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17話
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駅前の繁華街にあるカラオケボックス。
薄暗い個室に、場違いな緊張感が漂っていた。
「……で? なんで私がこんなところに連れてこられなきゃいけないのよ」
桐島玲奈は、腕を組んで不機嫌そうにソファに座っていた。
その向かいには、ドリンクバーのメロンソーダをストローで啜るミナとアイリが並んでいる。
「だって玲奈、最近透くんに反抗的じゃん」
「そうそう。私たち、もっと透くんの役に立ちたいの。そのための作戦会議だよ」
ミナとアイリの瞳は、どこか焦点が合っていない。
以前のギャル特有の軽さは消え、何かに憑かれたような危うい光を放っている。
「はあ……勝手にやってればいいじゃない」
「ダメ。玲奈が一番頭いいんだから」
ミナが身を乗り出した。
「ねえ、玲奈はどう思う? 透くん、なんであんなに怒ってるのかな」
それが、今日の議題だった。
『透くんの最終目的と、その憎しみの理由について』。
玲奈は眉をひそめた。
確かに、それは彼女も疑問に思っていたことだった。
「……透の目的は、くるみへの復讐よ。それは間違いないわ」
「でもさ、それにしては重すぎない?」
「え?」
「私たち、確かにくるみに言われて透くんの教科書隠したり、悪口言ったりしたけどさ……ここまでされるほどのことしたっけ?」
アイリが首をかしげる。
彼女たちの感覚では、自分たちが行ったイジメは
『中学生によくある嫌がらせ』レベルだった。
だが、透から返ってきた報復は、人格を破壊し、人生を支配し、奴隷に落とすという、あまりに凄惨で徹底的なものだった。
「それに、準備が良すぎるのよ」
玲奈が呟く。
「あいつ、私たちが万引きとか悪い事をする瞬間も、全部知ってたみたいに先回りしてた。まるで何年も前から私たちを監視して、憎み続けてきたみたいに」
時間軸がおかしい。
透の瞳に宿る憎悪の深さは、たかだか数ヶ月や一年のイジメで培われるものではない。
もっと長い時間、骨の髄まで染み渡るような屈辱と絶望を味わった人間だけが持つ、底のない闇だ。
「もしかして、私たちが忘れてるだけで、もっと酷いことしちゃったのかな?」
「無意識のうちに、透くんの大事なもの壊しちゃったとか……?」
ミナとアイリが不安そうに顔を見合わせる。
もしそうだとしたら、今の扱いでも生温いのかもしれない。
「それとも……透くんは、私たちみたいな『女』全員が憎いのか…」
玲奈の言葉に、場が静まり返った。
深澄透は、女という生き物に絶望しているように見えることがある。
美貌や愛嬌を武器にして、男を利用し、踏みつける女たち。
くるみや、かつての自分たちのような存在。
それら全てを根絶やしにするために、彼は悪魔になったのではないか。
重苦しい沈黙。
真実にたどり着く術など、彼女たちにはない。タイムリープなどという超常現象を想像できるはずもないからだ。
だが。
その沈黙を破ったのは、意外にもミナのうっとりとした溜息だった。
「……でもさぁ」
「ん?」
「理由なんてどうでもよくない? 透くん、怖い顔してる時が一番かっこいいし」
ミナが頬を紅潮させ、身体をくねらせた。
「あの冷たい目で見下されるとさ、ゾクゾクするんだよね。『お前は俺の道具だ』って言われると、なんか安心するっていうか……」
「分かる! 私も!」
アイリが激しく同意する。
「普通の男子って、すぐ鼻の下伸ばして優しくしてくるじゃん? でも透くんは違うの。絶対に私に媚びない。私のことゴミみたいに扱うけど、ちゃんと見ててくれる」
「そうそう! 先週なんて、殴り合いの練習した後に頭撫でてくれた時の手つき……思い出したら濡れちゃいそう」
会議の空気が一変した。
深刻な考察はどこへやら、狂った信者たちが教祖を崇める『のろけ話』へと脱線し始めたのだ。
「はあ? あんたたち、何言ってんの……気持ち悪い」
玲奈は軽蔑の眼差しを向けた。
だが、ミナはニヤニヤしながら玲奈を指差した。
「玲奈だってそうでしょ? この前、透くんとデートしてたじゃん」
「っ!? あれは無理やり連れて行かれただけよ!」
「でも、帰ってきた時、顔真っ赤だったよ? 透くんにキスされたんでしょ?」
「な、なんでそれを……」
「見てれば分かるよー。玲奈、最近透くんのこと目で追ってるもん」
アイリも意地悪く笑う。
「玲奈はツンデレだなぁ。素直になれば楽になれるのに。透くんに『愛して』って言えば、壊れるまで愛してくれるよ?」
「……っ、ふざけないで!」
玲奈は顔を伏せた。
否定したい。全力で否定したい。
あんな男、大嫌いだ。私の人生をめちゃくちゃにした悪魔だ。
――でも。
あの時、強引に唇を奪われた時の、あの熱。
抵抗しても敵わない圧倒的な力強さと、その奥にある冷徹な支配欲。
それを思い出すたびに、胸の奥が熱くなり、身体が疼くのを止められない。
(……なんで、あんな奴のことが頭から離れないのよ)
ミナたちが「透くんのために死ねる」「透くんの靴舐めたい」と盛り上がっている横で、玲奈はジュースのグラスを強く握りしめた。
結局、会議は何の結論も生まなかった。
透の『憎しみの理由』など、彼女たちには理解できなかった。
ただ一つ分かったことは……
理由が何であれ、彼女たちはもう、深澄透というブラックホールから抜け出すことはできないということ。
そして、その暗闇に呑み込まれることを、どこかで望んでしまっているという事実だけだった。
「……バカみたい」
玲奈の呟きは、カラオケボックスの喧騒にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
薄暗い個室に、場違いな緊張感が漂っていた。
「……で? なんで私がこんなところに連れてこられなきゃいけないのよ」
桐島玲奈は、腕を組んで不機嫌そうにソファに座っていた。
その向かいには、ドリンクバーのメロンソーダをストローで啜るミナとアイリが並んでいる。
「だって玲奈、最近透くんに反抗的じゃん」
「そうそう。私たち、もっと透くんの役に立ちたいの。そのための作戦会議だよ」
ミナとアイリの瞳は、どこか焦点が合っていない。
以前のギャル特有の軽さは消え、何かに憑かれたような危うい光を放っている。
「はあ……勝手にやってればいいじゃない」
「ダメ。玲奈が一番頭いいんだから」
ミナが身を乗り出した。
「ねえ、玲奈はどう思う? 透くん、なんであんなに怒ってるのかな」
それが、今日の議題だった。
『透くんの最終目的と、その憎しみの理由について』。
玲奈は眉をひそめた。
確かに、それは彼女も疑問に思っていたことだった。
「……透の目的は、くるみへの復讐よ。それは間違いないわ」
「でもさ、それにしては重すぎない?」
「え?」
「私たち、確かにくるみに言われて透くんの教科書隠したり、悪口言ったりしたけどさ……ここまでされるほどのことしたっけ?」
アイリが首をかしげる。
彼女たちの感覚では、自分たちが行ったイジメは
『中学生によくある嫌がらせ』レベルだった。
だが、透から返ってきた報復は、人格を破壊し、人生を支配し、奴隷に落とすという、あまりに凄惨で徹底的なものだった。
「それに、準備が良すぎるのよ」
玲奈が呟く。
「あいつ、私たちが万引きとか悪い事をする瞬間も、全部知ってたみたいに先回りしてた。まるで何年も前から私たちを監視して、憎み続けてきたみたいに」
時間軸がおかしい。
透の瞳に宿る憎悪の深さは、たかだか数ヶ月や一年のイジメで培われるものではない。
もっと長い時間、骨の髄まで染み渡るような屈辱と絶望を味わった人間だけが持つ、底のない闇だ。
「もしかして、私たちが忘れてるだけで、もっと酷いことしちゃったのかな?」
「無意識のうちに、透くんの大事なもの壊しちゃったとか……?」
ミナとアイリが不安そうに顔を見合わせる。
もしそうだとしたら、今の扱いでも生温いのかもしれない。
「それとも……透くんは、私たちみたいな『女』全員が憎いのか…」
玲奈の言葉に、場が静まり返った。
深澄透は、女という生き物に絶望しているように見えることがある。
美貌や愛嬌を武器にして、男を利用し、踏みつける女たち。
くるみや、かつての自分たちのような存在。
それら全てを根絶やしにするために、彼は悪魔になったのではないか。
重苦しい沈黙。
真実にたどり着く術など、彼女たちにはない。タイムリープなどという超常現象を想像できるはずもないからだ。
だが。
その沈黙を破ったのは、意外にもミナのうっとりとした溜息だった。
「……でもさぁ」
「ん?」
「理由なんてどうでもよくない? 透くん、怖い顔してる時が一番かっこいいし」
ミナが頬を紅潮させ、身体をくねらせた。
「あの冷たい目で見下されるとさ、ゾクゾクするんだよね。『お前は俺の道具だ』って言われると、なんか安心するっていうか……」
「分かる! 私も!」
アイリが激しく同意する。
「普通の男子って、すぐ鼻の下伸ばして優しくしてくるじゃん? でも透くんは違うの。絶対に私に媚びない。私のことゴミみたいに扱うけど、ちゃんと見ててくれる」
「そうそう! 先週なんて、殴り合いの練習した後に頭撫でてくれた時の手つき……思い出したら濡れちゃいそう」
会議の空気が一変した。
深刻な考察はどこへやら、狂った信者たちが教祖を崇める『のろけ話』へと脱線し始めたのだ。
「はあ? あんたたち、何言ってんの……気持ち悪い」
玲奈は軽蔑の眼差しを向けた。
だが、ミナはニヤニヤしながら玲奈を指差した。
「玲奈だってそうでしょ? この前、透くんとデートしてたじゃん」
「っ!? あれは無理やり連れて行かれただけよ!」
「でも、帰ってきた時、顔真っ赤だったよ? 透くんにキスされたんでしょ?」
「な、なんでそれを……」
「見てれば分かるよー。玲奈、最近透くんのこと目で追ってるもん」
アイリも意地悪く笑う。
「玲奈はツンデレだなぁ。素直になれば楽になれるのに。透くんに『愛して』って言えば、壊れるまで愛してくれるよ?」
「……っ、ふざけないで!」
玲奈は顔を伏せた。
否定したい。全力で否定したい。
あんな男、大嫌いだ。私の人生をめちゃくちゃにした悪魔だ。
――でも。
あの時、強引に唇を奪われた時の、あの熱。
抵抗しても敵わない圧倒的な力強さと、その奥にある冷徹な支配欲。
それを思い出すたびに、胸の奥が熱くなり、身体が疼くのを止められない。
(……なんで、あんな奴のことが頭から離れないのよ)
ミナたちが「透くんのために死ねる」「透くんの靴舐めたい」と盛り上がっている横で、玲奈はジュースのグラスを強く握りしめた。
結局、会議は何の結論も生まなかった。
透の『憎しみの理由』など、彼女たちには理解できなかった。
ただ一つ分かったことは……
理由が何であれ、彼女たちはもう、深澄透というブラックホールから抜け出すことはできないということ。
そして、その暗闇に呑み込まれることを、どこかで望んでしまっているという事実だけだった。
「……バカみたい」
玲奈の呟きは、カラオケボックスの喧騒にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
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