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外伝 〜兄として〜

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ミクが居なくなって2ヶ月ほど経った頃だろうか、マーガレットに会う機会を得た。

商談のため帝都にやって来たマーガレットが、久々に家に寄ったのである。

「お父様、お母様、お兄様。只今戻りましたわ」

「……マーガレット、お帰り」

父上が、少し声を震わせて言った。
母上は、涙ぐんでいる。

私も、振り切れそうになる感情を必死に抑えて、拳を握りしめた。

マーガレットは、少し困ったように笑った。

「ハンスが誘ってくれましたのよ。

もう…こんな風になるなら、もっと早く帰って来たらよかったですわ」

そして、父上、母上、私の順に、そっと抱きしめてきた。

わたくし、ちゃんと分かっておりますのよ。

私は、皆様方に愛されていますわ、今までずっと。

だから、ご心配なさらないで」


爽やかに笑って見せたが、の奥に影を落とす悲しみを、我々が見落とすことはない。

とうとう父上と母上は泣き出し、私も目元を押さえた。
マーガレットは、安心させるように微笑んで、でも心配そうに口を開いた。

「私は大丈夫ですわ。
——それより、ミクは見つかりそうですか?」

「いや、我々も独自に探しているが、手掛かりすら見つけられていない。
私たちが存在を知らずに頼れる人がいないあの子が、どうやって姿をくらませたのか、見当もつかない」

「拐われたのではないのですね?」

「年配の男女と街を歩く姿を複数の街人に目撃されている。
聖女の姿はよく知られているから、間違いないだろう。

服装は街娘のようで、何かおかしな感じはしなかったと全員が証言した。

それに、失踪前日にお前の部屋で謝りながら泣くミクを、メイドシェラとハンスが目撃している」

「そうでしたの……」

悲しそうに目を伏せ、マーガレットは言った。
義妹ミクを、心底心配していることが、その姿で窺えた。

——何故だ。
何故、私たちのした事を当たり前のように許し受け入れ、その原因を作ったミクを心配する。

私は、突然怒りのような激情に駆られ、低く声を発した。

「——何故」

怪訝そうにこちらを見る妹。でも止められない。

「何故、私たちを責めない?
私たち、少なくとも私はお前をここ何年も蔑ろにした。
分かっていた筈だ。

いくら、何かしらの聖女の力で歪められたとしても、私たちのした事は、お前の怒りに値する。

怒っても、責めても良いんだ。
お前には、その権利があるのだよ!」

言い切って、はぁはぁと肩で息をする。
驚いて聞いていたマーガレットは、ちょっと小首を傾げて、片頬に手を当てた。

暫く考える風をしていたが、ふと悪戯っぽく微笑わらって、私を見た。

「私、こうなることは分かっていたのです。だって、相手は聖女様ですもの。

でも、『だから怒る気にならない』と言っても、納得されないでしょう?お兄様。

ではね、こういうことにします。
怒りませんし、責めませんわ。
そして、ずーっと私に『悪かった』と思ってくださいまし。

そしてこれから、たくさん甘やかせてくださいましね。

楽しみにしておりますわ」

意識して意地悪な表情かおを作って言う妹に、私は何と答えれば良いのだろう。

絶句していると、父上が口を開いた。

「分かった、たくさん甘やかすよ。
だから、マーガレット、ちゃんと受け取ってくれるね?

多すぎるなんてことは、言わせないからね」

「まぁ!これは一本取られましたわね。

ふふ、わかりましたわ、お父様。
だから、もう気に病むのはおやめくださいな。
お母様も、もう泣かないで。
家族の悲しい表情かおほど、胸が痛いものはありませんから」

笑いながら、マーガレットは言う。
その姿は、気高く、美しく。


いつの間に、この子はこんなに大きくなったのだろう。
いつの間に、木洩れ陽のように人を優しく包み込む器を手に入れたのだろう。







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