婚約者が愛していたのは、私ではなく私のメイドだったみたいです。

古堂すいう

文字の大きさ
25 / 104
不穏

玻璃細工

しおりを挟む

シェスフィ地方は、その面積のほとんどが湖で「水の都」とも呼ばれる風情豊かな土地だ。窓から外をちらりと伺っていたミレーユも、その風景の美しさに目を瞬いて、しばらく見入っていた。水に反射する光、戯れる人々、煌めく田園、不思議な玻璃細工の並ぶ店。

あの玻璃細工は、シェスフィ地方の伝統工芸なのだという。とても美しい。馬車の小さな窓からでは、店の中まではよく見えない。無理を言って街中に馬車を止めさせ、ミレーユはタァナを伴って、小さな店へ入った。

「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」

柔い声音で話しかけてきたのは、背の低い穏やかな老婦人だった。その首元から下げているものは、玻璃細工のネックレスだ。

「とても、綺麗ね」

呟くように言葉にすると、老婦人はにっこりと笑って「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げた。

「それに似たネックレスはあるかしら?」

ミレーユが問いかけると、老婦人は申し訳なさそうに「それが……先ほど売り切れてしまいまして……。耳飾りならございますが、いかがでしょう」と提案してくる。

「……そう。それじゃあ、お願い」

頼むと、老婦人はいそいそと店の奥へ入っていき、その手に2つの箱を持って戻って来た。差し出された2つの箱の1つは翡翠色の耳飾り。もう1つは、海の色の耳飾り。そう、ミレーユの瞳と同じ色。ミレーユは自身の瞳が澄んで美しいことを知っている。その瞳と同じ耳飾りや、ネックレスをつけると、その瞳が一層煌めくことも。ミレーユは海色の玻璃細工を手にとって、しばらく眺めた後「これを頂戴」と老婦人に頼むんだ。

「試してみなくてもよろしいのですか?」
「こんなに素敵な耳飾りが私に似合わないわけがないわ」

と自信満々に言ってのけた。そんな言葉を聞いて、老婦人は目をまんまるにしたが、何故だかとても嬉しそうに「確かに、その通りですねえ」と大らかに同意してみせた。その様子を端から見ていたタァナは僅かに溜息を吐く。

(確かにその通りなのですが……もう少し謙虚な言葉遣いをしていただきたいものですわ……)

モデューセ公爵の1人娘として、散々甘やかされてきたミレーユは、狭い世界の中で生き、その中で贅沢を謳歌する。そんな彼女を哀れと思う反面、やはりタァナはこの少女がずっとそんな世界の中で平穏に過ごして欲しいと願ってしまう。ミレーユはいわば、この玻璃細工のようなものだから。生まれながらにして美しく、大切にされることを当たり前としている。そんな彼女が荒い海などに流されれば、脆く壊れてしまうだろう。

矛盾する考えを抱え、タァナは買ったばかりの耳飾りをさっそく耳につけて、頬に朱を滲ませるミレーユの無邪気な微笑みを眺めていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【長編版】この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

・めぐめぐ・
恋愛
神官アウラは、勇者で幼馴染であるダグと将来を誓い合った仲だったが、彼は魔王討伐の褒美としてイリス皇女との結婚を打診され、それをアウラの目の前で快諾する。 アウラと交わした結婚の約束は、神聖魔法の使い手である彼女を魔王討伐パーティーに引き入れるためにダグがついた嘘だったのだ。 『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに』 そう書かれた手紙によって捨てらたアウラ。 傷心する彼女に、同じパーティー仲間の盾役マーヴィが、自分の故郷にやってこないかと声をかける。 アウラは心の傷を癒すため、マーヴィとともに彼の故郷へと向かうのだった。 捨てられた主人公がパーティー仲間の盾役と幸せになる、ちょいざまぁありの恋愛ファンタジー長編版。 --注意-- こちらは、以前アップした同タイトル短編作品の長編版です。 一部設定が変更になっていますが、短編版の文章を流用してる部分が多分にあります。 二人の関わりを短編版よりも増しましたので(当社比)、ご興味あれば是非♪ ※色々とガバガバです。頭空っぽにしてお読みください。 ※力があれば平民が皇帝になれるような世界観です。

平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました

天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。 平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。 家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。 愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。

母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語 母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・? ※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

悪役令嬢は処刑されないように家出しました。

克全
恋愛
「アルファポリス」と「小説家になろう」にも投稿しています。 サンディランズ公爵家令嬢ルシアは毎夜悪夢にうなされた。婚約者のダニエル王太子に裏切られて処刑される夢。実の兄ディビッドが聖女マルティナを愛するあまり、歓心を買うために自分を処刑する夢。兄の友人である次期左将軍マルティンや次期右将軍ディエゴまでが、聖女マルティナを巡って私を陥れて処刑する。どれほど努力し、どれほど正直に生き、どれほど関係を断とうとしても処刑されるのだ。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

処理中です...