愛する婚約者は、今日も王女様の手にキスをする。

古堂すいう

文字の大きさ
57 / 79
2人

過去の宣言

しおりを挟む

(どうして……)

今までのガブリエルであれば、何も言わず立ち去っていっただろうに。

一体、どうして……この場に留まるのか。

困惑しながらも、ロメリアには何も聞くことが出来なかった。ふわふわと暖かい毛布が身体全部を覆っているはずなのに、まるで心一つだけが、この場に晒されているようで心許ない。

そんなロメリアの不安を感じ取ったのか。ガブリエルは気配を消すように、ただ何も言わずにその場に留まるだけだった。

(……なんで、何も聞かないのかしら)

聞かれても、答えられやしないけれど。

黙っていられると、彼が何を考えているのかも分からない。その声音から何かを察することも容易ではないだろうけれど、小さな物音にさえ不安を感じるような耳で聞けば、何か分かることがあるかもしれないのに。

(……変なの)

そう思う一方で、こうしてまた身近にいられることがなによりも嬉しいと思う。

「……」

2人の間に落ちた沈黙。風が通り過ぎる音と、舞い落ちる藤色の花弁だけが時間の経過を知らせるだけの空間。運命すらも逃げ出したくなるような静謐で穏やかな場所。

そんな空間にあってどんなに時が経とうとも、ロメリアは決して顔をあげなかったし、声もあげなかった。

「……すまなかった」

ふと、永遠に続くかと思われた静寂の中に、澄んだ声が落ちた。

まるで、池に投げ込まれた石のようにそれ自体は酷く無機質なのに、ロメリアの心に容赦のない波紋を広げていく。

(どうして、あなたが謝るの……?)

ガブリエルは何も悪いことなどしていない。悪いのは、自分なのだ。
たくさん、贈り物をしてくれたのにお礼の言伝をするばかりで直接礼も言えていない上に、こうして呼びかけてくれているのに無視をする始末。

(本当は……こんな風に再会したいわけじゃなかったのに)

ロメリアの瞳にまたじんわりと涙が滲んだ。

ガブリエルの顔を最後に見たのは騎士任命式の時だ。話したのはもっと前で、ロメリアがガブリエルに会いに王宮に行った時。

あの時、確かに自分は宣言したではないか。


『今度会うまでに、ちゃんと「ごめんなさい」って言える立派なレディになるから……だから……だから、それまでわたくしのこと忘れちゃ駄目よ』

それなのに。

立派なレディどころではない。

(ちゃんと謝ると言ったのに、ガブリエルに謝らせてどうするのよ……)

惨めで愚かで、自慢だった美貌ですらも、今や見る影もない自分。

それなのにどうして、忘れないでと言えるだろう。

むしろ、忘れてくれていたほうが良かったのかもしれない。このまま忘れてくれていたら、ここで会うこともなかった。

だが、何がどうしたことか。

ガブリエルは忘れるどころか、ロメリアの横にいて、何故か「すまない」と言う。

意味が分からず、結局どう答えていいのかも分からず、ロメリアはただ沈黙を守るしかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません~死に戻った嫌われ令嬢は幸せになりたい~

桜百合
恋愛
旧題:もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜 ★第18回恋愛小説大賞で大賞を受賞しました。応援・投票してくださり、本当にありがとうございました! 10/24にレジーナブックス様より書籍が発売されました。 現在コミカライズも進行中です。 「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラは、ナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られて命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。 ※誤字脱字報告もありがとうございます! こちらでまとめてのお礼とさせていただきます。

陛下を捨てた理由

甘糖むい
恋愛
美しく才能あふれる侯爵令嬢ジェニエルは、幼い頃から王子セオドールの婚約者として約束され、完璧な王妃教育を受けてきた。20歳で結婚した二人だったが、3年経っても子供に恵まれず、彼女には「問題がある」という噂が広がりはじめる始末。 そんな中、セオドールが「オリヴィア」という女性を王宮に連れてきたことで、夫婦の関係は一変し始める。 ※改定、追加や修正を予告なくする場合がございます。ご了承ください。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

ご安心を、2度とその手を求める事はありません

ポチ
恋愛
大好きな婚約者様。 ‘’愛してる‘’ その言葉私の宝物だった。例え貴方の気持ちが私から離れたとしても。お飾りの妻になるかもしれないとしても・・・ それでも、私は貴方を想っていたい。 独り過ごす刻もそれだけで幸せを感じられた。たった一つの希望

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

彩華(あやはな)
恋愛
レティシアは階段から落ちた。 目を覚ますと、何かがおかしかった。それは婚約者である殿下を覚えていなかったのだ。 ロベルトは、レティシアとの婚約解消になり、聖女ミランダとの婚約することになる。 たが、それに違和感を抱くようになる。 ロベルト殿下視点がおもになります。 前作を多少引きずってはいますが、今回は暗くはないです!! 11話完結です。 この度改編した(ストーリーは変わらず)をなろうさんに投稿しました。

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...