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第22話 浮気するなよ。
しおりを挟む「あ、僕も何か着なきゃね。下まで送るよ」
「真砂、待て」
起き上がって慌ててトレーナを取る僕の腕を、九条さんの右手が掴んだ。
「ごめん……」
体ごと引き寄せ、九条さんの逞しい腕の中へ運ばれた。そんな行動の一つ一つに僕の心臓が鷲掴みされる。苦しくて息も出来ないよ。
「出来るだけ早く帰る。それから、電話もする。だから泣くな……」
砕けるほど強く、九条さんは僕を抱く。耳や頬や唇にキスをしながら。僕も九条さんの背中に痕が残るくらい爪を立てた。いや、いっそ爪痕を残したい。誰にも触れさせないように呪いを込めて。
九条さんはパリ近郊に新しく建築される美術館のチーフディレクターとして出張するのだそうだ。斬新で美しく、環境にも配慮した美術館を造るため、今まで何度も足を運んできた。
まだ数年はかかるプロジェクトだというので、僕との色恋なんかで心を乱しちゃ駄目だよね。
「さっきは泣いてごめん。思い通りの仕事が出来るよう祈ってるから」
玄関口までの間に、僕はもう一度笑顔を取り戻す。口角を上げ、腹のあたりに力を入れる。
あなたが仕事を頑張ってる姿、僕は誇らしい。前髪を上げた九条さんもニヤリと笑って僕のデコを指で突いた。
「どこまでもあざとい奴め」
「えへへ。電話、待ってるから」
車のドアを開けた。もう乗り込んでしまう。口角を必死で支えるけど、胸が張り裂けそうだ。
「真砂」
開け放したドアのまま、九条さんは振り向いて僕を抱きしめる。鼻孔に溢れる大好きな九条さんの匂い。絶対忘れない。
「九条さん……」
「帰ってくるまで……誰とも浮気するなよ」
「え?」
なにを言いだすのか。言い返そうとした僕の唇に、まるでそれを閉じ込めるかのようなキス。
はにかんだ笑みを見せて、九条さんは車の中に消えてしまった。
マセラッティが闇の中に溶け込んでいく。テールランプの紅い光だけが瞳の中に残像となって……。
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