タイムリープした俺には逆らえない〜未来の知識で嗜む復讐のカルテ〜

刹那冥夜

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9話

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​ 尾行を始めてから、一週間が過ぎた。

 一年生の早川結衣は、焦りを募らせていた。
​ 深澄透は、完璧に「普通」だった。

 学校では空気のように目立たず、放課後もミナやアイリと楽しそうに談笑して帰るだけ。
怪しい薬の受け渡しもなければ、暴力を振るう現場もない。

 はたから見れば、ただの『冴えない先輩と、彼に懐いている女子たち』という奇妙なグループでしかない。

​「……おかしい。絶対になにかあるはずなのに」
​ 夕暮れの商店街。
結衣はため息をつき、今日の尾行を切り上げようとした。

 その時だった。
​「――あれ、桐島先輩?」

​ 向かいから歩いてくる、見知った顔に気づいた。
 桐島玲奈だ。彼女はどこか不機嫌そうな顔で、スマホを握りしめて歩いていた。

 先ほどまで、路地裏で透に「報告」をさせられ、身体を弄ばれた帰りだとは、結衣は知る由もない。

​「……あ、早川」

「奇遇ですね! こんなところで会うなんて」

​ 結衣は駆け寄った。
 玲奈は、くるみ先輩の親友(だと思われている)であり、優等生で信頼できる先輩だ。彼女なら、力になってくれるかもしれない。

​「あの、先輩。相談があるんですけど……」

「え? なに?」

「実は、深澄透について調べてるんです。あいつ、絶対に怪しいんですよ! くるみ先輩を騙してるんじゃないかって心配で……」

​ 結衣の言葉に、玲奈の眉がピクリと動いた。
 ここで「知らない」と突き放せば、逆に『どうして親友のくるみの幼馴染なのに無関心なんですか?』と怪しまれるかもしれない。

 玲奈は瞬時に計算し、心配そうな表情を作った。
​「……私も、最近少し気になってたの。あいつの周り、変な噂が多いし」

「やっぱり!? じゃあ先輩、一緒にあいつの尻尾を掴みましょうよ! 今、あいつ向こうの通りを歩いてるんです!」

​ 結衣の熱意に押され、玲奈は小さく舌打ちしたいのを堪えて頷いた。

 下手に動かれるより、私の監視下に置いて、決定的な証拠を掴ませないように誘導した方がいい。そう判断したのだ。
​          




~~~~~~~~~~~~

​ 二人は、少し離れた距離から透の背中を追った。
 周囲は薄暗くなり始め、人通りも減ってくる。

​「私、くるみ先輩を守りたいんです」
​ 物陰に隠れながら、結衣が小声で言った。

​「先輩は優しすぎるから、あいつみたいな男にも優しくしちゃって……。だから私が、あいつの化けの皮を剥いでやります」

「……そう。くるみは幸せ者ね」

「はい! だって天使みたいじゃないですか」
​ 結衣の純粋な称賛を聞きながら、玲奈は冷めた目で透の背中を見ていた。

 前を歩く透は、鼻歌交じりに歩いている。完全に油断している背中だ。

 あいつは気づいていない。自分の後ろに、『正義の味方』と『裏切り者』がいることに。

​(……このまま何事もなく帰宅させればいいわね)
​ 玲奈がそう考えた、その時だった。

 前を歩く透が、ポケットからスマホを取り出した。
 誰かに連絡を取るつもりらしい。
​ その直後。

​ ピリリリリリリリリッ!
​ 静かな夕暮れの路地に、電子音がけたたましく鳴り響いた。

 玲奈のポケットの中だ。
​「っ!?」
​ 玲奈は心臓が止まるかと思った。
 慌ててポケットを押さえるが、音は鳴り止まない。

 画面には『透』の文字。
​ ――なんで今!?

​ 透に他意はなかった。
 ただ単純に、家に帰ってから一人で過ごすのが退屈になり、『玲奈、今夜うちに来い』と命令しようと思い立ち、気まぐれに電話をかけただけだった。

​ だが、その偶然が致命的だった。

​ 前を歩いていた透が、足を止めた。
そして、着信音が鳴り響く背後を、ゆっくりと振り返った。

​「せ、先輩! 隠れて!」

​ 結衣に腕を引かれ、二人はとっさに近くの自動販売機の裏へと身を隠した。

 心臓が早鐘を打つ。
 玲奈は震える指で、拒否ボタンを押して音を消した。 

​ 静寂が戻る。
 バレたか? いや、着信音が近くで鳴っただけだと思ってるかもしれない。

 玲奈が祈るような気持ちで自販機の隙間から覗くと、透はこちらに背を向けたまま、動かずに立っていた。

 そして、スマホを耳に当てたまま、独り言のように言った。

​「……なんだ玲奈。近くにいるのか?」

​ ヒュッ、と結衣が息を呑む音がした。
 玲奈の顔から血の気が引く。

​「着信音がすぐ後ろで聞こえたぞ。……隠れてないで出てこいよ」
​ 透の声に、警戒心はない。

 むしろ、『偶然近くにいたなら好都合だ』といった調子の、軽い響きだった。

 彼はまだ、玲奈が一人だと思っている。

​「先輩……どうしましょう。バレちゃいました……」

​ 結衣が涙目で玲奈の袖を掴む。

 この子はまだ私を信じている。一緒に言い訳をしてくれると思っている。

 だが、玲奈の脳裏に浮かんだのは、最悪の想像だった。

​ もし私が一人で出て行って、後で結衣が透のことを嗅ぎ回っているとバレたら?

 『お前、あの時一緒にいただろ? なんで黙ってた? 裏切ったな』

 そう言われて、今以上の地獄を見ることになる。

​ 透を欺くことはできない。

 この男の機嫌を損ねてはいけない。
​(……ごめん)

​ 玲奈の瞳から、光が消えた。

 彼女は自分を守るために、また一つ、魂を売る決断をした。

 震える結衣の手首を、ガシッ、と強く掴む。

​「せ、先輩? 痛い、です……」

「……来なさい」

「えっ、どこへ……きゃあっ!?」

​ 玲奈は抵抗する結衣を強引に引っ張り、自販機の裏から引きずり出した。

 そして、振り返って待っていた透の前へと放り出した。

​「……連れてきたわよ、透」

​ 玲奈の声は震えていたが、その表情は能面のように強張っていた。

​「……」
​ 透が目を丸くした。
彼は本当に、玲奈が一人でいると思っていたのだ。

 だが、足元に転がる結衣を見て、そして玲奈の強張った表情を見て、瞬時に状況を理解した。

 そして、ニヤリと口元を歪めた。
​「なんだ、お客さんか。……はじめまして」

​「き、桐島、先輩……?」
​ 結衣は腰を抜かしたまま、信じられないものを見る目で玲奈を見上げた。

 憧れの先輩の親友。正義の味方。
 そう信じていた人が、今、自分を悪魔に差し出したのだ。

​「奇遇だね。ちょうど玲奈を家に呼ぼうと思ってたんだ」

​ 透がしゃがみ込み、怯える結衣の頬を撫でた。
 その笑顔は、結衣が恐れていた通り、いやそれ以上に不気味で、底知れない闇を孕んでいた。

​「せっかくだから、君もおいでよ。俺について知りたいことがあるんだろ?」

「ひっ、い、いや……!」

​ 透の手が伸び、結衣の腕を掴む。

 逃げ場はない。

 玲奈は目を伏せ、罪悪感と、歪んだ安堵を胸に抱きながら、ただ立ち尽くしていた。
​ 
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