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不穏
玻璃細工
しおりを挟むシェスフィ地方は、その面積のほとんどが湖で「水の都」とも呼ばれる風情豊かな土地だ。窓から外をちらりと伺っていたミレーユも、その風景の美しさに目を瞬いて、しばらく見入っていた。水に反射する光、戯れる人々、煌めく田園、不思議な玻璃細工の並ぶ店。
あの玻璃細工は、シェスフィ地方の伝統工芸なのだという。とても美しい。馬車の小さな窓からでは、店の中まではよく見えない。無理を言って街中に馬車を止めさせ、ミレーユはタァナを伴って、小さな店へ入った。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
柔い声音で話しかけてきたのは、背の低い穏やかな老婦人だった。その首元から下げているものは、玻璃細工のネックレスだ。
「とても、綺麗ね」
呟くように言葉にすると、老婦人はにっこりと笑って「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。
「それに似たネックレスはあるかしら?」
ミレーユが問いかけると、老婦人は申し訳なさそうに「それが……先ほど売り切れてしまいまして……。耳飾りならございますが、いかがでしょう」と提案してくる。
「……そう。それじゃあ、お願い」
頼むと、老婦人はいそいそと店の奥へ入っていき、その手に2つの箱を持って戻って来た。差し出された2つの箱の1つは翡翠色の耳飾り。もう1つは、海の色の耳飾り。そう、ミレーユの瞳と同じ色。ミレーユは自身の瞳が澄んで美しいことを知っている。その瞳と同じ耳飾りや、ネックレスをつけると、その瞳が一層煌めくことも。ミレーユは海色の玻璃細工を手にとって、しばらく眺めた後「これを頂戴」と老婦人に頼むんだ。
「試してみなくてもよろしいのですか?」
「こんなに素敵な耳飾りが私に似合わないわけがないわ」
と自信満々に言ってのけた。そんな言葉を聞いて、老婦人は目をまんまるにしたが、何故だかとても嬉しそうに「確かに、その通りですねえ」と大らかに同意してみせた。その様子を端から見ていたタァナは僅かに溜息を吐く。
(確かにその通りなのですが……もう少し謙虚な言葉遣いをしていただきたいものですわ……)
モデューセ公爵の1人娘として、散々甘やかされてきたミレーユは、狭い世界の中で生き、その中で贅沢を謳歌する。そんな彼女を哀れと思う反面、やはりタァナはこの少女がずっとそんな世界の中で平穏に過ごして欲しいと願ってしまう。ミレーユはいわば、この玻璃細工のようなものだから。生まれながらにして美しく、大切にされることを当たり前としている。そんな彼女が荒い海などに流されれば、脆く壊れてしまうだろう。
矛盾する考えを抱え、タァナは買ったばかりの耳飾りをさっそく耳につけて、頬に朱を滲ませるミレーユの無邪気な微笑みを眺めていたのだった。
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