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第2章 14歳:嫉妬

第32話 「帰るってどうして?」

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 東屋に着くと、ニナの存在に気づいたリュカは一礼して立ち去った。

「エリアスと一緒じゃなかったんだね」

 そうリュカが一礼をしたのは、ニナではない。すでに東屋にいたユーグに対してだった。

「オレリアに取られてしまったのよ」

 私は挨拶もしないで、向かい側の席に座った。すると、ニナがお茶の準備をし始める。ユーグの前にはすでにティーカップが置かれていた。

「あっ、そっか。姉様は明日、帰るって言っていたから、エリアスを捕まえたんだね」
「え? 帰るってどうして? まだ一週間以上残っているのに」

 オレリアはこの五日間に何か掴んだというの?

「さぁね。ただ、もう帰るって突然言い出してきて。いつもの我が儘な口調で言っていたから、どういう意図があるのか分からないけど。ただ僕にはこのままいろ、って言ってきたから、それなりの理由があるんだと思うよ」
「それは昨日のこと?」
「うん。念のため、ニナを通してエリアスにも連絡したけど」

 ユーグはニナを見た。

 オレリアにリュカが付いているように、ユーグの世話はニナがしていた。その間、私の世話は勿論、他のメイドがしてくれている。ま、間違ってもエリアスじゃないからね!

「こちらがその返事になります」

 渡したのはユーグだが、私が来るのを見計らっていたようだ。けれどユーグは、中身を見た後、私にはくれず、そのまま封筒に仕舞ってしまった。

 ここは見せてくれる場面だと思うんだけどなぁ。

 私が選択肢を立てて、見せてもらう手段を考え始めるよりも先に、ユーグの方から話し出してしまった。

「エリアスの調べだと、誰かが姉様に接触した可能性はないみたいだってさ。一応僕も、ここに来る前に探ってみたけど、該当する人物はいなかったよ」
「でも、オレリアは用が済んだから、帰るって言っているんでしょう?」
「うん。姉様は多分、父様から何か言われているに違いないから、それを終えない限り、ここを出ていくとは思えないんだ」
「その、内容は……」

 知っているかどうか聞くと、首を横に振られてしまい、私はユーグにどう声をかけていいか分からなかった。

 自分が当てにされていない。期待されていない。私とは正反対の立ち位置にいるユーグに、何を言っても偽善にしか聞こえないだろう。逆に傷つけてしまうかもしれない。

「まぁ、予想はついているんだけどね。粗方あらかた、伯父様の弱味を探れ、とかだろうけど」

 落ち込んでいると思いきや、意外とあっけらかんとした態度に、私は拍子抜けしてしまった。

「何?」
「え? あ、強いなぁ、と思って」

 一瞬何を言われたのか分からない、といった表情をしたが、すぐにユーグは私が何を指しているのか気づいてくれた。

 聞かれても、うまく言葉にできる自信がなかったから良かった。

「あぁ、父様たちのこと? 逆に巻き込まれなくて、良かったって思っているから、マリアンヌが気を遣う必要はないよ。君は君で、自分自身の心配をしないと」
「私?」
「そう。伯父様の弱味って言ったら、マリアンヌのことだからね」
「また私に仕掛けてくるって思うの?」

 二年前の誘拐騒動で、終わったんじゃぁ。

「元々父様の標的は伯父様だよ。なら、必然的にマリアンヌを狙うに決まっているじゃないか。伯父様が倒れるまで、終わるとは思わない方がいいよ。伯父様を追い詰められるのなら、何度でもするのが父様だから」
「じゃ、私はどうすればいいの?」
「エリアスの言うことを聞くことかな。エリアスは君のことが好きだし、君も好きだよね、エリアスのこと」

 ちょっ、な、何で知っているの? ここ数日で分かるわけがないのに。

「何で、って顔しているね。それはエリアスの手紙に時々、書いてあったからなんだよ。『そう思うんだけど、マリアンヌがなかなか言ってくれない』って愚痴をね。あとはニナから聞いたんだ」
「申し訳ありません、お嬢様」

 全然、申し訳ない感じが見えないよ、ニナ。

「どうして言ってあげないの? エリアスが平民だから? それとも孤児だから?」
「エリアスの出自しゅつじは関係ないわ。そう言うユーグは気になる方?」
「全然。あぁいう身内がいるからかな。気にならないよ。出自が良かろうが、育ちが良かろうが、良い人は良いし、悪い人は悪い。ただそれだけなんだから」

 この子は本当に年下だろうか。もしかして、私と同じ転生者なんじゃないの、と疑ってしまう。

達観たっかんしているのね」
「せざるを得なかったんだよ、必然的にね」
「ふふっ。そうしていると、何だかお父様みたい。顔が似ているからかな」
「本当? 今度、養子にして下さいって頼んでみようかな」

 えっ、と息を飲むと、傍に立っていたニナも驚いていた。

「いや、やめるよ。もし僕が養子に入ったら、マリアンヌがエリアスと結婚した時、相続で揉めそうだから」
「ちょっ! 何言っているのよ、もう!」

 先走り過ぎだよ、ユーグ! け、結婚なんて。まだ好きだって言っていないのに。

 焦る私を見て、ユーグは楽しそうに笑っている。その姿に私は少しだけ安心した。
 養子の話はともかく、ここにいる間は楽しく過ごしてほしいな、と思ったからだ。けれど、それとこれとは別に、確認しておきたいことがあった。

「ユーグ。さっきの質問だけど、エリアスに聞けって頼まれたの?」

 手紙のやり取りをしているのだから、あり得ない話じゃない。

「さっきって、あれ? エリアスに好きだって何で言わないのってやつ?」
「繰り返して言わないで! 恥ずかしいから」
「エリアスに頼まれたわけじゃないよ。少しだけ力になりたかったから、聞いたんだ。君にも会えたからね」
「え?」

 ユーグは攻略対象者だけど、私には興味がなかったはず……。どういう意味だろう。

「つまり、エリアスの手紙を読まなかったら、マリアンヌに会おうとは思わなかったってこと。少しだけ興味を持ったんだよね、従姉妹殿に」
「でも、私は……」
「君のことが気に入ったと言っても、恋愛感情じゃないよ。従姉妹として、人としてって言う意味だから。さすがにエリアス相手に張り合いたくないし、勝ち目のない戦いに挑む程の余力はないよ。父様と姉様を相手にするのって結構疲れるんだから。そのくせ向こうは疲れ知らず。嫌になるよ」

 私はユーグの言葉に安堵した。リュカ一人でも持て余しているのに、ユーグまで加わったら、精神的疲労で倒れてしまう。加えて今は、オレリアのことでエリアスが心配なのに……。

「だからさ、従姉妹殿。僕と友達になってくれる? こういう愚痴は君にしか言えないから」
「そうね。そういうことなら、勿論よ」

 握手を求められ、私はそれに応じた。

 攻略対象者と友達になれるのは、大歓迎だからだ。エリアスだけは……そんな握手を求められたら、受け取る自信はないかもだけど。
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