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思い出の場所

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「チェックメイト」
「くう」
 
 眼鏡令息は悔しそうに俯いた後、参ったと降参宣言をした。
 審判員が私の勝ちを宣言して、初戦を勝ち抜いた。
 次の相手は隣のテーブルの勝者。
 令嬢同士の対局で、どっちもなんだか悩みながら唸っている。
 これは長引きそうね。
 敵情視察も大事だけど、お腹空いたからまずは軽食を摘みましょう。
 お父様の嬉しそうな顔、お母様の誇らしそうな顔も視界に入って、私は会場の隣へ移動した。
 保護者の控え室と食堂を兼用した部屋には、椅子とテーブル、さまざまな料理が並べられた長テーブルが準備され、対局を終えた参加者とその両親で賑わっていた。
 
「お父様、お母様」
「よくやった。マノン」
「本当よ」

 二人はぎゅっと私を抱きしめてきて、なんだかちょっと恥ずかしかった。

「次の試合が始まるまで、何か食べておきたいわ」
「そうしなさい」
「あまり食べ過ぎないようね」

 両親に見送られ、長テーブルに近づく。料理人も立っていて、温かい料理を提供するようにもなっていた。
 これはありがたいわ。
 何かあったかいスープでも飲みたい。

「マノン!」
「カリーナ!」

 会ったのは一度だけ、手紙では何度もやりとりしていたので、私はカリーナに名を呼ばれてすっかり嬉しくなった。

「おめでとう」
「カリーナも。おめでとう。あなたならきっと優勝できるわよ」
「マノン。言い過ぎよ。たくさん練習したけど、アダン殿下もユーゴ殿下もお強いと思うのよ」
「うん。そうね」

 声を顰めてカリーナは話す。
 仕草はとても上品だけど、彼女は人目を気にするみたいで、周りに目を向けていた。

「カリーナ。周りを気にしすぎよ。誰も私たちのことなんて気にしてないわ」
「そう、そうかしら」
「そうよ。ほら、私たち地味だし」
「そうね」

 にやっと私が笑うとカリーナも笑ってくれて、少し緊張が解けたみたい。
 
「あら、あなたたち。ここにいるってことは、勝ったのかしら?」

 嫌な声。
 っていうか、ヴァラリーも勝ったのね。負けたらよかったのに。

「そうなのです。ヴァラリー様も初戦突破されたようで、おめでとうございます」

 カリーナの顔が曇ったので、庇うように彼女の前に出て、ヴァラリーに祝いの言葉を手向ける。
 こういう手合いは誉めておかないと、面倒だから。

「当然よ。あなたたちとは別のグループね。八位まで残るといいのだけど」

 何のために来たのか、ヴァラリーはそう言うと悠然と立ち去る。
 うう、嫌な感じ。

「カリーナ。何か美味しいものを食べましょう。口直しよ」
「口直し?」
「そうよ」

 カリーナは私の言い方が面白かったみたいで笑ってくれる。

「あのケーキがとても美味しそうよ。カリーナ行きましょう」
「はい」

 ヴァラリーなんて気にしても仕方ない。
 本当、八位まで残るつもりなのかしら?

 カリーナとのおしゃべりと食事を楽しんで、会場に戻ると、すでに時間切れで初戦は全て終わっていた。テーブルも半分は撤去されている。
 カリーナと別れた後、指定されたテーブルに着く。次の相手は泣き黒子が目印の令嬢だった。お互いに名前を名乗ってから、一斉に対局が開始される。
 二回戦は大変だった。
 泣き黒子令嬢が一手を打つのにかなりの時間がかかってしまい、審判に促されて仕方なく打つと言う感じ。なので時間がものすごくかかってしまい、最後は打つ手がなくなったようで泣いてしまった。
 審判は公平な方で、泣いた令嬢に優しく声をかけて、やっと降参の意志を示してくれて終了となった。その後も泣き黒子令嬢は泣き続けていて、どうしようかと迷っていると審判が令嬢を会場の外で連れ出し、両親の元へ届けていた。
 泣かせるつもりはなかったのだけど。一局一局を大切に戦いたいから手を抜くことはできないわ。
 でも居た堪れないので、私もテーブルから離れた。
 少し落ち着きたいので、会場から離れて歩いていると見慣れた場所にたどり着く。一度目の人生で何度もきた場所。あの時は扉が壊れていて鍵もあるようで、ないようなものだったけど、今の人生、まだ四年前だものね。
 扉はまだ壊れていなくてしっかりしまっている。
 ここは王妃様の薔薇園。
 亡くなられてからすっかり手入れがされなくなるのよね。

「君は……、マノン嬢だったか?」
「は、い、そうです。アダン殿下」

 心臓が止まるかと思った。
 アダン殿下がすぐ側にいらしていた。

「なぜ、ここに?」
「あの、えっと迷ってしまって」
「そうか。君もチェス大会に参加しているのか?』
「はい。それで、あの…静かな場所にいこうと思ったら迷ってしまって」
「そうか。ああ、だったら、君も一緒に入るか?母上の薔薇園なんだ。椅子もあるし、落ち着くかもしれない」
「え、あの」
「兄上」
「ユーゴか?どうした」

 ユーゴ殿下。
 アダン殿下の後ろからユーゴ殿下の姿が見えてホッと胸を撫で下ろした。
 なんでだろう。
 
「王妃陛下が探しておりましたよ。まだ食事をされていないそうじゃないですか」
「まったく、子供じゃないのに」
「兄上、私たちはまだ子供ですよ」
「お前がいうと、ますますそうじゃない気がしてくる」

 確かにそうだ。
 アダン殿下と同じ気持ちになってしまった。

「仕方ないな。母上はしつこいし。ユーゴ。戻ろうか。マノン嬢、会場へ戻るのだろう?一緒にどうだ?」
「えっと、あの」

 このまま一緒に戻るとなんだか目立ちそう。

「一緒に行きましょう。マノン嬢」

 迷っている私にユーゴ殿下が強引に声をかけて、結局一緒に会場に戻ることになった。
 まあ、考えてみればアダン殿下の婚約者候補になるには、こういう機会は利用すべきなのよね。なんだか、腰が引けてしまった。
 あの場所は、アダン殿下からユーゴ殿下の毒殺を持ちかけられた場所で、何度も嘘の愛の告白を受けた場所でもある。嘘が詰まった場所。
 今のアダン殿下にそんなそぶりはないけれども、やっぱり怖い。
 アダン殿下、ユーゴ殿下の背中を目で追いながら、私は改めて一度目の人生について苦い思いを噛み締めた。

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