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後宮に咲く花たち
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都城の上に雪が舞っている。
春の気配を押し返す寒さに梅が身震いする。ぽとり、と梅は雪を払ったが、その音に振り返る者はいない。
一面に広がる銀世界には、凍てつく風しかなかった。
王城にも寒気は届いていた。
常よりも厚着をした文生は政務室で仕事をしていた。
文生は木簡が山積みになっている文机で、黙々と書類に目を通していく。黒く見える程びっしりと文字で埋まっている木簡には、献策、嘆願、苦情、出資願い……と、様々なことが書き連ねられている。急ぎで尚且つ重大な案件の場合は一堂に会して話し合うが、何度も協議を重ねるべき事案にはある程度時間をかけて検討する。
そのため文生は、じっくりと読み込み、かじかむ手で素早く決裁をし、書き記していった。
不意に嗄れ声が聞こえる。
「王よ、御加減は如何ですか?」
顔を上げると仁顺がすぐ傍にいた。
「特に問題ない」
文生がぶっきらぼうに答えると、仁顺は白髭を揺らして笑いながら二度頷く。
「そうですか、それならようございました」
他愛もない世間話。文生にとっては仕事の邪魔でしかない。仁顺もそれを弁えているはず。だのに、彼が立ち去る気配はない。文生は大きな溜息を吐く。
「……なんだ、何かあったのか?」
「いえ、大したことではありませんが」
老官吏は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「そろそろ儂の孫娘にも目を向けてくれませんかのう?」
文生の手が止まる。
「……考えておく」
「一月前も同じことを仰っていましたな」
「…………」
文生はもう一度溜息を吐くと、筆を置く。
「何度も言っているだろう。誰を寄越そうとも美琳以外のところに行くつもりはない」
「されど、何度……。いえ、何十回と渡られているのに肝心のお子の兆しがないではありませんか。それでは夫人の意味がありませぬ。いずれ他の夫人にも御手を付けていただきませんと」
文生は無言を返す。が、仁顺は笑みを崩すことなく続ける。
「儂かて、ただ孫可愛さで言っている訳ではございませぬ。すべては御身のために…………」
「何度も聞いた」
「ならばきちんと聞き入れていただきたいものですな」
文生は文机に肘を突けて頭を抱える。
「それを言うならお主も聞き入れろ。〝考えておく〟と言ったら〝考えておく〟。それで良いではないか」
「……そうですな」
その言葉を最後に、仁顺はその場を立ち去る。微笑みだけを残して。
それを文生は渋い顔で見送ると、大人しく政務に戻ることにした。
春の気配を押し返す寒さに梅が身震いする。ぽとり、と梅は雪を払ったが、その音に振り返る者はいない。
一面に広がる銀世界には、凍てつく風しかなかった。
王城にも寒気は届いていた。
常よりも厚着をした文生は政務室で仕事をしていた。
文生は木簡が山積みになっている文机で、黙々と書類に目を通していく。黒く見える程びっしりと文字で埋まっている木簡には、献策、嘆願、苦情、出資願い……と、様々なことが書き連ねられている。急ぎで尚且つ重大な案件の場合は一堂に会して話し合うが、何度も協議を重ねるべき事案にはある程度時間をかけて検討する。
そのため文生は、じっくりと読み込み、かじかむ手で素早く決裁をし、書き記していった。
不意に嗄れ声が聞こえる。
「王よ、御加減は如何ですか?」
顔を上げると仁顺がすぐ傍にいた。
「特に問題ない」
文生がぶっきらぼうに答えると、仁顺は白髭を揺らして笑いながら二度頷く。
「そうですか、それならようございました」
他愛もない世間話。文生にとっては仕事の邪魔でしかない。仁顺もそれを弁えているはず。だのに、彼が立ち去る気配はない。文生は大きな溜息を吐く。
「……なんだ、何かあったのか?」
「いえ、大したことではありませんが」
老官吏は慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「そろそろ儂の孫娘にも目を向けてくれませんかのう?」
文生の手が止まる。
「……考えておく」
「一月前も同じことを仰っていましたな」
「…………」
文生はもう一度溜息を吐くと、筆を置く。
「何度も言っているだろう。誰を寄越そうとも美琳以外のところに行くつもりはない」
「されど、何度……。いえ、何十回と渡られているのに肝心のお子の兆しがないではありませんか。それでは夫人の意味がありませぬ。いずれ他の夫人にも御手を付けていただきませんと」
文生は無言を返す。が、仁顺は笑みを崩すことなく続ける。
「儂かて、ただ孫可愛さで言っている訳ではございませぬ。すべては御身のために…………」
「何度も聞いた」
「ならばきちんと聞き入れていただきたいものですな」
文生は文机に肘を突けて頭を抱える。
「それを言うならお主も聞き入れろ。〝考えておく〟と言ったら〝考えておく〟。それで良いではないか」
「……そうですな」
その言葉を最後に、仁顺はその場を立ち去る。微笑みだけを残して。
それを文生は渋い顔で見送ると、大人しく政務に戻ることにした。
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