愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

文字の大きさ
53 / 79
2人

一歩

しおりを挟む

最近湧き上がる衝動といえば、嘔吐感くらいだった。

だがロメリアは唐突に、あの老木の芳香が嗅ぎたくなった。

正しく言えば唐突にではなく、このブローチを贈られてから何度か庭園に出たいと思うようにはなっていたのだけれど。

勇気が出なかった。

自分の寝室は既に己の身体の一部のようになっていて、どうにも離れられなかったし、今でも離れたくないとは思うのだが……。

(飽きたのかもしれない……)

元来、飽きっぽい性格ではある。

思考して疲れることそれ自体に飽きたのかもしれない。悪夢ではないけれど幸福でもない夢を見ることにも飽きたのかもしれない。

とにかく呆れたことに、色々なことに飽きたのだと思う。

とりあえず何か、新しいことをしてみれば良いのではないか。
そうしたい衝動に駆られて、ロメリアは扉の前に人の気配があるかを伺った。幸い、人の気配はない。

ロメリアは急いで寝台から1つ毛布を引っ張って頭巾のようにそれを被った。

その毛布は恐ろしく肌触りはいいが、見た目がまるで羊毛のようにふわふわしているため、ロメリアがそれに包まると、巨大な羊おばけのような様相だった。

が、ロメリアにとってそれは、人に自分の姿を見られないため必死に考えて思いついた唯一の結論だった。

さてここからどうするか。

メイド達に中庭に出たい。と言えばそれでいいのだが、彼女らに自分の素の姿を見られるのも、まして今のこの毛布を被っている姿を見られるのも嫌だったので黙って出ることにした。バレたら大変なことになるけれど所詮、行き先は中庭だ。すぐに行って帰ってくれば問題はない。

なぜかこの時、ロメリアは自分の思考がとんでもなく短絡的になったことに気づかなかった。

そっと、扉を開ける。

誰もいなかった。

静かに廊下に出る。

不幸なことに寝室は2階にあって、階段を降りなければならない。

だが、知っていた。

この屋敷には階段が3つある。

1つはこの屋敷の主人とその家族が使う階段。つまり、ロメリア達が使う階段。これは一階の大広間に繋がっていて、降りていくと開けた場所に繋がっているため視線が遮られず非常に目立つ。

2つ目は使用人達が使う階段。こちらは目立った場所にないが、使用人たちが頻繁に使うため、人通りが尋常ではない。

そして3つ目は、旧館の一階へと繋がる階段だ。

この階段はロメリアの寝室から四つ離れた部屋の、今は誰も使用していない古書室の奥にある。といっても、すぐに階段があるわけではなく、古書室の奥に短い廊下があって、そこから旧館へ出て、階段を下る。

幸いなことに、旧館からあの木への距離は非常に近い。階段を下ることさえ出来れば着いたも同然。しかもその階段の存在を知るのはごく一部の使用人だけだ。故に滅多に使われることはない。

つまり、ロメリアが警戒すべきは古書室へ移動するその時のみというわけだ。

(……別にばれたって何か悪いことをしているわけではないもの)

だだ、自分のこのなんとも言えない姿を見られるだけだ。

(それも絶対に嫌だけど……もう今以上に惨めになることはないだろうから)

と、ロメリアは大きく一歩を踏み出した。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。 この度改編した(ストーリーは変わらず)をなろうさんに投稿しました。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

処理中です...