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ユーゴ殿下の願い

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「あれは本当に事故だったんだ。兄上は信じてくれなかったけど」

 ユーゴ殿下は悲しそうに王妃様の事故について説明してくださった。階段を踏み外して階下まで転がって、頭を打ってお亡くなりになった王妃様。
 当時は誰かに押されたとか、階段に仕掛けがされていたとか、その日のためにドレスの裾が長く作られていたとか、たくさんの噂があった。
 どれも信憑性があったけど、証拠がないので、事故として王妃様の死は発表されている。その後も死因については事故のままだった。
 アダン殿下は、ユーゴ殿下のお母様のマルゴ妃が王妃様を殺したと言っていた。アダン殿下にとことん惚れていた私はそれを信じて、ユーゴ殿下に対して苦々しい気持ちを持っていたわ。自分が痛い目にあって、やっと頭が晴れて考えることができたのだけど。
 まあ首が飛ぶ前、ユーゴ殿下を毒殺した後で、遅かったのだけど。
 
「僕は王妃陛下のそばで見守ることができない。だから、君が側にいて気をつけて見てくれないか?」
「え?私ですか?」
「兄上の婚約者候補として王妃陛下の側に潜り込んでくれると嬉しい」
「そ、そんなの無理です!」
「僕が後押しする。だって、君は兄上のことが好きなのだろう?二度目の人生では君を縛り付けたくないんだ。だから、殺されたんだと思うし」
「あ、あのそれは!」
「わかってるよ。兄上の意志だろう。兄上はそんなことを考えるような人ではなかった。王妃陛下の死で兄上はおかしくなってしまった。王妃陛下の死は事故だ。けれどもその後の母上や叔父上の動きは兄上を傷つけるようなものだった。王妃陛下が生きてさえいれば、兄上が歪むことはない。僕の望みは、兄上が健やかな王になること。それだけなんだ。……本当はもう一つあるんだけど、それはいいや」

 ユーゴ殿下は一気にまくし立てたけど、えっと、ユーゴ殿下は怒っていない?
 それよりもアダン殿下の幸せを願っている?
 やっぱりユーゴ殿下は変わっていない。優しい人。

「マノン。僕は君に二度も殺されたくないからね。頑張って兄上の婚約者になってくれ。王妃になるからには、勉強も必要だからしっかりね。そのために僕が色々支援するから」
「あ、あのありがとうございます。でも、ユーゴ殿下。どうしてそんなに明るいのですか?私は、あなたを殺したのですよ?あんなに優しくしてくださったのに」
「……僕は君に殺されることを予測していた。だから、人生を巻き戻す呪(まじな)いをすることにしたんだ」
「人生を巻き戻す呪(まじな)い?」
「王家に伝わる呪いさ。こっそり保管室で見つけたんだ。悪用されないように、もう処分したけど」
「は、早いですね」
「……やり直しできるのは一度だけ。僕はかならず成功させる。で、成功した人生を誰かにやり直されるのは嫌なんだ」
「そうですか」

 まあ、怒っていないのでよかった。
 随分あっさりしてるけど、私もアダン殿下に対してもう怒りはないから一緒ね。
 かと言って、アダン殿下への恋心も一緒に燃え尽きてしまったのだけど。
 
「さて、一週間以内に僕が君と兄上の出会いを作ってあげる。だから、頑張ってね。あと、これ、王妃になるための参考資料。頑張って勉強するんだよ」
「え、あの」

 戸惑う私に構わず、ユーゴ殿下は言いたいことだけ言って出ていってしまった。
 あの、これ。
 どうしよう。
 もうアダン殿下に対して何の思いも抱いていないのですけど?
 でも私がアダン殿下に近づかないと、王妃様の周りにも目を配れないのよね。王妃様が亡くなってしまうと、また一度目の人生の繰り返しになってしまう。私は、もしかしたら死なないかもしれないけど、きっとユーゴ殿下は殺されてしまうわ。
 となると、頑張るしかないわ。
 やり直しの呪(まじな)いのおかげで、こうして私は再び生きることができてるもの。
 そのお礼も兼ねて頑張るわ。
 でも、ちょっと勉強が大変そう。いえ、ちょっとどころじゃないわね。

 ユーゴ殿下はまだ私と同じ十二歳なのに、力持ちなのか部屋の片隅に分厚い本が三冊重ねて置かれていた。

 ☆

「マノン。どういうことか説明できるかしら?」
 
 ユーゴ殿下が王宮へお帰りになって、お母様とお父様が駆け込むように部屋に入ってきた。
 今回うちへの訪問はお忍びで、馬車は王家が使うようなものじゃなくて、彼の姿も普通の貴族の格好をしていた。ユーゴ殿下はアダン殿下と違って、平凡、いえ、目立たない、えっと親しみ安い容姿をされているから、華やかな服装をしなければ王子なんて思われない。(これは貶めているわけではないですよ)
 なので、今回うちへの訪問も噂にならないはず。
 だからこそ、ユーゴ殿下は自ら来られた。私の家に彼が訪れたなど噂になれば、私がアダン殿下の婚約者候補になることすら難しくなるのだから。
 でも今後は二人で会うことは止めた方がいいだろう。注目されればそれだけ周囲の目が増えるのだから。誤魔化すのが難しくなる。
 
「マノン。聞いているの?」
「これこれ、ルイーザ。病み上がりのマノンにそんなに強く言わなくても」

 お父様は優しい。お母様はちょっと怖い。
 なんていうか、うまく言わないと。

「えっと、あの。ユーゴ殿下は私に本を届けてくださったの。以前図書館でお見かけして、お茶会で貸していただくお約束をしていたから」
「マノン。あなた殿下に面識があったの?」
「は、はい」

 間違ったかしら。

「そう、そうなのね。え、この本、難しそうだけど。マノン、読めるの?」
「え、う。頑張ります。お母様、お父様。私、アダン殿下の婚約者になりたいの。だから、ユーゴ殿下にお願いして相応しい本を貸していただいたの」
「あ、アダン殿下?!」

 お母様は素っ頓狂な声を出した後に、口を抑える。隣のお父様は泡を吹きそうになっている。
 そうよね。
 全然そういうのに興味なかった十二歳の私がいきなりいうもの。
 一度目の人生で、王家からユーゴ殿下の婚約者への打診があった時もお父様はこんな感じだったわ。お母様は喜んでいたけど、アダン殿下の場合は違うの?

「マノン。アダン殿下は王太子になる方よ。あなたに、その覚悟があるの?」

 ありません。
 本当は全然ありません。
 だけど、ほら、私、アダン殿下の側で王妃様の周りに目を配らないといけないし。

「あ、あります!」
「そう。ならいいわ。母は応援します。わからないことがあったら聞くのよ」

 お母様はあっさりそう言い、お父様は無言。呆然としたままだった。

 お父様ごめんなさい。そしてお母様、嬉しそう。華やかなこと好きだものね。
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