タイムリープした俺には逆らえない〜未来の知識で嗜む復讐のカルテ〜

刹那冥夜

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19話

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その日は日曜日だった。

 深澄透は「今日は一人で用事がある」と言い残し、朝から連絡がつかなくなっていた。

 飼い主のいない休日。

 繋がれた鎖の先にいる少女たちは、それぞれの時間を過ごしていた。



​~~~~~~~~~~


​ 
​ ショッピングモールのペットショップ。
 ガラス張りのケージの前で、ミナはぼんやりと立ち尽くしていた。

 中では、生まれたばかりの仔犬たちがキャンキャンと鳴きながら、ガラス越しに愛想を振りまいている。

​「……可愛い」

​ ミナはガラスに指を這わせた。

 仔犬がその指を追って、尻尾を振る。

 家族連れやカップルが「見て見て、あの子可愛い!」と微笑ましい声を上げる中、ミナの思考だけは異質だった。

​(可哀想な子たち)

​ ミナは仔犬を見下ろして、優越感に浸っていた。
​(あんたたちはまだ、誰がご主人様かも分かってないんだね。誰に愛されるかも、誰のために生きるかも知らない)

(私の方が幸せだもん。私には透くんがいるから)

​ ミナは自分の首元に手をやった。

 そこには何もないが、彼女には確かな『見えない首輪』の感触がある。

 透に「待て」と言われれば待ち、「よし」と言われれば喜ぶ。その絶対的な支配の中にこそ、彼女の安らぎがあった。

​「早く会いたいなぁ……透くん」

​ ミナはショーケースのガラスに、熱っぽい吐息を吹きかけた。

 仔犬よりも従順な『飼い犬』は、主人の帰りを待ちわびて涎を垂らしていた。

​   


~~~~~~~~~~~~


       

​ カーテンを閉め切った自室。
 アイリはベッドの上で体育座りをし、イヤホンを耳に押し込んでいた。

​『――アイリ、いい子だ』

『お前は俺の大切な道具だからな』

​ 流れてくるのは、こっそりと録音した透の声だ。

 何度も何度も、擦り切れるほどリピート再生する。

 その低く、冷たく、それでいて脳味噌が溶けるほど甘い声を聴くたびに、背筋にゾクゾクとした電流が走る。

​「んっ……透くん……」

​ アイリの手には、小さな消しゴムが握られていた。
 いつか透が落としたものを拾い、返さずに隠し持っているものだ。

 彼女はそれを宝物のように両手で包み込み、時折鼻に近づけて残り香を探すように吸い込んだ。

​(ミナばっかりズルい……私だって透くんの役に立ちたいのに)

(もっと褒めてほしい。もっと頭撫でてほしい。そのためなら何だってする)

​ アイリは消しゴムに頬ずりをした。

 透に命令されること。蔑まれること。そして時折与えられる優しさ。

 それだけが、今の彼女の世界の全てだった。




~~~~~~~~~~~~

​          
​ 
​ 駅前の図書館。
 自習スペースの机には、難関高校の赤本と参考書が積み上げられていた。

​「……ここじゃなきゃダメなの。絶対」

​ 桐島玲奈は、鬼気迫る表情でシャープペンを走らせていた。

 地域トップの進学校。
そこに行けば、透と同じ学校にならずに済む。あいつの支配から逃げられる。

 その一心で、彼女は休日を全て勉強に費やしていた。

​ カリカリカリッ!
 ペンの音が神経質に響く。

 数式を解き、英単語を暗記する。脳を酷使して、透のことを考える隙間を埋めようとする。
​ ――ブブッ。

 机の上のスマホが震えた。
 玲奈の心臓が、ドクリと跳ねた。
​(透!?)

​ 反射的にペンを放り出し、画面を確認する。
 だが、通知はただのニュースアプリのお知らせだった。

​「……っ、なによ」

​ 玲奈はスマホを裏返し、乱暴に机に置いた。
 安堵したはずなのに、胸の奥に広がるのは泥のような落胆と苛立ち。

​(なんでガッカリしてるのよ、私)

(連絡なんて来なくていい。あいつのことなんて、これっぽっちも考えてないんだから!)

​ 自分に言い聞かせるように、再びペンを握る。
 だが、参考書の文字は上滑りし、頭に入ってこない。

 無意識のうちに唇に指を触れてしまう。

 あの日、強引に奪われた感触。

 逃げたいのに、追いかけてきてほしい。

 矛盾した感情が胸の中で暴れ回り、玲奈は悔しさに涙目になりながら、意味もなくノートを塗りつぶした。
​          



~~~~~~~~~~~~

​ 
​ 遮光カーテンで閉ざされた暗い部屋。
 青白いモニターの光だけが、早川結衣の顔を照らしていた。

​ カタカタカタッ、ターンッ!

​ 結衣の指が高速でキーボードを叩く。

 画面には、くるみやその取り巻きたちのSNSアカウント、裏掲示板のスレッド、そして位置情報共有アプリの画面がいくつも表示されていた。

​「……見つけた。くるみ先輩の取り巻きのあの子、裏垢で彼氏の愚痴書いてる」

「スクショ保存……っと。これも透先輩に報告しなきゃ」

​ 結衣の目は充血し、目の下には隈ができている。

 だが、その表情は生き生きとしていた。

 学校に行っていた頃の『怯え』はない。今は、ここが彼女の戦場であり、透の役に立てる唯一の聖域だからだ。

​「ふふっ、バカだなぁみんな。私に見られてることも知らないで」

​ 彼女はモニターの中のクラスメイトたちを嘲笑った。
 現実世界では最弱の存在だった結衣。

 だが、透のおかげで手に入れたこの情報収集者としてのネット内では、彼女は神にも等しい存在になれる。

​「待っててください、透先輩。私が全部暴いて、悪をみんな消してあげますから」

​ 結衣は狂気じみた笑みを浮かべ、再びキーボードを叩き始めた。

 彼女もまた、透という光に群がる蛾の一匹になっていた。
​          



~~~~~~~~~~



​ 
​ 白を基調とした清潔な自室。
 小日向くるみは、大きな鏡の前で入念なスキンケアを行っていた。

 高級な美容液を肌に馴染ませ、フェイスラインをマッサージする。

​「うん、今日も完璧。世界一可愛い」

​ 鏡の中の自分にうっとりと微笑みかける。

 彼女にとって、休日は「自分磨き」の時間だ。
 誰のためでもない。
自分が常に頂点に立ち続け、愚民どもを見下ろすためのメンテナンスだ。

​「そういえば、最近透くんと余り会えなくなってきたなぁ」

​ くるみはスマホを手に取り、透の連絡先を表示させた。
 メッセージを送ろうとして、ふと指を止める。

​「ま、いっか。どうせいつも私のこと考えて悶々としてるんでしょ」
​ 彼女はクスクスと笑った。

 最近の透の色気。あれは自分への恋心から来るものだと信じて疑っていない。

 あんな地味な幼馴染が、私に釣り合う男になろうと必死に背伸びをしている。
 その健気さが、滑稽で愛らしかった。

​「高校に入ったら、もっといいように使ってあげなきゃ」

「透くんは一生、私の引き立て役なんだから」

​ くるみはパックを顔に貼り付けながら、優雅に紅茶を啜った。

 その余裕が、いつまで続くのか。

 足元で、四人の『駒』たちが牙を研いでいることにも気づかず、女王は退屈な休日を消費していた。
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