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「こちらがどれだけの親切をしているか分かりましたわね?でしたら婿殿は黙ってわたくしからの提案を受け入れたらよろしいのですわ!」

 壁際の様子にも気付かず、まだ声を張り上げる侯爵夫人を見て、はぁっとため息を吐かれた旦那さま。
 私もそこに息を重ねてしまったかもしれません。

「まだ知らぬとはな。反応がなく、なんと無礼な家かと思っていたが……」

 ちらりと見れば、肩を震わせるその従者は、今にも膝から崩れ落ちそうな様子でおりました。
 その震える肩を叩いているのは、身分が隠し切れていない従者です。

 つまり、後者でしたか……。
 ご存知なかったと……。

「二度目も無視したときには、いよいよそこまでかと思ったものだぞ?」

 そう、一度目に反応がなかったもので。
 辺境伯家として二度目の連絡はどうすべきかという議論が生じたのですが。

 一度目と二度目に差を付けたと思われたくないという結論に至り、一応二度目も連絡は入れていたのです。

 あ、崩れ落ちました。
 えぇと、これで従者ごっこは終わりということになるのでしょうか?

 けれども侯爵夫人は壁際にいる人たちが気にならないご様子。
 結構騒がしくしておりますが、それでも目に入らないのでしょうか。

 あら、弟は気付いたようですね。口をぱくぱくと開いては閉じてというのを繰り返しておりました。
 一方の妹は、目を丸くして私を凝視していたために、夫人と同じく壁際が気にならない様子。お姉さまに子ども……?という呟きも聞こえます。

「何の話をしているのよ?それよりわたくしの優しさが分かったでしょう?婿殿は黙っておられて。リーチェ、あなたはまずこの母に謝罪をするところからよ。早く謝りなさい」

 妹でも旦那さまのお言葉から察しているというのに。
 これは私の口からはっきりと伝えた方が良さそうだと感じました。

 私は今日はじめて、侯爵夫人の目を見ています。
 このようなお色の瞳をされていたのですね。

 父と同じく、私は母のこともよく知らないのかもしれません。

「侯爵夫人、私たちには子どもがいます」

 侯爵夫人は一瞬固まったあとに、唾を飛ばすほどに大きな声で叫びました。

「嘘よ!」

「嘘ではありません。一人目は二歳を過ぎました。二人目は七か月です」

 そうです。お手紙が届いたときは産後一か月ほどで。
 王都に向かうにしても、もう少し休んでからになるだろうと考えてはおりました。

 一人目は妊娠中から結構大変だったのですけれど。
 二人目は有難いことに悪阻もなく安産でして、身体の回復も早かったのです。

 ですからこうして元気に王都にまで来ることが叶いました。 

「二人ですって?嘘よ。嘘だわ!」

 いいえ、本当のことですよ。
 お伝えしたいのですが、とても興奮されていて、いよいよ危ないような気がしてきます。

「わたくしが知らないわけがないもの!わたくしはあなたの母親なのよ?知らせがないなんておかしいわ。そんなの、そんなこと、わたくしが許せるものですか!」

「すまない。すべては私のせいだ」

 いつの間にか復活されていたのですね?

 先ほどまで崩れ落ちていた方が、妙な髪型を剥ぎ取って侯爵夫人へと近寄られます。
 最初は何事かと分からなかった侯爵夫人も、すぐにそれが夫であることには気付けたようです。

 髪がぺしゃんこで酷いご様子ですよ、お父さま。
 弟が「やっぱり父上だった……は?え?何を持って?カツラ?」と酷く困惑し、やっと気付いた妹は「えぇえぇ!お父さまなの!何よその恰好!それに変な眼鏡!」と叫んでおりました。

「なっ、あなた……どうして……どうして……」

 口をぱくぱくと開閉しながら驚いている姿は、弟によく似たものだと感じます。
 
 私にも容姿以外にどこか似ている部分があるのでしょうか。




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