出すとハリソンに食べるように指示する。

「キチガイ勇者を10秒見て！　変身は30分しかもたないから」

　ハリソンは頷くとキチガイを凝視する。すると、ハリソンの顔が勇者になった。細いつり上がった目に、自信満々といった口角の上がった口。更には服までもが光を放つと勇者のそれと同じようになる。

「すごっ！　服まで変わるのか？」

「そうみたい。校長に貰ったの。まさか早速使う事になるなんて」

「で、作戦も考えたのか？」

「ハリソンが、僧侶たちの部屋に行って、パーティの解散を宣言してきて！」

「はいっ？」

　ハリソンは途端にやる気を失っている。

「真面目に言ってるのか？」

「大まじめよ。ここから窓越しに見とくからしっかりやんなさいよ。少しくらいセクハラしてもいいけど」

「メアリ、俺無理だわ。女の身体を触ると気持ち悪くなるんだよ。あとさっき見てたけどどうやらあの女魔法使い、勇者に気があるみたいだぞ」

「分かった。私が行ってくる」

　もういい。私が乗り込んでやる。変身草を口に含むと、全身が淡い光に包まれる。二人の勇者が並んでたつ。


　自分でやると、感動してしまう。今の今まで、学園の服に黒のコート脚はハイソックスだったのに、部屋の中の勇者と同じ服装になってしまう。

　すごい。この服売ったらいくらになるんだろう。咄嗟に服を触るとなんだかおかしい。これって……。さわり心地は黒のコート……。

　コンパクト手鏡を出すと、憎き勇者が現れ、吐き気がする。頬を触ると柔らかくていつの私の頬だった。


　これまさか……変わったのは見た目だけで、中身は変わらないんだ。

「いってくるね！　女の私がセクハラしてパーティぶっ壊してくる！　殺されかけたんだから」

　窓から覗き込むと、勇者はそんな私たちのやり取りを知らずにベッドで大きないびきをかいて寝ていた。

　私はハリソンに手を振り、宿屋へと入っていく。