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結婚生活
優しい旦那様
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「セレーネ、朝ですよ」
過去の出来事を夢に見ながら、寝台で微睡んでいたセレーネにエルゲンは声を掛けた。窓辺から差し込む日差しに目を細めながらも、夢の余韻に浸り言葉を返すことのできないセレーネにエルゲンは首を傾げる。
「……セレーネ?」
「まだ、ねむいの」
やっとのことで絞り出した言葉に、エルゲンは「やれやれ」と首を振った。
「あなたはそう言って、昨日もお昼間まで眠っていらして、夜更かしするはめになったのでしょう」
困った風に怒るエルゲンに、セレーネは不満を感じた。夜更かしするはめになった理由は昼間まで寝ていたこともあるだろうけれど、それだけではない。
「……エルゲンがお相手してくれたら、疲れてすぐに眠れたかもしれないじゃない」
「セレーネ……何度も言いますが、私はあなたのことを大切にしたいと思っているのですよ」
優しく誤魔化すようにほほ笑まれて、セレーネは幼子のように膨らませた。
あの婚約破棄という衝撃的な出来事からはや3年が経っていた。エルゲンの求婚を受けて、セレーネは特に何か考えるでもなくあの場で、求婚を受け入れた。
自分を婚約破棄した愚かな皇子に対しての留飲を下げたかったし、エンリケの悔しがる様を見たかった。なにより両親と妹の唖然と表情とした顔が見たかったから。
そんな思惑だけで、求婚を受けたセレーネだったが、思いのほかエルゲンとの結婚生活は気に入っていた。
エルゲンは確かに眉目秀麗で上品な人だが、最初の印象は「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だったが、結婚生活を送る内に、彼の優しさと教養深さに惹かれ、いつのまにかセレーネは本当にエルゲンを慕うようになっていた。ただ優しいだけなら慕うことはなかったのかもしれないが、エルゲンはセレーネの我儘を全て聞くのではなく根気強く諭し、傲慢なところは否定せずに肯定し、あるいはこういう考え方もあるのだと示した。
最初は教師と生徒の関係のようだったが、結婚生活が長くなると、それも徐々に変化して、今では「おしどり夫婦」と呼ばれるまでになったが。
結婚して2年が経った今でさえ、エルゲンは、何故か手を出してこない。
「お相手」とはつまり、そういうことなのだが、エルゲンは頑なだった。
神官といえども、夫婦間での睦事は許されている。純潔を守るべき年齢は定められてはいるが、年齢を超え、結婚でもすればいいのに。
それなので、エルゲンとセレーネが肉体的に結ばれることだって可能なはずなのだが、エルゲンはセレーネがどれだけ誘惑しても、一切靡こうとしなかった。その癖セレーネが「私って魅力がないの?」と聞くと、エルゲンは全力で否定し、言葉を尽くしてセレーネのことを褒めたたえる。
何が何だか、さっぱり分からないまま、結婚してすでに2年経ってしまった。
「大切にするだけじゃ嫌なの!」
ぷいと、セレーネがそっぽを向くと、エルゲンはその額にゆっくりと口づけを落とした。
「どうか、機嫌を直してください。愛しい人」
ゆっくりと耳元で囁かれて、セレーネはそれだけで許してしまいそうになる。エルゲンはとてもずるい。真面目な癖に自分の魅力を良くわかっている。魅せ方すらも心得ている。自分がどんな動作をすれば、色っぽく見えるのか。どんな言葉を囁けば、相手の心に刺さるのか。これこそ魔性の気質というべきだろう。
セレーネはそんな人と結婚してしまったのだ。溜息を吐いて、エルゲンの首に腕を回す。
「今日もご飯食べさせてくれたら許してあげる」
「もちろんですよ」
頬を摩られて愛しさが増す。
セレーネは、今ではエルゲンと結婚するきっかけをつくってくれたロイに感謝すらしていた。この人と出会うために生まれてきたのかもしれない。そう思えるほどに、セレーネの毎日は以前とは比べ物にはならないほどに色づいていた。祖父であるエダンから欲しいものを欲しいだけ与えられていた時だって、それはもう楽しかったものだけれど。
今の方が、世界は美しいような気がしていた。
過去の出来事を夢に見ながら、寝台で微睡んでいたセレーネにエルゲンは声を掛けた。窓辺から差し込む日差しに目を細めながらも、夢の余韻に浸り言葉を返すことのできないセレーネにエルゲンは首を傾げる。
「……セレーネ?」
「まだ、ねむいの」
やっとのことで絞り出した言葉に、エルゲンは「やれやれ」と首を振った。
「あなたはそう言って、昨日もお昼間まで眠っていらして、夜更かしするはめになったのでしょう」
困った風に怒るエルゲンに、セレーネは不満を感じた。夜更かしするはめになった理由は昼間まで寝ていたこともあるだろうけれど、それだけではない。
「……エルゲンがお相手してくれたら、疲れてすぐに眠れたかもしれないじゃない」
「セレーネ……何度も言いますが、私はあなたのことを大切にしたいと思っているのですよ」
優しく誤魔化すようにほほ笑まれて、セレーネは幼子のように膨らませた。
あの婚約破棄という衝撃的な出来事からはや3年が経っていた。エルゲンの求婚を受けて、セレーネは特に何か考えるでもなくあの場で、求婚を受け入れた。
自分を婚約破棄した愚かな皇子に対しての留飲を下げたかったし、エンリケの悔しがる様を見たかった。なにより両親と妹の唖然と表情とした顔が見たかったから。
そんな思惑だけで、求婚を受けたセレーネだったが、思いのほかエルゲンとの結婚生活は気に入っていた。
エルゲンは確かに眉目秀麗で上品な人だが、最初の印象は「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だったが、結婚生活を送る内に、彼の優しさと教養深さに惹かれ、いつのまにかセレーネは本当にエルゲンを慕うようになっていた。ただ優しいだけなら慕うことはなかったのかもしれないが、エルゲンはセレーネの我儘を全て聞くのではなく根気強く諭し、傲慢なところは否定せずに肯定し、あるいはこういう考え方もあるのだと示した。
最初は教師と生徒の関係のようだったが、結婚生活が長くなると、それも徐々に変化して、今では「おしどり夫婦」と呼ばれるまでになったが。
結婚して2年が経った今でさえ、エルゲンは、何故か手を出してこない。
「お相手」とはつまり、そういうことなのだが、エルゲンは頑なだった。
神官といえども、夫婦間での睦事は許されている。純潔を守るべき年齢は定められてはいるが、年齢を超え、結婚でもすればいいのに。
それなので、エルゲンとセレーネが肉体的に結ばれることだって可能なはずなのだが、エルゲンはセレーネがどれだけ誘惑しても、一切靡こうとしなかった。その癖セレーネが「私って魅力がないの?」と聞くと、エルゲンは全力で否定し、言葉を尽くしてセレーネのことを褒めたたえる。
何が何だか、さっぱり分からないまま、結婚してすでに2年経ってしまった。
「大切にするだけじゃ嫌なの!」
ぷいと、セレーネがそっぽを向くと、エルゲンはその額にゆっくりと口づけを落とした。
「どうか、機嫌を直してください。愛しい人」
ゆっくりと耳元で囁かれて、セレーネはそれだけで許してしまいそうになる。エルゲンはとてもずるい。真面目な癖に自分の魅力を良くわかっている。魅せ方すらも心得ている。自分がどんな動作をすれば、色っぽく見えるのか。どんな言葉を囁けば、相手の心に刺さるのか。これこそ魔性の気質というべきだろう。
セレーネはそんな人と結婚してしまったのだ。溜息を吐いて、エルゲンの首に腕を回す。
「今日もご飯食べさせてくれたら許してあげる」
「もちろんですよ」
頬を摩られて愛しさが増す。
セレーネは、今ではエルゲンと結婚するきっかけをつくってくれたロイに感謝すらしていた。この人と出会うために生まれてきたのかもしれない。そう思えるほどに、セレーネの毎日は以前とは比べ物にはならないほどに色づいていた。祖父であるエダンから欲しいものを欲しいだけ与えられていた時だって、それはもう楽しかったものだけれど。
今の方が、世界は美しいような気がしていた。
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