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8話
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放課後の通学路。
乾いた冬の風が吹き抜ける中、俺は家路を急いでいた。
両脇には、もはや俺の影のように寄り添うミナとアイリがいる。
「ねえ透くん、今日は何して遊ぶ?」
「私、新しい服買ってきたの。透くんに見てほしいな」
学校では無い為に、二人は周囲の目も気にせず、俺の腕に絡みつき、甘ったるい声を上げてくる。
クラスでは誰からも相手にされず、汚物扱いされている反動だろう。俺という『唯一の肯定者』への依存度は、日に日に深まっていた。
「ああ、家に着いたらゆっくり見てやるよ」
俺は口角を吊り上げ、優しい声で答えた。
ミナとアイリは、その笑顔を見てうっとりと頬を染める。
彼女たちには、俺が『慈愛に満ちた救世主』に見えているのだろう。
だが、その笑顔の奥底にあるのは、冷徹な計算と嘲りだけだ。
俺は知っている。誰がどう動き、何が起きるか。
未来の記憶という絶対的なアドバンテージがある俺にとって、彼女たちは盤上の駒に過ぎない。
俺は慢心していた。
自分の背後に、予期せぬ「尾行者」がいることになど、気づきもしなかった。
なぜなら、未来の記憶に「早川結衣」という存在は、モブとしてすら登場しなかったのだから。
~~~~~~
(……やっぱり、本当だったんだ)
電柱の影に身を潜め、一年生の早川結衣は息を呑んだ。
十メートルほど先を歩く、奇妙な三人組。
地味で目立たない深澄透と、かつてはカースト上位だったミナとアイリ。
あんな風に、まるで恋人のようにベタベタと触れ合っているなんて、学校では考えられない光景だ。
(あの男……なんか、変)
結衣は、深澄透の横顔を見て寒気を感じた。
彼は笑っている。ミナたちの頭を撫でて、楽しそうに談笑している。
なのに、その目は笑っていなかった。
まるで、実験動物を観察する科学者のような、あるいは餌を太らせる飼育員のような。
人間味の欠落した、能面のような笑顔。
(あんな顔で笑う人が、まともなわけない)
結衣の胸に、正義感という名の火が灯る。
くるみ先輩の大切な幼馴染だと思っていたけれど、とんでもない。
あいつは危険人物だ。
きっと、弱みを握って脅しているか、何か危ない薬でも使っているに違いない。
(私が証拠を掴まないと。くるみ先輩が騙される前に!)
結衣はバレないように距離を取りつつ、慎重に後を追った。
深澄透の「未来知識」のレーダーには決して引っかからない、完全な死角からの尾行。
成功するはずだった。
――たった一人、別の場所から見ている「眼」がいなければ。
~~~~~~~~~
通学路の反対側の歩道。
書店に入るフリをして、ガラス越しにその光景を見ていた桐島玲奈は、思わず眉をひそめた。
透と、それに媚びる二匹のメス犬。
いつもの見飽きた、吐き気のする光景だ。
(……気持ち悪い)
玲奈の視線は、透の顔に釘付けになっていた。
遠目からでも分かる…あいつの、あの笑顔。
口元は弧を描いているのに、目だけがドス黒く濁っている。
まるで、皮膚の下に別の生き物が潜んでいるかのような、得体の知れない不気味さ。
ミナたちは気づいていない。自分たちが愛されているのではなく、「消費」されていることに。
その滑稽さに反吐が出そうになる。
(どうしてあいつは、あんなに全部を見透かしたような顔ができるの?)
玲奈はずっと疑問だった。
私の万引きも、ミナたちの悪事も、まるで最初から知っていたかのように先回りする。
探偵を雇っているのか、盗聴器を仕掛けているのか。
理由は分からないが、とにかくあいつは「異常」だ。
そう考えていた時だった。
透たちのさらに後方。
電柱の影から様子を窺い、コソコソとついていく小柄な女子生徒の姿が目に入った。
(……あれは、一年の早川結衣?)
玲奈の頭脳が瞬時に状況を分析する。
隠れ方、視線の向け方。あれは間違いなく『尾行』だ。
透の身辺を探ろうとしている。
(透は……気づいてない)
玲奈は透の背中を見た。
彼はミナたちと話しながら、あのおぞましい笑顔を浮かべて余裕たっぷりに歩いている。
いつもなら鋭い勘で周囲を警戒するくせに、今日は完全に油断している。
『何でもお見通し』な悪魔も、自分の背中までは見えないらしい。
今、ここで透にLINEを送れば、彼はすぐに気づくだろう。
『後ろをつけられてるわよ』と。
そうすれば、透はすぐに表情を作り変え、あの後輩を上手くあしらうはずだ。
それが『従順な駒』としての正しい行動だ。
玲奈はポケットからスマホを取り出し、画面を点灯させた。
トーク画面を開き、文字を打ち込もうとする。
『うしろ』
そこで、指が止まった。
画面の中で、無機質なカーソルが点滅している。
玲奈は顔を上げ、再びガラス越しの透を見た。
彼はまだ笑っている。
私には一度も見せない、あの甘ったるく、そして死ぬほど嘘くさい笑顔で、ミナたちの頭を撫でている。
ドス黒い感情が、胃の腑からせり上がってきた。
(……なんで、私が教えてあげなきゃいけないの?)
あいつは私を道具扱いした。
私を無視して、あんなバカな女たちを可愛がっている。
そんな男を、どうして私が助けてやる義理がある?
(バレればいい)
玲奈の指が、バックスペースキーを連打した。
文字が消えていく。
(あの後輩に見つかって、悪事がバレて、警察にでも突き出されればいい。そうしたら、あいつは全てを失う)
そうなれば、私は自由になれる。
あの不気味な支配から解放されるはずだ。
(……そうよ。困ればいいのよ、透なんて)
玲奈はスマホをポケットに乱暴に突っ込んだ。
彼女は透に背を向け、わざと逆方向へと歩き出した。
胸の奥で、チリチリとした痛みが走る。
『透が破滅することを望んでいる』という自分への言い訳。
だが、その裏側に――
『あの余裕ぶった不気味な仮面が剥がれる瞬間を見てみたい』
『全てを失って、私だけに縋り付いてくる透を見てみたい』
そんな、さらに深く、暗い願望が潜んでいることに、彼女はまだ気づかないフリをしていた。
乾いた冬の風が吹き抜ける中、俺は家路を急いでいた。
両脇には、もはや俺の影のように寄り添うミナとアイリがいる。
「ねえ透くん、今日は何して遊ぶ?」
「私、新しい服買ってきたの。透くんに見てほしいな」
学校では無い為に、二人は周囲の目も気にせず、俺の腕に絡みつき、甘ったるい声を上げてくる。
クラスでは誰からも相手にされず、汚物扱いされている反動だろう。俺という『唯一の肯定者』への依存度は、日に日に深まっていた。
「ああ、家に着いたらゆっくり見てやるよ」
俺は口角を吊り上げ、優しい声で答えた。
ミナとアイリは、その笑顔を見てうっとりと頬を染める。
彼女たちには、俺が『慈愛に満ちた救世主』に見えているのだろう。
だが、その笑顔の奥底にあるのは、冷徹な計算と嘲りだけだ。
俺は知っている。誰がどう動き、何が起きるか。
未来の記憶という絶対的なアドバンテージがある俺にとって、彼女たちは盤上の駒に過ぎない。
俺は慢心していた。
自分の背後に、予期せぬ「尾行者」がいることになど、気づきもしなかった。
なぜなら、未来の記憶に「早川結衣」という存在は、モブとしてすら登場しなかったのだから。
~~~~~~
(……やっぱり、本当だったんだ)
電柱の影に身を潜め、一年生の早川結衣は息を呑んだ。
十メートルほど先を歩く、奇妙な三人組。
地味で目立たない深澄透と、かつてはカースト上位だったミナとアイリ。
あんな風に、まるで恋人のようにベタベタと触れ合っているなんて、学校では考えられない光景だ。
(あの男……なんか、変)
結衣は、深澄透の横顔を見て寒気を感じた。
彼は笑っている。ミナたちの頭を撫でて、楽しそうに談笑している。
なのに、その目は笑っていなかった。
まるで、実験動物を観察する科学者のような、あるいは餌を太らせる飼育員のような。
人間味の欠落した、能面のような笑顔。
(あんな顔で笑う人が、まともなわけない)
結衣の胸に、正義感という名の火が灯る。
くるみ先輩の大切な幼馴染だと思っていたけれど、とんでもない。
あいつは危険人物だ。
きっと、弱みを握って脅しているか、何か危ない薬でも使っているに違いない。
(私が証拠を掴まないと。くるみ先輩が騙される前に!)
結衣はバレないように距離を取りつつ、慎重に後を追った。
深澄透の「未来知識」のレーダーには決して引っかからない、完全な死角からの尾行。
成功するはずだった。
――たった一人、別の場所から見ている「眼」がいなければ。
~~~~~~~~~
通学路の反対側の歩道。
書店に入るフリをして、ガラス越しにその光景を見ていた桐島玲奈は、思わず眉をひそめた。
透と、それに媚びる二匹のメス犬。
いつもの見飽きた、吐き気のする光景だ。
(……気持ち悪い)
玲奈の視線は、透の顔に釘付けになっていた。
遠目からでも分かる…あいつの、あの笑顔。
口元は弧を描いているのに、目だけがドス黒く濁っている。
まるで、皮膚の下に別の生き物が潜んでいるかのような、得体の知れない不気味さ。
ミナたちは気づいていない。自分たちが愛されているのではなく、「消費」されていることに。
その滑稽さに反吐が出そうになる。
(どうしてあいつは、あんなに全部を見透かしたような顔ができるの?)
玲奈はずっと疑問だった。
私の万引きも、ミナたちの悪事も、まるで最初から知っていたかのように先回りする。
探偵を雇っているのか、盗聴器を仕掛けているのか。
理由は分からないが、とにかくあいつは「異常」だ。
そう考えていた時だった。
透たちのさらに後方。
電柱の影から様子を窺い、コソコソとついていく小柄な女子生徒の姿が目に入った。
(……あれは、一年の早川結衣?)
玲奈の頭脳が瞬時に状況を分析する。
隠れ方、視線の向け方。あれは間違いなく『尾行』だ。
透の身辺を探ろうとしている。
(透は……気づいてない)
玲奈は透の背中を見た。
彼はミナたちと話しながら、あのおぞましい笑顔を浮かべて余裕たっぷりに歩いている。
いつもなら鋭い勘で周囲を警戒するくせに、今日は完全に油断している。
『何でもお見通し』な悪魔も、自分の背中までは見えないらしい。
今、ここで透にLINEを送れば、彼はすぐに気づくだろう。
『後ろをつけられてるわよ』と。
そうすれば、透はすぐに表情を作り変え、あの後輩を上手くあしらうはずだ。
それが『従順な駒』としての正しい行動だ。
玲奈はポケットからスマホを取り出し、画面を点灯させた。
トーク画面を開き、文字を打ち込もうとする。
『うしろ』
そこで、指が止まった。
画面の中で、無機質なカーソルが点滅している。
玲奈は顔を上げ、再びガラス越しの透を見た。
彼はまだ笑っている。
私には一度も見せない、あの甘ったるく、そして死ぬほど嘘くさい笑顔で、ミナたちの頭を撫でている。
ドス黒い感情が、胃の腑からせり上がってきた。
(……なんで、私が教えてあげなきゃいけないの?)
あいつは私を道具扱いした。
私を無視して、あんなバカな女たちを可愛がっている。
そんな男を、どうして私が助けてやる義理がある?
(バレればいい)
玲奈の指が、バックスペースキーを連打した。
文字が消えていく。
(あの後輩に見つかって、悪事がバレて、警察にでも突き出されればいい。そうしたら、あいつは全てを失う)
そうなれば、私は自由になれる。
あの不気味な支配から解放されるはずだ。
(……そうよ。困ればいいのよ、透なんて)
玲奈はスマホをポケットに乱暴に突っ込んだ。
彼女は透に背を向け、わざと逆方向へと歩き出した。
胸の奥で、チリチリとした痛みが走る。
『透が破滅することを望んでいる』という自分への言い訳。
だが、その裏側に――
『あの余裕ぶった不気味な仮面が剥がれる瞬間を見てみたい』
『全てを失って、私だけに縋り付いてくる透を見てみたい』
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