愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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悪夢

慟哭

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箱の中央に、藤色の花が咲いていた。
いや、正確には置いてあると表現した方が正しいのかもしれない。

大きな紫色の宝石を藤色の花弁が囲んでいた。それはまるで、宝石の実をつけた大輪の花。よく見てみると、花弁には花脈のようなものまで彫られていて、透明な玻璃の瞳の小鳥。瑪瑙色の枝。星空色の若葉が、余すところなく1つの作品として見事に調和して成り立っている。

触れてはすぐに壊れてしまいそうなほど、それは恐ろしく繊細なブローチだった。

あまりの美しさにしばし魅入る。
呆れるくらいに細やかな装飾だ。
特に、中央に花開く藤色の花は芳しい香りまで鼻腔を満たすようで……。

「……え」

ふと、思い出す。

遠い昔。幼い頃。広大な庭の奥に生える藤色の花を咲かせる大きな老木の元で、ガブリエルに対して告白まがいなことをしたことがあった。

『これじゃ……片想いしてるみたいね』

なんて。

 実際に片想いをしているのだと、薄々勘づいてはいた。だけど、幼い自分はどうしても認めたくはなくて、はっきりと『あなたに片想いをしている』『私はあなたのことが好き』とはっきり告げることが出来なかった。そんな自分が情けなくて、恥ずかしくて、どうしようもなくなってしまい、思わずガブリエルに問いかけてしまったのだ。『あなたは、私のこと好きじゃないでしょ?』と。

我ながら、どうしてそんな質問をしてしまったのか未だによく分からない。そして案の定あのガブリエルが甘い返事などしてくれるはずもなく、彼はただ例の如く『……ああ』と曖昧に答えただけだった。

それが、残念で……堪らなかった。

そんな出来事。

きっとガブリエルにとってはなんてことはないただの会話だったはずなのに。覚えているのはもう自分だけだろうと、思うのに……。

少しでも、自分との幼い頃の思い出を覚えていてくれたのかもしれない。

そんな甘い期待をしては駄目だ。この贈り物だけで、断定してはいけない。

そう思うのに。

手の中で輝くブローチが、少しは期待してもいいんだと訴えてくるようで。

(…………っ……ぁ……会いたい)

胸にしまい込んでいた切なる願いが、心臓に響いて、なだらかだった血の流れを、熱く、そしてはやくする。

それでもロメリアは決して口に出さなかった。口に出してしまったら、今手にしている一瞬の幸福すらも空気に溶けて無くなってしまいそうで……。

ロメリアはその場に伏し、そのブローチを大切に大切に小さな手のひらで包みながら、子供のように蹲って慟哭した。


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