愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

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思考

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不思議なことが起こった。

と言っても超常現象が起きたわけでも、まして摩訶不思議な魔法使いが突然現れたのでもない。

それは心理的なものかも知れなかった。

なんと、ガブリエルから贈られてきたブローチを握って眠ると、悪夢を見ないのだ。

それは何故なのか。

理由などさっぱり検討もつかない。

それでも、ロメリアにとってこれは良きこと……のように思われた。

最近は苦痛なことがあまりに多すぎてどうしようもなかったが、眠れるだけでも、随分と状況は変わる。

食欲や活力が戻ったわけではないが、落ちかけていた思考能力は、亀の歩み程度の速度ではあるものの徐々に回復してきていた。

つまり、今後について考えることが可能になったということだった。

だがそれは、決して良い事を引き起こすものにはなり得なかった。

今後について考えることが可能になった……ということは裏を返せば、過酷な運命に向き合うことへの思考能力だけが、行動力を置いてきぼりにして、回復してしまったということ。

思考だけが先んじてしまうと、あらゆる可能性ばかりを想像してしまう。

あらゆる可能性というのはつまり、自分の未来に起こり得ることをすべて思い浮かべてしまうということだった。

眠れはする。だが、働かない行動力を補おうと、思考ばかりが働いているために、すでにロメリアの脳は疲弊しきっていた。

(……身体は動かしていないのに……もぅ、疲れてる)

ロメリアは窓辺に寄りかかりながら、握りしめた藤色のブローチを眺めやる。

1つ分かったことがある。

それは、箱を開けようとした瞬間に感じたあの抵抗感。あれに逆らうことが正しかったということだ。

開けてはならないという直感に、ロメリアは逆らった。結果、悪夢を見ずに済んでいる。

つまるところ、自分が「そうしなければならないような気がする」ことではなく「自らの意志でしよう」と思うこと……つまり思いのままに振る舞うことが、己の置かれている状況をより良くする可能性が高い。

これが回復した思考能力を使って考えられた唯一の明るい展望。

あとはすべて焦げたように黒い未来の可能性ばかりだった。

「……」

ロメリアは窓辺から、庭園をみやった。

そろそろこのブローチと同じ色の花を咲かせるはずの老木が甘い芳香を漂わせる時期だ。
太い幹から無味無臭の金色の蜜が染み出して、それが乾くと甘い芳香が木全体から香り、同時に藤色の花が咲く。

不思議な木だ。

しかし残念なことに、この部屋からその木は見えない。

庭園の奥まった場所にあるからだ。

ロメリアはブローチをぎゅぅと握りしめて、唐突に立ち上がった。
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